ミニレポート第283回 深浦町田野沢の“謎の橋” 前編

所在地 青森県深浦町
探索日 2024.06.13
公開日 2024.06.16

 濡れなければ辿り着けない橋


《周辺地図(マピオン)》

今回は、青森県深浦町の田野沢地区で発見した、“謎の橋”を紹介する。

初見の誰もが、「なんだあれ?!」と目を凝らすに違いない不思議な橋だ。

私がこの不思議な橋を探索した状況を、今から順を追って紹介しよう。

現場となったのは、深浦町田野沢にある田野沢漁港である。
すぐ近くにある有名な観光名所の千畳敷なら訪れたことがあるも多いと思うが、田野沢漁港は観光の要素を持たない漁業基地であるから、大半の人は隣接する国道を通り過ぎただろう。

だが、私はここで遭遇してしまう。



2024/6/13 14:42

既に今日一日の働きを終えたらしき静かな昼下がりの田野沢漁港。
港を高波から守る高い防波堤の上から陸の方を撮影している。
海岸沿いの低地に国道と鉄道が並走し、田野沢集落もそこに細長く連なる。
背後は典型的な海岸段丘で、そこには広い耕地とたくさんの風力発電の風車が並ぶ。僅かに見える遠くの山は、白神山地である。

そんな平和な眺めの中に、橋の姿はない。

“謎の橋”があるのはこちら側(陸)ではなく、ここから右へ90度ほど向きを変えた先である。

なので……

右向け、右!




防波堤の外の海面上に、たくさんの岩礁が浮かんでいるが、その中に


何かが見えた。


そう、

これこそが今回の主役――




田野畑漁港沖の海上に存在する“謎の橋”である。


世界最大の水面である“海”を背負うには余りにも頼りく見える、小さく低いシルエットだ。

だが、確かにそれは水面を跨ぎ、架かっている。

足を濡らさねば渡れないとは、世の橋という存在の根源にも関わる奇抜な立地だ。



“謎の橋”がある場所を最新の地理院地図で見ても、橋はおろか、歩道も描かれていない。
実際そこはほとんど海面下であるから、“海上国道”でさえ描く術を持たない地形図が描けるはずもなかった。

とはいえ、橋が見える海域に多数見える岩礁の一部は、海上に浮かぶ「岩(大)」の記号として描かれているほか、よく見ると(チェンジ後の画像の黒矢印の位置に注目)、海岸線から少し離れた海上に存在感に乏しい“ある記号”が並んでいる。
この薄茶色の記号の正体は「隠顕岩(いんけんがん)」といい、陰険な嫌がらせをする岩干潮時には陸になるが満潮時は水面下に沈む陸地を表現している。

つまり、私が訪問した時は明らかに海上に孤立していた橋も、干満の状況によっては陸地に浮上するらしい。
陸続きの磯を地磯というが、これは地磯に架かる橋なのだ。
だが、いくら遠浅だとしても、海岸線から200m近くも離れた沖に存在している外見の孤立感たるや、まさしく大海原に浮かぶポツンと一本橋であった。

ちなみに、日本海の干満差は瀬戸内海のような海域に比べると小さく、気象庁のサイトで各地の干満を調べることが出来るが、現地最寄りの深浦地点の干満差は、2024年6月を通じても最大約40cmである。
探索日(6月13日)に限定すれば約15cmに過ぎず、私が現地にいた15時頃はこの日の最高潮位に近かったが、仮に干潮の時間を選んだとしても、やはり水没状態であったと思う。
私の探索時が特別に潮位が高かったのではなく、むしろ足を濡らさず近づけるほど潮が引いている状況の方がレアな橋である。


橋なのに足を濡らさねば(ほぼ)近づけない。

そんな“謎の橋”が抱える最大の謎は、橋が跨ぐ独特の地形である。

次の航空写真を見て欲しい。



この中央に見える棒きれのような細い直線が問題の橋だが、橋が何を跨いでいるのかに注目だ。
どう見ても人工物らしき直線を持つ水路状の溝を跨いでいる。
そのような直線の水路が、広大な隠顕する地磯に3本も刻まれていて、そのうちの1本を橋が跨いでいる。

海面の強い反射のせいで陸地からではこの人工的な溝の存在は、ほぼ窺い知れない。
この謎の溝の正体は何か。
謎の橋が架けられた理由や目的も、この溝の正体に由来するに違いない。


その答えは、探索後に明らかとなった。



14:55 《現在地》

答えを知る前に、

まずは濡れて来い。 話はそれからだ。

そんなオブの海神の脅迫する声が、私を危ない入水へ導く。

当初は、ドローンで撮影して終わるプランも考えていたのだが、このあとの動画でも分かるようにめっちゃ風が強くてドローンは無理。

危険な現場へ身を曝す機会を少しでも減らすべく2021年より導入したドローンが、3年も経っていまだにサイトで全く活躍していないのが、いかにもバカっぽくて笑えるでしょう?

