国道108号線 鳴子町の旧橋群
歴史の道に残る橋たち
宮城県玉造郡 鳴子町
   
 1996年の国道108号線鬼首道路の開通は、明治より秋田と仙台を結ぶ最短ルートとして開発されてきた歴史を持つ同路線が、初めて名実共に仙秋の最短路線になった瞬間であった。
その後、予想通り交通量は増大し、多大な経済効果をあげている。

 沿線には鬼首道路開通どころか、一時改築以前の旧道も、かなり残されている。
とくに、鳴子町の荒雄湖畔の国道を注意深く走っていれば、今では利用されなくなり自然に還りつつある橋が散見される。
今回、全くの事前調査もなく、思いがけず古橋達に出会ったので、現地で知りえた以上の情報はお伝えできないし、まだまだ見落とした古橋・廃橋もあろうかと思う。
それらについては、皆様からの情報に頼りたい。





 2003年4月上旬、鬼首道路は年中通行できるのだが、旧峠はまだまだ背丈よりも高い積雪の下である。
私にとっても、この鬼首峠は、便利な新道の開通を素直に喜べる場所の一つである。
その鬼首道路の区間が終わり、もともとの国道と合流する鳴子町いくさ沢の積雪はご覧の通り。
標高400m弱の一帯の春は、まだもう少し先のようだ。



 軍沢川を渡ると、峠区間以来初めての集落が現れる。
この軍沢を渡る橋の脇にも、昭和初期の竣工であろうか、古い吊橋の塔と思われる物が残っていた。
うっかり写真を撮り損ねたが。

 更に国道を杉林の中3kmほど進んでゆくと、再び集落が現れる。中川原だ。
ここで、今回一本目の旧橋を発見した。




 軍沢から先の国道は、荒雄川にそって鳴子温泉を目指すが、途中この川を跨ぐことは一度しかない。
同線にある多数の橋の大半は、両岸の険しい山々から荒雄川に注ぐ沢に架けられたものである。

 中川原地区に架かる中沢橋を渡る最中、山側に一本の古ぼけた橋を見つけた。
 一度、橋の袂まで引き返し、調査を開始した。


 線形から言って明らかに国道の旧道の橋と思われるが、旧道沿線に民家はなく、利用されていないようだ。
残雪が深く、その上には犬っぽい足跡が一筋。
見えてきた橋は、半ば雪に埋もれている。


 現道よりも一段低い場所にある旧橋。
風化しているものの、元はさぞ立派であったであろう親柱が、この橋の古さを物語っている。
一部の高欄も崩れ、沢に落ちてしまっている。
その断面を観察するに、一応は鉄筋コンクリート橋であるようだ。

 構造的には平凡な造りだが、残雪とのコントラストが、より古橋のわびさびを感じさせる。




 4本の親柱は健在であったが、銘板となると風化のため判読が困難である。
それに、残雪に埋もれており、南側の銘板は見ることが叶わなかった。
残念ながら、竣工年度も正式な名前も不明である。
ただ、現道の橋の名が「新中沢橋」であり、橋名だけは予想が付く。




 旧橋上から、現橋を望む。
橋の向こうは荒雄川の身を切るような冷たい流れ、聳えるのは栗駒山だ。
その更に向こうから、今まさに朝日が顔を出そうとしている。

 この現橋は、秋田側から走ると橋上が大変な登り勾配であり、自転車には辛い場所だ。



 橋の先は更に残雪の道を100mほどで現道に合流するようだが、チャリを置いてきているので引き返すことにした。

 今にも落ちそうな高欄がお分かりいただけるだろう。
もうこの橋は補修されることも無さそうで、いずれは落ちてしまうのだろうか。
集落に近いとはいえ、直接集落に面していないのだから、仕方がない気もするが、出来ることなら末永く利用してゆきたい橋だ。


  中澤橋 竣工年度不明 橋長約20m

2003.4.23


続く

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