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ミニレポート第296回 只見町蒲生の五礼橋

所在地 福島県只見町
探索日 2021.05.14
公開日 2025.10.18

 継ぎ足された橋、広がる川


只見町をサイクリングしたときに、なんとも変わった橋の風景に出会ったので、紹介しよう。
その橋の名前は、五礼(ごれい)橋という。
なんだか格式の高そうな橋名で、古代中国における「五礼」(人生の5つの重要な局面・場面における作法)に由来するのかどうか、残念ながら橋名の由来に関する情報は未発見である。

場所は、このへん(マピオン)だ。
さらに一帯の最新版地理院地図の画像を、上に掲載している。
格式ありそうな名前の橋だが、立地としては特別重要な橋という感じではなく、只見川左岸の八木沢集落およびそこを通る国道と、対岸の農地を結ぶ役割を持っている。

この橋がどのように“変わっている”のかを、これから見ていこう。
私は行き当たりばったりで遭遇したので、その経過に沿って紹介する。
スタート地点は、上の地図の「現在地」の位置。すなわち、国道252号の八木沢スノーシェッドの入口だ。

それではスタート。



2021/5/14 5:47 

これが国道252号八木沢スノーシェッド北口だ。
福島県内区間の大半を只見川と共に過ごす本国道であるが、ここでも路肩のすぐ下を雪代でパンパンに膨らんだ同川が洗っている。
山に迫られ、河に狭まる典型的な難所の地形だが、加えて雪崩の危地であることを長さ500mにもわたって続くシェッドが教えてくれる。
だが奥会津の代表的な街の一つである只見の中心地は、この先数キロのところにあるから、その表口として重要な局面である。

会津蒲生駅から自転車で出発した私は、これから目の前のシェッドを通って只見の街を過ぎ、田子倉ダム方面を目指そうとしていたが、ここで1本の橋の姿を認めた。
“赤矢印”の位置である。
最初は遠く小さかったが、シェッドの中を進むにつれ、近づき、大きくなっていった。
そして、その“異形のさま”を、あからさまにしていった。



あそこに見える只見川を渡る橋が、五礼橋。
しかしまだこの段階では名前も知らないし、立ち寄るつもりもなかった。
「ああ、橋があったんだな」という程度。

ただ、橋の見え方や、川の様子に、少なからず違和感を持った。

橋の一部分だけが妙に真新しい色をしていることと、その真新しく見える部分の周りの川岸が“妙”であること。

なんだこれはと思い、ズームする……(↓)



なんだこれは?!


……いや、分かるぞ。私ももう道路界の住人になってそこそこ長い。何も知らないねんねではない。

川岸を削って、川幅を広げ、橋を継ぎ足した。

その珍しい工事の途上に、私は偶然立ち会ったものらしい。

完成後に桁が継ぎ足された橋は過去にも見たことがあるが、その工事の最中の風景に出会うのは初めてだ。



少しアングルを変えて、いままさに削られて消失しようとしている旧川岸を撮影。

この川岸は、強烈な水勢を有する只見川を悠久のタイムスケールで受け止め続けてきた、相当に堅牢な岩盤であっただろう。
黒い見た目からして、その歴戦ぶりを窺い知れるようだ。
これは本来、人間一代のタイムスケールでは、浸食による変化を明確に見ることは難しい地形であったと思う。
レトロゲーム脳の私の印象としては、ドラクエのマップに設置された灰色の岩山の地形のイメージだ。ゲーム中は絶対に覆らない地形。

だがそれがいま、人類の土木力によって、強制的に姿を変えようとしていた。
強引に削られた旧来の川岸の断面の色合いが、本来は地表には見えないはずの無垢の色を晒している。
そしてこれと同じ色合いを見せる、背後にある異様に平滑な斜面が、重機が削り出した新たな岩岸。
今はまだ工事の途中なので通水はしておらず、手前の本来の川幅だけに水があるが、遠からず、現状は川中島の地形である旧岸の岩山部分は完全に削られるのだと思う。

なかなか凄いタイミングの景色を見ていると思い、強い興奮を憶えた。



5:50 《現在地》

国道252号から信号や行先案内のない丁字路を左折すると、緩やかな直線登り坂の先に、“その橋”が現われた。
主桁は赤色の下路トラス1径間、その前後に1径間ずつ桁橋が附属しているが、対岸側の1径間は明らかに川幅の拡張に伴って増設されたものに見えた。しかし、この時点で主に見えているのは、本橋の旧来の部分だけである。

また、橋の袂には予想通りの工事内容(河川を広げる工事)を記した看板が設置されていた。
県が発注した工事らしい。河川工事のことは全然詳しくないのであまり説明が出来ないが、「河川(交付)工事(開削)」という工事種名も記されている。国庫補助(交付金)を受けている工事のようだ。