ならば水上探索のお供であるカヤックをの投入することも検討したが、浅瀬を船が航行できないのはドラクエ2以来のお約束である。

だから、お前が濡れればいいだけだろ。

……はい、そうです……。

というわけで、ちょっとだけ場所を移動。
最初の防波堤の上からだと海面に下りにくいし、せめて長靴だけは履きたかったので、一度車へ戻って装備を変えつつ、近場で海に下り易いここへ移ってきた。

今から、チェンジ後の画像のピンク線のように歩いて、沖合200mほどに見える“橋”を目指す。
最短ルートを採らないのは、できるだけ陸地が多く浮かんでいる場所を辿ろうとしたからだ。
航空写真を見る限り、海面下の地形にも微妙な深浅が見て取れ、深場は避ける必要があった。



浅い海というのは分かるんだけど、あんなに遠くまで歩いて行くのはやっぱり不安だ。
風が強くて白波が立っているし、これ以上なく吹き曝しであるはずの海の中を歩けるのか。本当に心細いんだけど。
そもそも、これは歩いて行っても良い場所なの? (普段の廃道探索と違って全然塞がれてないことで、むしろ突き放されたような不安が……苦笑)

ええ〜〜い、ママよ! ママク●ーニング小●寺よ。
危なさを感じたら引き返すというセオリーは、一歩さえ踏み出さない臆病者には判断材料を与えない。
自らの足で確かめるべきだ。

14:57 行動開始!



14:59 

まずは200mばかり、波打ち際に配置された消波ブロック伝いを歩いた。

なお、この海岸に隣接して国道101号が通っているが、ちょうどJR五能線を跨ぐ陸橋への取り付きにあたっているため高低差があり、路上から海岸にアクセス出来ない。
かつ、路肩に設置された波飛沫避けのフェンスが視界を遮るので、国道上から“謎の橋”が見えるのはほんの一瞬だけだ。
そんなわけで存在自体があまり知られていない橋だったと思うが、私は航空写真を見ていて偶然気付き、今回この近くの鰺ヶ沢町内で別の探索をしたついでに訪れたのだった。



15:00 《現在地》

よし……。
この辺から行こう。
写真上に描いた“島々を結ぶルート”で、橋への到達を目指す。

ところで、海面上に見える岩場は、どんな低いところでも乾いているように見えた。
それだけ波が低いということで、いわゆる潮間帯の例に漏れず、波はほとんどない(白波が見えるのは、深い部分との境界付近だ)。
問題は、横から吹付ける強い風のために、浅い海面にまるで川のような右方向への流れが見えることと、その流れによって海面下の微妙な凹凸が見えにくく感じられることだ。
転倒すると怪我を負う可能性もあるが、何より海水でカメラなどの大切な記録道具を壊すことが心配だ。



15:01

というわけで、初手から慎重に、波消ブロックの端から浅い海面へ降り立った。

最初に下りたところの水深は10cmほどで、長靴は早くも3分の1が水中に消えた。
しかし驚くほど水面の透明感が強く、浅い岩場を透かして見る流れがある海面は本当に清流を覗いているようだった。
海草など足を取られる付着物もほとんどなく、流れにさえ注意すれば歩くのは容易いと、第一印象はそんな感じ。
近くに転がっていた角材を杖の代わりに取り上げつつ、いよいよ沖へ歩き出す。

航空写真を信じたいが、本当に200mも沖合まで歩けるほど浅いのか、半信半疑なところがあった。
しかし実際歩いてみると、本当に遠浅な岩棚が海面下ほぼ一定の深さに広がっていることに改めて驚いた。
このように高さが綺麗に揃った特徴的な岩棚は、典型的な波食台(波食棚)であろう。
浅い海面下で波が岩盤が削って出来た平滑な海底面で、これが隆起して陸上に現れたものが海食台である。
深浦一帯には海食台や波食台も極めて広範囲に存在していて、近くの有名な千畳敷も隆起によって陸化した波食台である。
千畳敷は、寛政4(1792)年に発生したマグニチュード6.9〜7.1の大きな地震で350cmも隆起したことで陸化した。



15:02

なんだけど、

なんだけど

俺の長靴はもう風前の灯火だよ……。

遠浅でもなんでも、長靴如きで海に入るのは無謀だった。

もう足が濡れるのは承知で、このまま行くぜ!

長靴なんかで悪あがきせず、最初からマリンシューズで入れば良かったのだ…。



15:04

風、マジつっよ!!

風に沿って海水全体が横に移動していて、本当に超広い川を横断しているような感触である。

この流れのため、懸念していたように海面下の微妙な凹凸が見えづらく、動画の23秒辺りではマジで転倒しそうになった。
海底の所々に亀裂のような溝が走っていて、そこを上手く跨がないといけない。
しかし足元が見えづらいので、上手く行かず転びそうになったのである。

転んでも溺れるような深さではないが、マジでカメラの水没は勘弁!
(防水のサブカメラだけを持ってくれば良かったと後悔しています……)





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