廃線レポート  
森吉林鉄 第X次探索 その1
2004.7.18


 森吉林鉄の探索に私が赴いたのは、これが5度目となる。
その一度一度が、これまでの一回一回のレポートに対応している。
そして、その5回の探索の大部分を占めたのは、森吉ダム建設に伴う路線付け替えによって生じた、太平湖畔の林鉄跡であった。
この約10kmほどの湖畔の軌道は、複数の要因により、極めて探索が難しく、当初は一度目の探索で殆どを踏破する予定が、結局これほど回を重ねることになってしまった。
しかも、一人では突破できない難所も数あり、山行が史上初めての「合同調査」が、この森吉の地より始まったのも、これまでのレポートの通りだ。

前回までのレポートを通読頂いた上で、この「最終回」といって差し支えがないだろう5次探索をご覧頂ければより理解しやすいと思うが、これを見て欲しい。



1次から4次までのそれぞれの探索で攻略したのは、上図の範囲である。
となれば、最終回の予定で計画された第5次計画の探索範囲は、上図の黄色い実線に示された範囲と言うことになる。
すなわち、この計画では、対象は主に二つに分けられる。

第一ターゲットは、これが最大の目標なのだが、3次計画において途中まで入水するも時間切れ断念となった「7号隧道」の突破と、その先に存在すると推定された「6号隧道」を越え、そして、4次計画にて到達した「3号橋梁」の、今度は東詰に立つことである。
これを成し遂げればやっと、当初の1次計画にて予定されていた全区間の踏破と言うことになる。

また、時間的に可能であれば、些か区間が長く、計画の危険は大幅に増すが、2次計画にて断念した、“落橋”「6号橋梁」から、お馴染みの“梁渡り“「5号橋梁」までの区間も、踏破したい。
ここまで成功すれば、ついに、ダム付け替え区間の完全踏破と言うこととなる。


この様な二つの目標を掲げた最終計画であるが、4次計画が無事終了した直後から、我々調査隊メンバーは、もう待てない気持ちでいた。
それは、「あと少し」で踏破出来そうだという、そんな予感によるものであった。
なにせ、私が引き返した7号隧道の内部から、3号橋梁までは、せいぜい1km〜2km程度の距離であろうと思われたのだから。
そして、早々に都合を付けたメンバーは、お馴染みのプレリサーチに出陣したのである。

プレリサーチには私は参加していなかったのでその詳細は不明であるが、一人カウンターでレジを打ち続けた私にもたらされた陥落の報。
私を四度退けた森吉林鉄が、遂に陥落したとの報が、笑顔のパタ氏の口からもたらされたのである。


…そうか、遂に逝ったか。
森吉が、解明されてしまったのか…。
自身の都合が付かずプレに参加できなかったのは、やむを得ないことであるが、寂しくないと言えば嘘になる。

だが、
だがそれでも、私は行かねばならない。
いや、
行きたい!

私のこの目で、今再び人を通した森吉林鉄の姿を見て、そして納得したいのだ。
その探索の、終焉を。
それに、まだ私には宿題も残されていた。
この計画の「ふたつめのターゲット」と先ほど紹介した、区間である。
そこに何があるのか、殆ど分からない区間だ。


森吉林鉄、第5次“最終”計画。
2004年 6月13日 発動!



森吉山荘前
2004.6.13 7:16


 私にとって、森吉の空が晴れているのは、2度目だ。
最初に来た時以来の、快晴である。
今回の参加メンバーは、過去最多の6名。

写真の左から順に、
今回が初参加の 細田氏(「本城隧道」ほか、情報提供者)。
同じく初参加の YASI氏(直前の参加表明で、まだどんな人か不明だった)。
お馴染み パタリン氏は、これが森吉3度目、プレなんかも合わせると…私以上かも?!
そして斬り込み隊長 くじ氏、彼の後を歩くと命が幾つあっても足りないという…。
最後に、今までプレには二回も参加されているのに、私は初めてご一緒する ふみやん氏、電気系のプロだ。

この5名に、私を加えた計6名で計画は実行された。


 午前8時33分、“梁渡り”5号橋梁の玄関口である土沢に到着。
ここまでは、林道が無事通行できたので、3台の車に分乗しての順調な移動だった。

我々は各自装備を固め、すぐ傍の最初の難関へと挑むことになる。
言うまでもなくそれは、ここの名物の梁渡りだ。


 8時35分、土沢を出発。
林道終点から先は廃林道だが、春の藪は比較的浅く、2・3次探索時よりも歩きやすい。
6人ともなれば、一丸となって歩くのも大変なので、長めの列となって連なる事になる。
なんだか…変な光景だぞ。