この只見川流域は、平成23年7月新潟・福島豪雨災害の最大の激甚被災地であって、現に先ほど旅をスタートさせた会津蒲生駅もこの時はまだ不通であった(令和4(2022)年10月1日運転再開)。
同災害によって、只見川に架かる橋の多くが落橋や破損の被害を受けたと聞く。
おそらくこの橋にも何らかの被害があり、その復旧や将来の被災軽減のために、橋の改修および、それを前提とした川幅の拡張が進められているのだと想像した。(詳細は後で分かるが)



ここで初めて橋名を知った。「五礼橋」。
親柱は無く、左岸橋頭の高欄端部に直接銘板が取り付けられていたのであるが、取り付け面が90度近い曲面であるために、金属の銘板も同じだけ曲げられていた。個人的にここまで激しく曲げられた金属銘板は初めて見る気がする。地味に注目のポイントだ。

なお、向かって右側の高欄端部には、銘板も取り付け用のプレートも無かった。脱落したのかもしれないが。



平凡な第一径間(長さは30mくらい)は何事もなく終わり、本橋の外観における顔でもある中央径間のトラス桁へ。
中央径間は目測60mくらいの長さがあるワーレントラスで、取り立てて変わった造りだったりはしないが、何気なく視線を降ろした川側のトラスと床板の隙間に、太い巨大な流木が何本も挟まっているのを発見した。

異様な光景にギョッとしたが、これはもう間違いなく、桁のこの高さまで洪水が押し寄せたことを物語っている。
状況的に、件の大洪水の痕跡とみて間違いないだろう。
ほぼ路面の高さまで洪水が上がっていたのである。

高欄は壊れていないのでギリギリそこまでは上がらなかったのだろうが、実はこの橋よりも国道や沿道にある八木沢集落の方が低い位置にあり、かつ両者の間に橋よりも高い堤防がないので、国道や集落が完全に水没していたことが自明となった。

また、もしあと数十センチ水位が上がり、トラス桁の広範囲が側面から水勢を受けていたら、トラスの性質上、たちどころに桁全体が流失したのではないだろうか。
ここに橋が残っているのが奇跡と思えるくらい、もの凄くギリギリの状況であったことを目の当たりにして慌てた。
今さら慌てられても、橋も困るだろうけど。





5:52 

「五礼橋」の銘板があった左岸橋頭から約90m橋の上を進むと、そこがトラスである第2径間と、続く鋼製箱桁である第3径間の境である。
遠目に見ても明らかに、第1・第2径間と第3径間では竣功時期が異なっていそうだったが、その証拠が見つかった。
トラスである第2径間に取り付けられた高欄の端部に、第1径間の高欄にあったものと同じ意匠の曲面的な銘板が取り付けられていたのである。
それも、左右両側に。

チェンジ後の画像は、下流側(向かって右側)の銘板で、「竣功昭和55年11月」とはっきり読み取れた。
また、上流側の銘板は、「ごれいはし」と書いてあった。
銘板のあるこの場所が、かつては陸と接する橋端だったことを物語っていた。




もっとも、グーグルストリートビューを見れば、橋の延長はさらに一目瞭然だ。
(上)は最新の2024年8月撮影版、(下)は2014年6月撮影版で、同じ位置、同じアングルだが、撮影者の足元はそれぞれ橋の上と地上で、全く異なっている。
なお、2014年は件の大水害の3年後であるから、その際に橋が落ちていなかったこともこれで分かった。
しかし周辺では盛んに護岸工事をしていて、間近な水害の傷痕が色濃く感じられる風景であった。



このように近年大きく姿を変えている五礼橋や、橋の下を流れる只見川であるが、今のところ地理院地図にもこの変化は反映されていない。
橋は相変わらず短めに描かれているし、川幅の拡張が進んでいることも、表現がないのである。
実際は、チェンジ後の画像に描き足したように変化している。



第2径間と第3径間の境目附近から、川の下流方向を見下ろして撮影した。

まるで2本の川が並走しているような風景だが、左側がもとの只見川であり、右側は新たに掘られた新川部分である。幅は3対1くらいだろうか。
まだ新川部分に川の水は引き込まれていないが、雨水や浸透水が溜まって湖のようになっている。
それでも両者の水位には大きな差があり、それが欠壊前の堤防のようなとても危なっかしい風景に見える。今は平時だからこれで問題のない風景なのだろうし、仮にもっと水が上がって川の水が流入しても問題のない状態なのだろうが。
水位の差は、ここからよりも【国道からの遠望】の方が分かりやすかった。

