廃線レポート  
森吉林鉄 第X次探索 その5
2004.8.8


 遂に3号橋梁に東詰に到達した我々。
前回第4次探索の成果と合わせ、三号橋梁を挟む両側の軌道をほぼ制覇したことになる。

しかしここまでは、いわば当然の結果といっても良かった。
既にプレリサーチ隊によって進路が確保されていたお陰で、少ない労力で、ここに辿り着くことが出来たのである。
だが、これで終わりだったらプレで終了してしまっても良かった。

森吉林鉄を取り巻く冒険は、まだ、終わらない!


3号橋梁東詰でのインターバル 
2004.6.13 10:07

 険しい岩脈に囲まれた碧の湖に、深紅のガーダーで挑んだ3号橋梁。
その役目を全うし、なおも彼の地に留まり続けた30年余りであったが、平成9年に撤去され今に至る。
現在は、二本の橋脚と、両岸それぞれの橋台、橋台と橋脚とを繋ぐ橋桁のみが残されている。
一部の橋桁を残しての撤去完了は、通常の解体事業としては不自然であるが、解体の理由が新橋建設などではなく、崩壊による遊覧船運航への支障を警戒してであったので、万が一崩落しても航路を妨げない部分は残されたのであろう。

現役当時の姿を想像するには、近接する5号橋梁や2号橋梁が適切なモチーフとなるが、それら以上に長大で、雄大な橋梁であったことは、その両岸を隔てる湖面の幅を見ても明らかである。
今足元にある残された部分だけでも、4号橋梁よりも巨大だ。


 

 また、いつの間にかひっそりと撤去されてしまっていた感のある本橋だが、撤去まで幾多の観光客の目に留まっていた。
そのうちの一人に、平成6年にチャリ馬鹿トリオでここに訪れた私が居た。
何の予備知識もない私が、遊覧船の頭上をゆっくりと通り過ぎる、鉄道の物らしい立派な鉄橋に遭遇したときの衝撃は、計り知れなかった。
私は、おもむろに船上で地図を開き、そこに在る道を探したが、当たり前のように道は描かれていなかった。
ただ、橋の記号だけが道など在るはずもない断崖の途中にポツンと描かれているのみだった。
当初は、かつては利用されていた橋だとも思わず、観光用のオブジェだと思っていた。
まさか、麓の集落から林道を10km以上も登ってきた先に、鉄道など走っている訳もないと思ったし、森林鉄道など身近にあるとも思っていなかった。

私は、衝撃的な出会いを果たしておきながら、実は殆どその時の記憶がない。
それは、時間が経過していることもあるが、なにより、肉体の限界を超越していたトリオの山チャリによって、殆ど脳内の記憶中枢が破壊されていたせいである。
もちろん、当時はデジカメもないし、私はカメラを持ち歩いてすらいなかった。
しかし、確固たる映像を伴わない遭遇が逆に、幻灯の如きおぼろげな光を我が心中に漂わせ続けたのである。

「森吉に、謎の鉄橋あり」 と。




 その後の9年間、私はほぼ一途に山チャリに打ち込み続けた。
高校に進学し、留年、大学進学、中退。
トリオもいつの間にか活動を停止し、チャリに跨る者は私だけになった。
山チャリ活動の対象も変化し続け、幻灯の光弱まることもあった。

だが、消えず。
今を去ること一年と少し前、森林鉄道と言う世界を知った。
それが、もの凄く身近な存在であることも。
そして遂に、幻だった鉄橋に、図書館で再び出会ったのである。

私は、知ることになる。
森吉にあった林鉄の事を。
鉄橋のことも。
幻は、手の届くかも知れない地平上に見えてきた。

9ヶ月前、初めて私は、森吉林鉄を探しにここへ来た。
それから、4度の達成と挫折、その途上での仲間達との出会い。
徐々に解明されていった、森吉林鉄の全容。
鉄橋の既に亡きを知るのもこの過程であった。


私は今、その突端に立っている。

四方須く深淵なる水面。
眼前に見えるは、片割れの橋脚。
嵐のために断念したその突端は、一跳躍で飛び移れる距離ではない。
しかし、今や私の目には、それはすぐ傍のように写った。

仲間達と掴んだ、森吉林鉄五度目の快挙。
湖上に歓声が谺した。





 振り返れば、袂で仲間達の歓談する姿。
くじ氏は、色々なアングルから盛んに橋を撮影している。
果敢にも、崖を下り、橋の下からも撮影していたようである。

私はといえば、興奮に任せ、こんなところまできてしまった。
<足元を見たときの写真>
梁渡りの通用しない、単純至極な鉄橋は、流石に恐怖だった。
だが、無風であったこと、梁が乾いていたこと、興奮、それら要因が重なり、もう二度と来れないかも知れないという気持ちもあって、来てしまった。




 橋の突端は、立っていれば恐いが、座ればそれほどでもなかった。
リスクを負って来た場所だけあって、ここからの眺めは絶品であった。
四方良く見渡せるが、特に湖面が広がり視界を妨げるものがない南北それぞれの眺めは、ここならではのものであった。