僅か2週間前には超ガチンコの和賀計画で共に生きたくじ氏も、なんか苦笑気味?
いや、実は私が一番戸惑っていたかも。
まあいい。
入山してしまえば、ガチンコになるだろう…。
などと、不謹慎にも苦闘を期待してしまう私なのだった。

だって、私の育てた森吉だもの… …ちょっと錯乱気味な私なのでした。


 現在実施中のアンケート企画では、「背中がステキ」と票が入ったパタリン氏の、滑らかなお背中。

おいおい。
一部読者は合調調査のどこを見ているんだろうか。


間もなく、苦闘の始まりを期待させる(期待するな?)。5号橋梁だ。




 8時44分、お馴染み5号橋梁東詰に到着。
合調で来るのは、昨年11月末の3次以来だ。
あのときは、到着時点でもう夕暮れで、しかも死ぬ気でボートを運んでいる最中に、そのボートがパンクしたり、最後は胸まで入水し凍えたり、そんでケータイが逝ったり…。
その前も、たった一人で引き返しの苦汁を飲んだ、この場所。

思えば私にとって、森吉の苦闘を象徴する場所だ。
忘れられない、そんな場所。

そこが…
何やら騒がしい。
橋の上に目を向けると、










 蹂躙
されてるぅ!


パタ氏と来たら、一子相伝の筈(嘘)の梁渡りを人に教えるのが上手すぎ!
もう、早速YASI氏も細田氏も出来てるし、しかも笑ってるし!
梁渡りって、なんかこう、もっと殺伐としているものじゃあ、ないのかなぁ?

ね、“発案者” HAMAMI氏はどう思われますか?
って、HAMAMI氏家族サービス中につき不在だしぃ。

ああ、森吉神話が、ガラガラと音を立てて…。


な、7号隧道 (動揺中)
8:55

 雪解けシーズンもいよいよ終わりに近いが、まだダムの水位は高い。
この時期、森のどこにいてもなかなか容易に視界は得られないが、梁渡りの最中は県立公園内の素敵な景観を独り占めできる気がする。
そんな素敵な梁渡り。

前項では余裕を見せてみたが、我々はそれなりに覚悟して行っている。
一人でヤるのも止めないが、落ちた時のこともちゃんと考えてやって欲しいですよ。
誰かが死んだら、きっと全国の残された鉄橋は… 撤去?

↑ダジャレじゃないよ。



 梁渡りルーキーさん達へのレクチャー含め、たっぷり10分を掛けて攻略した5号橋梁。
その先に現れるのは、これまた忘れがたい、7号隧道の水没だ。
あの時胸まで水没して探索したのに、時間切れで撤収したのは悔しかった。
でも、戻ったら外は本当に夜だったんで焦ったが。

さあ、ここはいよいよ「山行が」名物の廃隧道だ。
プレで排水し水位を下げたとは聞いていたが、腰までの入水に驚くルーキー達に対し『これが山行がだ!』などと発言する楽しみが…ムフフ。
いよいよ、本領発揮かニャ?

どれどれ、先手をきって入洞。









完全排水
されてるぅ!


って、マジで?
だって、前は胸まであったよ、水。→証拠写真

おいおい、プレに参加したのって誰よ?!
どこの超人達だ?
人力で、水位を1m以上も下げれるかよ、おい!(興奮気味)




 今でもこの話をするときパタ氏がニヤけるので分かるのだが、その排水作業はよほど楽しかったらしい。

プレに参加したパタ氏他、HAMAMI氏、くじ氏、ふみやん氏の4名は、この隧道が長靴で踏破できる様になることを目指して、人力のみでの徹底した排水を実施した。
具体的には、この写真に写る坑門を半分以上埋める土砂の一部に切れ込みを穿って、そこから太平湖への排水を実施したそうだ。
結局、初めのうちは思うようにはかどらなかったものの、一度排水が開始されてからは、もう殆ど見ているだけで、この状態まで排水されたという。
見ているだけでいいと言うより、凄まじい鉄砲水に近づけない状況だったようである。

大変だったけど、是非見て欲しかった、って… そりゃ俺も見たかったよ。
 シクシク…


排水により水位が大幅に下がった5号隧道は、プレ隊によって既に踏破されている。
まるで、“御大”と呼ばれる身分にでもなった気分で、接待?入洞。
ちなみに、最後尾を歩きました。


ああ、私の森吉が…
 森吉伝説が…。





 一体、どうなるんだ森吉探険。

なんか、今までとは違う意味で心配になってきた読者さんもいらっしゃるだろう。

その気持ち分かります!
だって、私も現地で、そんな気持ちでしたから…。


でも、

裏切らせて頂きます!




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