また、よく見ると、まるで中島のようになった旧河岸の岩山に、いくつかの人工物の痕跡があった。
手前のそれは、何かの建物の基礎らしきコンクリートの矩形構造物。
奥のそれは、ごく小さな橋脚のような形をしたコンクリートの構造物だ。
これらはおそらく、その立地から考えて、水位観測施設の名残ではないだろうか。
2014年のストリートビューを見ても、樹木のせいで確認出来なかったが…。



河川の拡幅に伴って増設された第3径間を、右岸橋頭より撮影した。
橋は目測50mほど延長されている。
新川部分に真新しい橋脚が設置されているが、もとはあそこが右岸橋台位置だったのである。
橋台から橋脚へトラスを載せ替えたり、そこに新たな桁を接続するという、なかなかに複雑な工程を乗り越えて、今の新旧折衷の五礼橋が存在している。

なお、新橋部分にはいかなる銘板もなく、この部分の竣功年は、机上調査(後述)をするまで得られなかった。



第3径間を渡る終えると、右岸の地上に接続する。
そのまま道は右岸の農地に続いているが、この探索時は何かの工事をしていて道を塞ぐように複数の車が停まっていたので、元々予定に無かった寄り道だったこともあり、ここで引き返した。



5:54 《現在地》

引き返す際に右岸橋頭より撮影した、只見川の上流方向や左岸の八木沢集落の様子。
川霧がまだ低い空に留まっているために、上空の青空が全く見えない幻想的な風景になっていた。

いかにも工事中という感じに盛ってある眼下の堤防を壊せば、新川部分への通水が始まることになる。
だが、ストビューを見る限り、探索から3年後の2024年時点でも状況に変化はなく、むしろそのまま築堤が草生してきている。
川幅の拡張計画が中止になったわけでは無いと思うが、この辺りは机上調査で確かめたい。




5:57 《現在地》

五礼橋を引き返した私は、当初の計画通り国道を前進し、橋から最寄りの八木沢集落を通過。
その際に、集落内でチェンジ後の画像のものを見た。

「平成23年7月30日 新潟・福島豪雨 最高水位柱」と書かれた、真新しい墓標型の石碑である。
地上から2m近い高さに目印があり、すなわち集落も国道も2mもの浸水を蒙ったことを伝えていた。
水勢自体は緩やかだったものか、沿道の建物の多くは水害以前からあったようだが、この水位はさすがにマズい。



さらに、同じ並びにある「災害時避難所」の看板を掲げた建物(公民館?)の前にも、八木沢区が設置した同水害の立派な記念碑があり、裏面には次のような碑文がしたためられていた。五礼橋についても登場するので、全文を引用しよう。
なお、登場する河川名やダム名が分かりやすいように簡単な地図を右に用意した。

平成23年7月27日から30日までの期間雨量711.5mmの豪雨と、上流にある田子倉ダム・奥只見ダムの放流による只見川の氾濫で八木沢地区は壊滅的な被害を受けた。
29日午後、伊南川・叶津川の氾濫と田子倉ダム放流により、只見川堤防越流集落内浸水。身に危険を感じた人は、知人宅に避難した。
30日午前2時以降、奥只見ダムの放流水が合流し、滝ダムの放流能力をはるかに超える濁流が八木沢地区を津波のようになって襲ってきた。二階で恐怖に怯え朝を迎えた人達は、変わり果てた光景を見て失望の窮地に陥る。
流失1戸、大規模半壊8戸内取壊し5戸、半壊11戸、床上浸水1戸、床下浸水2戸、田畑の流失土砂堆積7.5ha、五礼橋国道側町道流失陥没、只見川・叶津川堤防決壊流失。
国の激甚災害の指定を受け6億2900万円の巨費が投じられた。県・町・ボランティアの人々の応援を受けると共に、義援金、見舞金のご厚情、ご支援を受け復旧した。

再びこの様な災害に遭う事の無いよう念じ、後世に伝える為にこの記念碑を建立する。

   平成26年11月 八木沢区民一同

碑文より

只見川、伊南川、叶津川の水が集まり、さらに下流を滝ダムに堰された八木沢地区の甚大な浸水被害が述べられていた。
そしてその中に、五礼橋について、「国道側町道流失陥没」の記述があった。



これは八木沢集落寄りの国道路上から見た五礼橋の姿である。

左岸の取付け部分(緩やかなスロープになっている)のガードレールが妙に真新しいが、ここが流失した町道だろう。
橋のトラス下部に流木が漂着しているくらいだから、それより低い取り付け部が流失したもやむを得ない。重ね重ね、橋台ごと橋が流れなかったのは幸運であった。

そしてその幸運な橋は、単に旧状に復されるに留まらず、再度災害の防止を期すべく、より強くなって甦った。
私が目にしたのは、サ●ヤ人のようなその不屈の姿であった。





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