廃線レポート  
生保内林用手押軌道 向生保内支線 その5
2005.4.19


 無題
2004.6.23 9:29


 軌道跡は、私が閉塞隧道を、反則とも言える峰越しで突破した地点から、豹変した。

それまでの、荒れているながらも、そこそこの幅があり、しかも、平坦だったのが、
全く別の姿になっていたのだ。

それは、ほんの50mばかりの途絶からは到底想像できなかった、踏破難度特A級への、3階級特進である。

軌道敷きを見て、私が思い出したのは、 ま まま 松の木(緊張でどもってます)。

そのこころは、「手懸かり無しの砂利斜面」である。

体重バランスと、つま先の微妙な力加減だけで越えねばならぬ、もっとも危険な傾斜である。
大げさではなく、山行がの経験上、一番滑落の恐怖を感じるのは、このような斜面なのだ。


ひ、引き返そうか。
松の木の時と違って、単身ではあるが…、
万一落ちた場合は… 玉川ドボン。



 コネー…
一つ突破してみれば、これ。

駄目だこりゃ。

駄目だって、こんなん進んでいったら、命がいくつあっても足りないって。

しかも、行ってそれっきりなら、まだいいけど、引き返してくる必要が、あるんだよ。

写真には写ってないが、左側の斜面が物凄く険しく、それこそ、手懸かりのない砂利斜面が、かなーーり上まで、それこそ視界の端まで続いているのです。

で、写真に写っちゃってますが、右側は、あおーーい。
青いのは、青いのは、た・ま・が・わ。

逝けるー。

こいつは、ゼッテー 逝けるって!!






 ここは、素直に、川岸に降りました。

 え?

素直なら、引きかえすだろって?

諦められるかよ。こんな糞みてーに崩れ去った林鉄跡。

ぜってー、先になんかあるって!

オレの勘が、そういってんだよ。



 で、無理矢理文章のテンション上げてきたけど、なんか白々しいでしょ。
だって、さ、嘘なんだもん。
実はさ、おれ、滑り落ちたんだよね。
下手くそって言うな! なんどもやってりゃ、落ちることあるんだって。
たださ、オレも驚いたね。
なんせ、ここぞという場面では、どういう訳か、落ちなかった訳よ。オレは。
だからこそ、生き残ってこれたわけ。
努力だけじゃないんだよな。運。うん。 運って、山チャリにもとても重要なんだ。

既にこの段階で、オレをここまで生かしてきた天運に、小さな綻びが生じた"兆候"は、あったわけだ。
行けると思った場所で落ちたわけだからな。
それを見過ごしたのは、本当にマズかった。
今だから、無事に帰ってこれた今だから、言えるんだけど、このことがあってから、こういう小さな兆候にも、気を配って歩を進めるようになったさ。

普段なら、難しいとは思っても、行ける自信と根拠があってから、足を進めてきた。
だから、ここでも、それはうまくいくと信じていた。

だが、それがたまたま、滑り落ち。
たった3mだけど落ちて、河原に着いたわけ。
そこで、冷静になって、 せめて、一息置く必要があったと、思うわけ。


読者さんは、このあと何が起きたか、気になるだろう。
実はね、私はこの直後、信じられないことに、河に落ちます。
それも、この写真に写っている、目の前の岸辺をへつって進もうとして、バランスを崩してね、足からだけど、ドボンと。

冷たいとか、そういうんじゃないだよね。
足を滑らせた瞬間の、全身の毛穴が開いたような猛烈な寒気。
目の前を猛烈に景色が流れるのに、体は動かない。
水音は、なぜか聞こえなかった。
でも、締め付けられるような水圧を下半身全部に感じたとき、とっさに藻掻いた足が何にも触れなかったんだよね。
そこが、一番怖かった。

いった。 と、思ったね。
いったっていうのは、足のつかない水中へ落ちたなってことね。
でも、最後の最後で、奇跡だね。
オレは、カメラを持つ手を伸ばして、木を片腕で、がっちり握っていたんだな。
それで、その片手一本のお陰で、完全には落ちずにすんだ。

笑えない場面だったよ。
なんせ、一人だし、写真を今見ても、どうしてこんなところを進もうとしたのか、全然分からないんだよね。
まあ、こういうのを、魔が差したって言うのかな。
あの、足が付かない深みに落ち込んでいくときの、感覚。
忘れられない。

