廃線レポート  
森吉林鉄 第W次探索 その1
2004.5.5


 2004年5月4日、私を含む総勢6名の森吉林鉄合同調査隊メンバーは、本年度初の森吉森林鉄道の踏査活動を実施した。
今回の探索参加メンバーを紹介する。

 左から順に、パタリン氏、自衛官氏、HAMAMI氏、くじ氏である。
パタリン氏HAMAMI氏は前回探索から引き続きの参加である。
また、このお二人とくじ氏に、今回は残念ながら不参加のふみやん氏を加えた4名にて、4月下旬にプレリサーチと称した事前調査を実施しておられる。
この成果は、今回の調査で遺憾なく発揮されてくる。
ご多忙のふみやん氏への感謝の意を込めての、本調査となる。
自衛官氏は、今回の合同調査のために関東から秋田入りされている。
彼の秋田遠征はこの日が連続8日目となり、最終日でもある。
期間中には、くじ氏と合同でやはり事前調査を実施されており、この成果もまた灯台のように我々を導いた。

今回の合同調査が、ここに挙げた以外にも、多くの方々のご協力により成り立っていることを、初めに述べさせて頂く。



<作者注>
本レポートをご覧頂く前に、これまでの探索をご覧頂きますと、より分かりやすいと思います。



決行か否か
2004.5.4 7:00


 午前7時、計画通り森吉町阿仁前田の集合地点に、不参加を表明しておられたふみやん氏を除いた5名が集うた。
しかし、前夜から降り続いた雨は、時折雨脚を強めながら、森吉の僅かな平野部に濁流のようになった小又川を晒している。
小雨決行は、前回探索にて暗黙の了解となっていたものの、これは完全な本降りである。
事実、この日は森吉町全域を含む県北地域に大雨洪水警報が発令されており、アプローチに利用した県道福館阿仁前田線が帰還時には片側交互通行となる崩落を見せているほどであった。

天候は、完全なる雨。
この状況は、極めて困難な探索を予感させるのみならず、探索自体の中止をもそれぞれに意識させた。


 0800(以降、これは時間表示)、
5人の乗り込んだ四台の自動車は、森吉ダム直下の一号橋梁前駐車スペースへ到着した。
車輌間に幌を張り、会議スペースを準備。
ここで、今日の計画の決行か中止かを協議した。

当然、全員が決行したい気持ちで一致していたわけだが、誰一人として楽観的な見通しを語れる者はいなかった。
なぜならば、全員が既にこの森吉林鉄を一度以上経験しており、特に隧道内部の出水問題が最大の攻略障害となっている事を知っているからだ。
現に、今回の最終攻略目標である、“三号橋梁西詰め到達”のためには、4号・5号という、二つの異常出水水没隧道の突破が必要である。
4号については山上を迂回して進むコースが、プレリサーチにて判明していたものの(ちなみにこの迂回は、第V次探索にて失敗したものである)、5号についてはその可能性は低いという認識である。
当然、急峻な斜面を何度も往来することの危険性は、命に関わるものでもある。

誰もが慎重にならざるを得なかった。


 2キロ手前にある国民宿舎か、隣接の杣温泉にてオフ会後、解散。
明日、改めてチャレンジという案と、
可能な限り進んでみて状況を見て可否を決定しようという案とで分かれたものの、
自衛官氏の参加可能は今日限りであることと、くじ氏も岩手県からの参加であるなど、各人の負担を考え、そしてもちろん、ここまで来たからには、と言う気持ちも手伝い、後者の案が採択されるに至った。

 決行 である。

号令が下ると、各々は準備した装備品に身を包む。
相変わらずテキトーな装備である私(雨の日は濡れるのが当然との考え)。
前回に増して強化された先進の装備に身を包むパタリン氏
職業柄めっぽう現場に強い、納得の装備、自衛官氏。
密かに強化されている(のであろう)、穏やかな表情のHAMAMI氏
腰丈までの超強力長靴を持参するも、重量と機動性の問題から敢えて、「豊作」を履いた、くじ氏
なお、「豊作」とは、通常の長靴以上に軽量で柔らかく、膝丈以上の水深にも耐えうる気密性を誇る、農作業一般に適用したアグリープロダクトである。
その価格以上の活躍を期待される新装備であり、なんとパタ氏も同様のものを装備してきた。

