廃線レポート  
森吉森林鉄道 その2
2003.10.14



 森吉森林鉄道の痕跡を追いかける旅はまだまだ始ったばかり。
数年後にはダムに水没する森吉地区より更なる上流に進む。
そこには、悪夢のような廃道が待ち受けていた…。

いよいよ、皆様がお待ちかねの景色が現れますよー。

砕渕地区
2003.10.8 9:23


 付け替えられた県道が、やっと河床に近い高度まで降り立つ。
このあたりより上流は水没を免れるらしい。
ここは砕渕という地名があったが、現在は集落も消え、地名を留める必要もなくなりつつある。
左前方の岩山は巨大な砂利採取場となっていて、ダム建設に必要な土砂の多くをここから供しているのだろう。
もう里山の面影はまったく無く、どこかアメリカの露天掘り鉱山を連想させる壮大な景色だ。


 ここで小又川を渡る。
旧橋も残存しているがもう通るものも無いようだ。



 この先、現道は再び旧県道と別れ直線的に上流を目指している。
旧道は川筋に沿って進むが、この部分では工事用道路として利用されており真新しいガードレールが設置されていた。
また、新しいデリネーターにも「秋田県」とペイントされており、まだここも県道であることを誇示するかのようだ。
だが、この道の先に地獄か待ち受けていた。


 少し進むと旧道は再び県道と合流すべく進路を変えている。
ここには一本の橋が掛けられており、この橋は対岸にある発電施設へと続く道の入り口にもなっている。
この先は旧県道ではないのだが、そろそろ本格的に森吉森林鉄道の痕跡にチャレンジせねばなるまいと発起して、とりあえず軌道があったであろう右岸に渡った。
この決断が、地獄の入り口だった。

写真は橋上から見られる古い取水施設だ。
現在も稼動しているのかは不明だが、このような朽ち掛けた設備が一帯に散見される。


 右岸に渡ると、この道の目的地である発電施設が見えてくる。
あそこまで切り立った川岸を進まねばならないので困難を覚悟したが、ダートとは言え利用者もいるようで、苦労は無かった。
この部分の道も軌道跡を利用したもののはずだ。

発電施設 そして…
9:35

 発電施設へと向かう途中、またも朽ち掛けた橋桁を発見した。
かなりの期間放置されているようだが、軌道と関連したものなのかは不明。


 労せず発電所の関連施設に到着。
手持ちの地図上でもここまでは道が描かれているが、この奥には点線が続くのみだ。
まあ、点線でも道があるにはあるはずなので、できればチャリごと突入し、次の集落であった小滝付近で現道に脱出したい。
季節が季節なので、下草の多さが心配だが、軌道跡ということで勾配には心配は無いと思う。




 施設の裏手で車道はきっぱりと終わっていた。

だが、確かに踏み跡の様なものは奥へと続いている。
位置的にはこれが軌道跡と見て間違いないだろう。
いきなりの車道消滅に嫌な予感はしたものの、さらに電線が頭上に続いていたこともあり、まだまだ楽観視していた…。




深渡集落跡
9:39


 踏み跡に分け入って約10m。
既に道は期待していた状況とはまったく異なる様相を呈している。
たっぷりと朝露を含んだススキに足首から膝までを埋もれながら、チャリを除雪車よろしく無理やり先行させ(もう乗って進むことはまったく不能である)、進路を切り開いた。

今なら、容易に引き返せる。
私の理性は、そしてこれまでの経験は、この先に待ち受ける叢が如何に恐ろしいかを、的確に予言していた。
引き返すべきなのだ。
これ以上は、明らかに時間と体力無駄なのだ。




 ああ(涙)。

なんて俺は、意志が弱いんだ。

進んできてしまったことを後悔しながらも、なぜか引き返せない。
見てお分かりのとおり、既に獣道すらなく、体を張っての前進が始っていた。
この田んぼ5枚分くらいのススキの原野は、きっと元々は田んぼだったと思う。
根拠は、地面の畦を思わせる起伏や、写真の隅っこに写る農作業小屋跡と思われる廃屋など。



 ちょっと広場が現れたと思って安堵したが、そこは人工的な広場などではなく、ススキの原野に忽然と出現した巨大なワラビのサークルであった。
ワラビの原はススキよりは進みやすいが、枯れた茎は大変に切れにくく、引きずるように連れてきたチャリを執拗に足止めした。
もういい加減嫌になって、チャリの無事も確かめず、半ば強引に引き千切って進んだ。



 終わっている。
もう、地形すらよくわからない。
背丈よりも深いススキと、腰丈ほどのワラビと、そのほか得体の知れない種子を満載した雑草など、とにかくありとあらゆる草が、私の障害となった。
私は、どれほどここに時間を掛けるのか?
そして、この先に、もし道が無かったら、どうするのか?
もう、ここを戻れる根気はとうに使い果たしているぞ。

ああ、やっぱり、あのとき素直に引き返していたらよかったのだ。


 約300mほどの原野は、私を11分間ほど足止めした。
しかし、当初から「もしあそこまで行ければ何とかなるかも」と、狙っていた森までは到達した。
ちなみに、叢は日なたほど難易度が上がる傾向にあり、森の中では意外に通りやすい場合もある。

