栗子トンネルなどの大きなトンネルを初め多数のトンネルを有するが、実は秋田県内には、トンネルはひとつも無い。(山形県境の雄勝トンネルを除く)
しかし実は、ほんの数年前まで、たった一つ、秋田市の間近にあった。
それがここに紹介する、和田トンネルだ。
この昭和36年竣工のトンネルは、僅か延長100m。
年代相応の狭隘なもので、昼夜を問わず交通量の多い国道13号線において、大きなボトルネックになっていたことは、想像に難くない。
前後にあった歩道もここで途切れるほどであったのだから。
そしてまた、地理的な条件(このトンネルが越えた低い稜線は、秋田市と河辺町を分かつものであり、秋田市の門というイメージが強かった。)や、その古さが想像させる過去の事故歴、最後まで無灯隧道であった事などが災いして、県内有数の心霊スポット(「男鹿プリ」か”ここ”というほどの)とされてきた。
私もたびたび深夜にここを自転車で通ったが、短いとはいえ歩道も無い狭く埃っぽい無灯の隧道を、背後から大型車が来ていないことを確かめてから、進入するのは、気持ちよいものではなかった。
見込みを誤り、大型車に追い立てられた時など、そのまま巻き込まれて死ぬのではないかと恐怖したものだ。
…幽霊云々ではなく、事実上、怖い場所であったのだ。
遅ればせながらと言う感じだが、最近になって、やっとここにトンネルを供さない、バイパスが完成した。
そして、そのバイパスは、あまりに旧トンネルに近い場所を巨大な切り通しで駆け抜けるものとなった。
すなわち、旧トンネルは、破壊され、消え去ったのだった。
私は埋め立てからほぼ1年がたった、2001年夏、久々にこの場所に行ってみた。
以下はその時に撮影したものだ。
現在の峠を河辺町側から望む。 巨大な切り通しであるが、このぐらいなら、もともとトンネル化の必要が無かったんじゃあ? 河辺側の坑口は切り通しの中の、向かって左斜面の中に消えたので一切無い。 | |
この遺構最大の見せ場が、この土に埋もれた“墓標”か…。 ちなみに、写真上部、うっすらとコンクリの帯が黒く見えるでしょ。あれが、トンネルの坑口でした。 | そして、やっぱり気になって上ってみると…。 見つけました。 昔は手の届かない場所から、われわれを見下ろしてきた銘も、叢のなかでした。 見えにくいですが、「和田トンネル」の下に「昭和37年竣工」の文字がはっきりと見えました。 この撮影に満足し、喜々として、この場所を離れる私でしたが、大変な忘れ物をしていたのでした…。 |
上ったその場所から、背後を見ると、旧道が。 あのゆんぼは、どっかで見たなー(笑) 道の左に見える標識は、「秋田市」です。 | 降りてまた一枚。 左端に見える斜面は、新道の切り通しです。 |
トンネルから秋田市側には、わずか500mほどだが、旧道が残る。 まだまだ元気だが、あのゆんぼの出入りにしか使われないと思われ、今後急速に草生していくでしょう。 ちなみに私は、ここに転がってみました。 道の真ん中に大の字で。 …国道13号線ではきっとできない芸当だったな。と、省みながら(笑)。 |
勢いよくここを下り、御所野の街を越え、下北手付近でそのことに気づいた時には、炎天下であったにもかかわらず、超サムくなった。
とりあえず、どこで落としたかわからなかったが、トンネルまで戻ってみよう、となって…
戻ったら、あったよ。私のハンディGPSが。
…それだけです、文章にするとつまらないですが、実際に戻るのは、もっとつまらなかったです。