豊作」の活躍は、今回の隠されたテーマである。


 0810
5名は波濤渦巻く1号橋梁を渡り、軌道跡へと進行した。
ここは林業用の作業道路となっているのか、笹などが一部下刈りされていた。
プレリサーチ時には刈られていなかったそうである。
私にとって、半年ぶりの森吉である。
そして前回も雨だった。

3分ほどで我々は4号隧道へのショートカットであるブル道との分岐点に着いた。
ここからは100mほどは、急登である。

今回は水没4号隧道内の突破を目的に、2艘のゴムボートを準備している。
パタリン氏の、前回はパンクという苦汁を飲んだ4人乗りボートと、
くじ氏の、2人乗りボートである。
また、水没5号隧道攻略を目的に、各自がスコップやシャベルを用意している。
5名はこれら重量物を協力して運んだ。




 0819
3号と4号隧道の間の僅かな明かり区間とブル道は直交する。
このままブル道を進めば、プレリサーチで解明した4号隧道の出口へとアプローチが可能であるが、極めて急な勾配であり、探索初期での体力の消耗を避けられない。
我々は、可能であれば4号隧道内のボートによる通過を計画していた。
しかし、暗黒の崩落洞内をボートで進むことは、我々の誰にとっても、初めてのチャレンジである。

全山を白く煙らせるほどの強い雨を避けるように、我々は足早に洞内へ進んだ。
まずは、崩落箇所の確認である。



4号隧道 下見
8:20

 まるで雨垂れのようになった坑門へと進む。
洞内からは、やや濁った水が小川となって流れ出し、そのまま背後の3号隧道へと流れ込んでいる。
それは、軌道敷きというよりも、水路のような光景である。

危惧していたとおり、警報が出されるほどの雨で、もはや森吉の大地は限界までに水を含んでいる。
そして、今猛烈にあふれ出している最中なのだ。
はっきり言って、最悪のコンディションである。

だが、ここに来て中止と言う言葉は、誰の口からも語られなかった。
それは、互いに遠慮してのことではない。
私はともかく、皆は大人である。
くじ氏も相当に無茶しぃと理解しているが…)

まだ、諦めるだけ手を尽くしたわけではないからだ。



 0823
水路となった4号隧道へと進入。
ここは、私ももう何度も来ているが、独特の恐怖感がある。
僅か30mほど先には、もし万が一決壊すればここにいる全員が無事ではあり得ない巨大地底ダムが存在することから来る、潜在的な恐怖である。
そして、そのダムからあふれ落ちる水が絶えず洞内に響かせる、けたたましい轟音のせいでもある。
奥から風がながれており、洞内には肌寒さがある。
ここは、なんというか鬼気迫る隧道だ。



 以前は気が付かなかった、新しい崩落が起きていた。
坑門から崩落点まではコンクリートで覆工されているものの、これが大規模に剥離崩落していた。
以前から、罅が目立ってはいたものの、この冬のダメージに耐えられなかったようだ。
捲れた裏に見える地肌は、さらさらの砂地であり、素手でも削れるほどに脆い。
本隧道は、現在もなお、活発に崩壊を続けているのかもしれない。

なお、確認済みの1から4号、および7・8号の各隧道において、隣接する3・4号の両隧道のみが、内部に著しい崩壊を見せている。
完全に素堀りである1号も、比較的崩壊しているが、やはりこの3・4号の存在する一帯の地質に問題があるのだろう。
これら一連の隧道は、昭和29年頃にダム工事に伴って建設されたものであり、林鉄隧道としては新しい部類に入る。
そのため、まだ原型を留めているものが多いのも特徴であるが、これらは例外的に状況が悪い。



 我々は再び、4号隧道大崩落箇所に着いた。
プレリサーチでも報告されていたとおり、崩落も、それによって堰き止められ生じた地底湖も、依然我々を通さない状況にあった。
しかし、前回探索時、および先日の自衛官氏くじ氏らによる土木作業によって、多少ダムの高さは低くなり、上部は平坦となっている。
この地形であれば、ボートでの進水は可能と判断された。
だが、物理的に可能であろうと思われても、足の着かない(水深は天井までの高さから考えて2m程度ある)水面に進むということは、これまでの我々の探索の範疇を大きく越えた、非常に心細いチャレンジである。
そして、不測の事態によって、もし水上に投げ出されれば…。

考えるだけでおぞましい結果が、待っているだろう。








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