写真は湖の中心方向、すなわち下流側、橋から見ると北側の景色だ。
この先から遊覧船は遡ってきて、今はない橋の下を潜り、南に見える発着所に着く。
ちなみに、遊覧船は毎年六月からの営業で、この日は時間的にも営業が始まっているはずだが、頻繁に往来している訳ではないので、姿は見えない。




 今度は、南側。
まだ湖面は細くなり続いているが、この上流に小又峡がある。
現在では地形図にも「小又峡」と名前をふられ、上流は「ノロ川」と記されている本河川だが、この湖を生み出したダムが出来る前までは、「本砂小沢」と呼ばれていたし、地形図でも古い版にはそう記されている。
これは、この谷底やや下流の小又川本流との合流地点付近の低地に砂小沢集落があった事による。
ダムによって集落が消えることはよく見られるが、大きな川の名前まで消えてしまい、他のものに代わられてしまうというは、稀であると思う。
そんな悲哀を秘めたる谷も、近年の秘境ブーム以来、観光地として注目され、ハイシーズンとなれば遊覧船も往来する。
向こうに見えるのは、その発着所である。
いまは人の姿は見えない。





 対岸の様子。
ちょうど写真左に半分写る断崖のさらに左に5号隧道側の橋台がある。
写真の中央付近にある半分森に隠されたスラブ状の部分には、5号隧道の水没横穴の出口があった。
これらの詳細は、第4次のレポートを参照して頂きたい。

依然水位が高めで、ここから見る限り、「件の水没横穴が5号隧道の建設時に砂小沢集落から機械等の搬入に使われていたのではないか」という推論を裏付けるような、湖底へ続く階段等の発見はなかった。




 振り返り橋台を見ると、これまでその存在に気が付かなかったもう一本の橋脚に気が付く。
橋脚は二本でなく三本であり、三径間ではなく四径間のガーダー橋であった。
しかし、もっとも袂よりの径間は極めて短く、その役目は、橋に進入する角度を調整するための、袂側から続くカーブの末端部を支えるものであったのだろう。

湖はさして透明でもないが、それでも湖岸から垂直に近い断崖が見えぬ湖底へと落ち込んでいく様子は、見ているだけでも背筋が冷える。
恐らく私のいる場所も、水深5mは下るまい。

さて、戻ろうか。





 慎重に足を運び皆の待つ袂へ戻る。

今度は袂から、先ほど私が立っていた橋桁を見返る。

やはり、湖底は見えず。
そして、著しく浸食された橋脚が目に付く。
流水に晒される通常河川の状況に比して、この橋脚が置かれた状況は一見安穏なものだが、事実は異なるのかも知れない。
この太平湖は人造湖であるが故に非常に水位の変動が激しく、可変的に水圧が作用するという状況も、過酷なのであろうか?
恐らく橋を撤去に向かわせた「老朽化」は、橋桁ではなく、この橋脚の事だったのではないであろうか?

なお、写真に写るガーダーから伸びる細い鉄骨だが、保守用歩道の名残ではないかと思われる。





 旧桟橋の発見 
10:37

 いまや仲間達も、袂に置き去りの鉄パイプの山に腰掛けて早めの昼食を摂っている。
私も、そろそろそうしようかと辺りを見回していると、プレでその存在が明らかになった、「旧桟橋」に気が付いた。

険しい岸壁に、鉄パイプと板材で組まれた桟橋のような不安定な道が下っていく。
元が歩道であるから急なのは当然としても、一般の観光客が通るには、チョット危険すぎやしないか?
子供やお年寄りも、この先の桟橋で船を下り、ここを往来して小又峡へと向かっていた筈だが…。




 さらに下って、湖水が間近となると、さらに足場は乱れた。
もはや、足場の板は崩れ落ち、そこに足を乗せることは躊躇われる状況。
仕方なく、鉄パイプや地肌に足をかけ手を掛け、そうして湖岸へと下りることに。

もはや原型を殆ど留めていない歩道であるが、足場の板材には、梯状の横棒が打ち付けられていて、一応通行の便宜を図っていた形跡がある。
鉄パイプが手摺り状に設置されており、橋の袂に山盛りの鉄パイプが必ずしも「橋を撤去した業者の置き忘れ」とも断じれない状況になった。
私は、手作業のみで行ったという橋の撤去工事に使われた、作業用足場のための鉄パイプであろうと決めてかかっていたが…。




 さらに湖底へと崩れ落ちた階段は続いていた。

おそらくは、この先に旧桟橋があったと考えられる。
ただ、関連する文献などに、現在と違う位置に桟橋があったという記述は見られず、まだ確信にまでは至らないのであるが。
また、旧桟橋が仮にこの位置ではなかったとしても、この傍に東屋がかつてあった事は確かであり、3号橋梁一帯が古い観光ルートの一部であったことに疑いはない。
そのことは、この日の後半の探索へと繋がっていくのである。




