ミニレポート <第86回>   老不知橋
公開日 2005.12.7


 滝を登る吊り橋 
 2005.8.23 正午頃


 写真の滝は「老不知の滝」といい、昭和52年指定の「新観光秋田三十景」にも選ばれている。
場所は、秋田県北秋田郡上小阿仁村の南沢にあり、国道285号線からは一瞬だけ、小阿仁川の対岸の崖に落ちる優美な姿が見える。
この滝をよく見たければ、国道に並行する旧国道を通ると良い。
平成になってから国道が代替わりして、滝の向かいにあるドライブインが廃業。
いまは、至って静かな場所になっている。




 国道に見限られ、廃業してしまった巨大なドライブインは、独特の三角屋根の大豪邸。
住宅としてだけ今は使われているようだ。
かつて、ドライバー達にひとときの憩いを与えていた庭園も、併設されていた釣り堀も、老い知らずの滝の前で、朽ちることなく残っている。

 初めて本格的な雪が降った日、たまたまここを通りかかった私は、以前から知っていた滝とは別に吊り橋を発見した。
そして、車を付近に停め、その吊り橋へと近づいていった。
無人の庭園を、横切らせていただく。




 新秋田観光三十景のひとつ、老不知滝。
見ての通り、ちょっと変わった滝で、小阿仁川の対岸にある崖から直接川面に注いでいる。
滝の落ちる岩場は水平方向に節理が発達しており、その出っ張りにぶつかり砕かれた落ち水が、枝垂れ柳のように流れている。
落差は20mほどだ。
 また、滝の対岸のこの写真の標柱の傍には、立派な観音像が安置され、滝を背に国道を眺めている。
一方、滝の落ち口には、白い鳥居が見えているが、これまであそこに行ったことはなかった。
そこへ辿り着く道がどこにあるのかさえ、知らなかった。


 釣り堀と川の間の草地を50mほど下流に歩くと、目的の吊り橋が間近になる。

遠目に見たときから、その特異な形状は目を引いたが、近づいてみると、尚更に奇妙な橋だ。

まるで、冒険マンガに出てきそうな山奥の吊り橋…。
悪い奴が斧か何かで今にも橋を落としに来そうだ。

なんか、塔がこっち側にしかないし…。
登っているし。



 こいつはなかなか…

なかなか来てるな〜。


 どう見ても、朽ちてる。
なんと言っても、対岸の様子がおかしい。
直接、断崖に取り付いている。
本当に、吊り橋にあるべき主塔が無い。

 まさか、こんな橋を通らねば、滝の上には行けないとか?





 危険のため通行禁止って、張り紙してあるし…。


 いや、言われなくても、この橋がかなり無事でないのは、分かる。

30mはあろうかという長さのくせに主たるワイヤーはか細く、足場も薄い板敷き二枚…、しかも狭すぎる。
さらに、雪が積もっていて足元ははっきり確認できない。






 ま、いいか。
落ちたら落ちたときだ。

 どうせもう、使うつもりもないんだろうし…。

 それに、水面までの距離は全然少ないから、流れも弱いし、死にはしないだろ。
そーとーに、凍えるだろうがな!

   行くぞー。



 「"山行が流"腐った橋渡り術」で、序盤の板敷きの欠落や、中盤の激しい傾き、終盤の傾斜などの難所を、ゆらりゆらりと突破し…

なんとか、終わりが近づいてきた。

登りが厳しくなってくると、一応板敷きには滑り止めの木片が多くあてがわれるようになっていた。
しかし、板敷き自体の強度が限界を超越しており、踏むとペコペコした。

セオリーとしては、横板と縦板が交わる交点だけを踏んで行くことと、出来るだけ体重をワイヤーに掛けること、はしゃがないこと、一人ずつ渡ること、などである。
また、橋にはゴム管が数本渡されており、これも足場として機能し得た。




 この橋渡りを最後に、今年の秋田県内での活動は、エンドだ。

もう、雪が降りたくて降りたくて仕方がないような空模様。

いままで、何度となく訪れる小雪に対し五分以上の戦いをして来た地表も、そろそろ夏の間に蓄えた暖かみを全て奪われ、雪のよりしろとして相応しい温度に変化しつつある。


 この晩から、上小阿仁村は、長い冬に包まれた…。



 細田氏も、おそるおそるとこの橋を渡っていた。

こんな事しに車を走らせていたわけではないのに、ちょっと車窓から見えた橋が気になったからって、普段着のままこの有様だ。

おれたち、ビージぃ!


(BG=●カ軍団の略?! こんな呼ばれ方されてるなんて、俺はショックだよ細田さん…)  



 謎は全て解けた!


 対岸で主塔の代わりを果たしていたのは、斜面に生えた幾本かの立木達だった。

特に、足回りの加重を一手に背負っているのは、この写真の木。
ワイヤーを支えているのは、背後の斜面に立つ立木だった。
その木までワイヤーが伸びているので、橋の全長よりもさらに20m近くワイヤーが長いという、奇妙な橋になっている。
ま、見た目が十分に奇妙なので、それを支える背後関係も奇妙でも、今更驚きもないが…。





 橋の対岸には、一応踏み跡の名残のような地形が残っていたが、もはや通行止めとなって久しかろう橋に続くだけの道は、斜面と一体化しており、濡れた足場を上まで登るのは大変だった。
這い蹲るようにして、それでも我々は BG の誇りにかけて、登った。
BGの名がそこにある限り、われわれは戦い続けるだろう!
BGは永遠なのだ!!
ビージー!!



 20mほど這って登ると、そこには林鉄跡みたいな平坦な小道が崖の縁に沿って左右に続いていた。
それぞれどこまで続いているのかは分からないが、とりあえず時間もないので、滝までだけ行って引き返すことにした。

写真は、崖を登り切った辺りから、橋を振り返る。
対岸の大きな池はかつての釣り堀。





 河岸の崖の浸食が絶えず続いており、所々は川面まで一直線に抉られている。
足元が雪に濡れ、しかも山用の靴を履いていない我々は、思いのほか緊張を強いられた。

 しかし、滝はすぐ近くだったので、事故が起きる前に撤収することが出来た。





 神社は思いのほか立派なもので、我々が辿った吊り橋の道以外にも、いくらかまともな道があることを示唆していた。
神社の前は水源地となっており、滝はそこから直に落ちていた。
落ち口には、従来知らなかったコンクリの補強があり、そこだけは砂防ダムのようだった。
滝が浸食で後退することを避けた、先人の知恵だろう。

 老い知らずの滝の、老いない正体を知ってしまった気がした…。


 以上。撤収。



2005.12.7 作成

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