ミニレポ第133回  通学橋

所在地 群馬県沼田市 
探索日 2008.4.24
公開日 2008.5.7

臨時更新@宮城県古川の夜



  ⇒【所在地】

 群馬県沼田市に、「通学橋」と呼ばれている橋がある。
これは、利根川に架かる人道用吊り橋として最大のものである。



 上流約1kmの地点から見る「通学橋」。
左岸側が沼田市薄根町、右岸側が同市下川田町になっている。
これから左岸堤防上の自転車道を使って接近する。




 同地点から望遠で撮影。

虚飾を一切廃し、機能そのものがストイックに形を持ったような美しい吊り橋が、
“坂東太郎”利根川を一跨ぎにとする大きさで展開している!




肉眼でその大きさがはっきりと認識出来るところまで接近。

スリルジャンキーとしての、イケナイ血が騒ぎ始める。




 桜並木の堤防を行くと、やがて橋の袂で行き止まりになった。

いよいよ 「対決」 の時だ。


…なーに、いくらでかくても、
現役の橋なんて恐くないさ。


…でも 本当におっき。


いったい何メートルあんだろうか。





うあ…。

ショック!

もう役目を終えてしまっていた。
さすがに上流にも下流にも1km内外に車道の橋が架かるいま、
このような揺れる橋など、時代錯誤であったのか…。




名称: 西中通学橋

全長: 151.4m
竣工: 昭和44年

現状: 廃止(通行止)




 やや弓なりに高低を付けつつも、150m先の岸に向かってまっすぐに伸びる橋桁。
その老朽化は、木製の欄干の艶を失った様子からも窺い知れるが、そのことを差し引いてもスリリングな橋に違いない。
長大な奥行きに対して桁の幅は必要最低限度しかなく、余りにか細く感じられる。

また、現地では一体なんの嫌がらせかと思ったのだが、桁である踏み板はシースルーになっている。
橋下約10mの中空と隔てるにこの鉄網一枚きりというのは、何とも頼りなく見える。




 たちの悪い嫌がらせかと思った(笑)、シースルーな踏み板。

 でも、実はこれ。
長大な吊り橋を横風による異常振動から守る工夫であった。

 しかも、この橋には秘密があった。
なんとも意外であるが、この「通学橋」は「本州四国連絡橋」の設計段階に建造された“風洞実験用模型”とほぼ同じサイズで作られており、風洞とは違うリアルな環境に置かれた橋の挙動が、本四連絡橋建造に重要な基礎データを提供しているというのである!
いわば、我が国が世界に誇るハイテク吊り橋の母親と呼べる存在なのだ。
(以上参考:『技術のわくわく探検記』さま




 吊り橋に限らず廃橋の強度に対する持論がある。

「橋自体が大きいほど、安全(落ちにくい)」 というものだ。
その根拠は、より大きな死荷重(自重)を持つ橋ほど、そこに人間という小さな活荷重が加わっても平気だろうという推測だ。

 この橋など、その推論をもってすれば極めて安全だが、実際には橋桁を支える横構が一部折れてフニャフニャしていたり不安を感じる。
封鎖されているのも納得だ。



 この橋独特の施設といえるのが、橋上30mおきくらいに現れる“すれ違い場”だ。
右、左という風に、交互に付けられている。

 「通学橋」の名の通り、橋の袂にある西中学へ通学する生徒が主に利用していたのであるが、ときには逆方向へ歩く人とすれ違う場面もあったのだろう。
この部分以外ですれ違うのは無理があるが、すれ違い部も決して余裕はない。
相手が女生徒であれば、そこで身体が触れあう(変態妄想以下略)。




 ほぼ中間地点まで来た。
人道用ということで、手の届く範囲に現れたメインケーブル(主索)は思いの外に細かった。

 吊り橋といえば揺れるというイメージを誰しも持つと思うが、この橋についてはその巨大さゆえ、揺れを感じることはほとんど無い。
ただし橋自体の揺れではない、足下の材が弱っているために起きる小さな範囲での揺れというか、撓みを感じることはある。




 河口から100kmを超えても、なお大河の様相を崩さない板東太郎。

上流に見えるのは、国道17号の比較的最近に開通した沼田大橋だ。
下流側にもほぼ同じくらいの距離に国道120号の鷲石橋(こちらは古い)が架かっている。

 吊り橋がこのような広々とした川を跨ぐ景色というのは、非常に珍しいと思う。
そのことは、四国から遠く離れたこの橋が“本四連絡橋の実験場”とされたことからも分かる。




やや終盤にさしかかってから振り返る。

西中学校のある薄根地区は沼田市中心部にも近く、ご覧のように橋の袂まで民家が密集している。
渡っていれば非常に目立つし、通報の危険もあるのでやめた方がよい。
犬にも吠えられるし…。



 一方、高台に国道17号が通る他は、山林や畑地が広がる下川田町地区。
こうしてみると、橋を日常的に利用する生徒は、さほど多くなかったと思う。
また、橋が学校による私設の橋であったのか、もっと公的なものであったのかも分からない。




写真左奥の、桜に囲まれた一画が沼田西中学校だ。


静かに放っておけば、まだ当分は落ちそうにない本橋。

端正な吊り橋が、一日でも長く “思い出の外” に居続けることを祈りたい。
(そう思うなら、余計なことをしてくれるなと怒られそうだけど…ゴメンナサイ)











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