それに期待しての、一か八かの賭けだった。

だが、ここに至りてもなお、賭けに勝ったのか、それとも負けたのかは判断がつかない。
なんせ、日陰といえどもご覧の状況なのだから…。

軌道の痕跡を求め
9:55


 状況はまったく好転しなかった。
それどころか、より深みに嵌ってしまったようだ。
ススキに加え、雑木林と化した進路は悪夢以外の何物でもない。
一歩進むたびに後悔を感じ、自責の念に苛まれる苦難の道だ。
そして、この先への不安から、もうすべてを投げ出して楽になりたいとさえ思えるような、狂気の道なのだ。

正直、この段階でもう軌道跡どころではなくなっていたが、戻るのは地獄の倍量確定なので、やむなく、進んでいた。



 いつの間にか、小又川の流れがすぐ足元に接近していた。
ふと叢の切れ目から見えた対岸には、なんとも快適そうな車道が見えるではないか。
まさしく現県道に違いない。
もし、ここに橋などあろうものなら間違いなくエスケープしただろうが、不幸にもそんな物は一切無く、真っ青な淵が天国と地獄を隔てていた。



 さらに進むと、いよいよ頭上の木々は大きくなり、森の中へと完全に入った。
こうなると、やっと幾分状況が改善してくる。
ススキは影を潜め、半身を埋めるほどの深い熊笹の藪となる。
やはりチャリへの引っ掛かりが多いのが難点だが、徒歩で進むだけならばかなり楽だ。
…チャリをここに置いて行けたら、どんなにか楽だろうか…と、真剣に考えた。

写真は、藪の中に見つけた土地借用を示す標柱。
どうやら、平成2年ごろにはここまで来て、この標柱を立てた誰かがいたらしい。
少しだが、味方を得たようで心強さを感じた。



 やっと、森の中続く切り通しなどの地形から、ここを軌道跡と確信できた。
チャリが邪魔だが(もうずっと押しで進んでいる)、俄然元気が出てきた。
あとはもう、二度と日なたに道が出ないことを祈るのみだ。



川沿いの軌道跡
10:02


 軌道敷きの幅は想像より広く、普通の林道よりは少し広いくらい、大体幅5mくらいはありそう。
だが、一面に雑草が生え、そうでない場所でも厚い落ち葉に埋もれている。
人が歩いたような痕跡はおろか、よく見る“古いジョージアの缶”など、ゴミも落ちていない。
それほど距離的には人家に離れてはいない場所のはずなのに、もうとっくに忘れらているようだ。
巨大な朽木が行く手をさえぎっている。
歩きなら乗り越えるのは容易だが、チャリが重荷となる。


 チャリンコ担いでよっこらせと…

な!
何かある〜!

旨そうなきのこではないか!
これはきっと食えるキノコだ。
私のカンがそう言っている。
しかも、飛び切り旨そうだ!!



 天然の榾木を乗り越えてさらに進むと、なんとなくイイ感じになってきた。
雑木林の林の中は、気持ちよい木漏れ日と川面を渡る涼しい風に満ち、ただそこにいるだけでも幸せな気分になれる。
こんないい場所を独り占めに出来る幸せは、万人を寄せ付けないあの苦労を乗り越えてこその喜びだといえよう。

かつてレールが載せられていたはずの軌道敷きには、レールはおろか枕木やバラストの痕跡も無い。
微かに自動車の轍が残っているような気もしたが、風化著しく確信は無い。
さらに先へと進む。



 蛇行を繰り返す小又側の右岸に寄り添う軌道跡は突如、見上げるばかりの大断崖に阻まれた。

岩肌をむき出しにした垂直の壁が、はるか頭上までそそり立つ。
まずはそこに目が行ったのだが、肝心の軌道跡はどうなってしまったのか。
大丈夫なのか?!



 ああ、助かった。
大丈夫だ。道はあった。

長い年月の間に降り積もった落石が狭い軌道跡の路面を波打たせているが、それでも通行は可能である。
無論、自転車からは下りて通行している。
なんてスリリングな場所を通っていたのだろう。
そして、よくもまあ、こんな場所に通したものだ…。



 断崖は50mほど続く。
足元にはすぐ傍に、小又川のエメラルドグリーンが横たわる。
森林鉄道というと、林業のために拓かれた鉄道であって、その沿線の木々は根こそぎ伐採されただろうという想像があったが、どうもそうでも無いらしい。
ここまでの道のりを思い起こしてみても、そして、ここの景色を見ても、森は健在であり、こんな大樹も根を張っている。
目指す先にあった森林資源の膨大さにくらべれば、こんな路傍の木々など伐採する気にもなれないほど些少だったのかもしれないが。

それにしても、
なんて気持ちのよい道なんだろう…。



 ちょっとヒヤヒヤしつつも、景色があんまりにも気持ちよいんで笑顔混じりでここをクリアー。
振り返ってパチリ。
こうして見ると、どこに道があったのかも判然としないほど自然に還っている。

チャリは既に乗り物として全く役に立つどころか、ただの荷物になっていた。
まるで、ペナルティのようだ。
かわいい愛車を置いていくにも行くまいが…。

しかし、

まだまだまだ、先は長かった…。



その3へ

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