 旧桟橋の喫水点は我々の休憩地点から10mほどしか離れておらず、足場は劣悪だが、すぐに戻ることが出来た。
鉄パイプの側には、1.5リットルのペットボトルがラベル付きで落ちていて、これについてはほぼ間違いなく橋の撤去工事の際に残された物であろうと結論づけられた。
 また、一枚の看板も捨てられていた。
そこには、
「小さな草木に大きな使命」
「高山植物はとらないよう、お互いに注意しましょう  営林署」

と記されていた。
これについては年季が感じられ、観光地時代のものだろう。





 現地の位置関係を整理し、今後の計画を述べよう。

位置関係は、右の地図の通りである。
補足として、画像の元となった地形図に予め記されていた歩道の記号は、現在の桟橋から三階の滝へと続くのみでなく、桟橋から我々の現在地まで、何気なく繋がっている。
灰色で描いた軌道跡は、完全に私が追記したものであるが、現桟橋から東屋(旧桟橋?)へと繋がる歩道は、一体何のための道なのであろうか ?
その疑問もまた、旧桟橋がこの地点ではなかったかという説の根拠になっている。

そして、この後の計画であるが、軌道跡はこれ以上進めないし、この先は既に攻略済みである。
あとは引き返すしかないのであるが、その前に、脱線ではあるものの、この描かれている歩道を現桟橋まで歩いてみたいと思う。

見たところ、そんな道は辺りに見あたらないし、もし湖岸スレスレを歩くのだとしたら、旧桟橋を見れば分かるように、この水位では無理である。
しかし、これはプレでも実施しなかった『完全新作』でもある。
地図に描かれている以上、廃でも道はあると考えるのだが…。
その距離は、直線では300m足らず。




 “既知”との遭遇 
11:04


 約300m離れた現桟橋に、人が現れた。
二人連れである。
さっきまでは見えなかったので、小又峡から戻ってきたようだ。
我々6人にそう言う趣味はないが、彼らがよもやここから10本の視線を投げかけられているとは思わないだろうなと、愉快だった。
食事をしながら、さらに動向を窺っていると、なんとなんと、人が次々と現れて来るではないか?!

おっ、面白い。
まるで、ピクミンかレミングのようだ。
あの桟橋が今大爆発したら我々は目撃者だなー、なんて下らなくも不謹慎なことを考える私がいた。

そして、桟橋上の人影が6・7人にもなろうかと言うとき、「ポコポコポコ…」という、小気味良い音が背後から聞こえてきたのである。





キタ━━━(゚∀゚)━━━ッ!  
キタ━━━(゚∀゚)━━━ッ!
    キタ━━━(゚∀゚)━━━ッ!
 
すっげー!

来るのなんか当たり前じゃないかって?
そりゃそうだけど、なんか嬉しいよ!
めちゃくちゃ嬉しいよ!
なんか、すげー興奮する。
なんか、優越感感じちゃうよ。
絶対こんな所に舟使わないで来る人いないって、そう思っていたもん、自分らだって。

それが、今遂に来たんだよ。
いまさらになって、感動がより押し寄せてきた。

我々は互いに顔を見合わせて大笑い!
「来たぞ来たぞっ」って大はしゃぎ。
くじ氏と私は、橋の突端に行こうかなんて相談してる。
さすがに、それは恥ずかしいよ。

来るべき瞬間に備え、私は満面の笑顔になっていた。
いたって自然に。
この場面、もう笑うしかないでしょ。

 


 うわーーー。

みんな見てるよ。
手を振ってるよ。
みんな、すごい笑ってるよ。
じいちゃんばあちゃん、一杯乗っている。
こんなに乗ってくるなんて、思わなかった。

じいちゃんばあちゃん、すげー笑っている。
指さしているし。

ああっ、手を振っているし、自分。

めちゃくちゃ笑顔だし、自分。

なんか、ぺこぺこしてるし、自分。

さっ、 最高っーーーー!



夢のような遭遇は、ホンと一瞬のようにあっという間で、あれよあれよと船は船着場へ離れていく。
甲高いモーター音と水掻き音を、晴天の峡谷に響かせつつ、いまだ興奮冷めやらぬままに、遭遇は終わった。
笑顔で手を振っているときに私が思っていたこと。


  …天皇陛下にでもなったみたい…。


だって、じいちゃんばあちゃんばっかなんだもん。


 そしてまもなく、船は桟橋に到着し、静寂が戻った。
見ていると、大勢が船から下りて遊歩道に消えていく。
そして、いつの間に、さらに増えていた待ち人たちが、今度は次々船に乗り込んでいく。

数分の後には、再び船は戻っていくのだろう。

いやー、楽しかった。
山チャリやっててこんなに笑ったのは、珍しいと思ったのである。




 笑いもここまで、次回はガチンコ!

 ついに調査隊分解!?

 絶叫を上げたのは誰?!!





その6へ

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