ほんの一瞬だけど、死に神は、オレを見ていたんだと思うな。


こんなにいろいろほっつきあるってんのに、本当に事故で怖いと思ったのは、2004年では、この一回だけだったな…。

    独白おわり。



 上に述べた恐怖は、このあとジワリジワリと、私の脳裏に深く浸透していった。
這い上がった直後は、意外に、冷静だった気がする。

そのまま、なんとか川岸の岩肌を20mほどへつって歩き、頃合いを見てふたたび軌道跡へと上った。
すると、そこには、この軌道跡では初めて目撃する、石垣があった。
規模も小さく、作りもどちらかといえば、雑。
全体が苔むし、いい感じに時を重ねた、石垣である。
軌道跡とは、切っても切れない関係にある、石垣。
荒れ果てた軌道跡で石垣を見つけると、すなおに嬉しい。



 相変わらず、軌道敷きは徹底的に荒廃していた。

次々と現れる、死を臭わせる陰鬱な傾斜。

濡れた足元は、この上なく危うく、本当に神経を使わされた。

こんな状況が、いつまで続くというのか。

それに、私には、どうしても進めないと諦められるような、決定的な景色は、現れないような予感もあった。
レベルゼロ(この場合は水面のこと)から、軌道敷きが僅か5mほどしか離れていない以上、たとえ崩落があっても、レベルゼロを経由すれば、再び軌道敷きに戻ることが出来てしまう。
危険はあるが、もはや、レベルゼロと軌道が、合一するまで、引き返しポイントは現れないような、予感を感じていた。

行けるところまでは行くのが、信条ではあるが…。
正直、先へ進むほどに、テンションは下がっていく気がする。



 こんな場所が次々現れた。

おそらく、もともとは木製の桟橋で斜面を渡っていたのだと思うが、橋台代わりの材木が数本、朽ちながら埋もれている程度で、橋など原形を留めていない。

そして、その崖下には、見ての通り、異常な色をした水面。
見た目からは、どんなに深いのか、全然分からない。
そこが、また怖いのだ。
既に、玉川に流れはほとんどなく、夏瀬ダムの湖面というべきものになっていた。
このエメラルドグリーンの底には、足元の崖が深くまで連続している様な気がする。
落ちたら、這い上がれるだろうか、自信がない。



  無題 
2004.6.23 9:43

 出現したのは、ご覧の標識。
ずいぶん前にも目撃しているが、ナンバーがだいぶ進んでいる(前に見たのは、25だった)
縦断距離とは、水面からの距離?
横断距離は、対岸までの距離?




 きて いい??

キターーーー!!

来たでしょ。これは来たでしょ。

よくぞ、よくぞ残っていたモンだ。

幻想的なブルーの湖面を渡る、朽ちた橋脚の列。

好きな、景色だー。

めちゃくちゃ、好きな景色だーー!

 


 良いものを見せてもらった。

でも、先へと進むためには、この屍も越えていかねばならない。

肝心の橋が存在しない以上、気乗りはしないが、再び水面に降りるしかないだろう。

カビくさい腐臭を漂わせる木製橋台の残骸に足をかけ、慎重に、高度差3mほどを下って、水面に降りる。

幸いにして、そこは水深が浅いようだった。



 今写真を見ると綺麗だけど、置かれた状況によっては、別の印象を受ける。

私は、徐々に徐々に軌道敷きに水面が近づいてくる、この状況に、息苦しさを感じたし、

居心地は悪かった。

まあ、胸までぐっしょり濡れて居るんだから、それも無理からぬことだけど。

玉川は、生保内上流や、抱返渓谷の下流では、結構平凡な河なんだけど、こと、この夏瀬付近では、異様な存在感があるよなー。

一応は観光地でありながら、まともな車道が通じていない無車道地帯であることも、その印象に大きく影響しているだろうけど。




 夏瀬ダムは、昭和13年に完成した、発電用の小規模なダムである。
湖面に橋を架けている林鉄が、ダムのために廃止されたというのは、矛盾がある様に思うかも知れないが、この橋などは、湖が出来る前から、ここにあったものなのだ。

一般的なダムに比べて、水位の変動は少ないようで、この日の水位が、おそらく通常のものだ。
そして、たとえ水位が増えても、せいぜいプラス1m程度のようである。(汀線の植生の様子から推定)

この、水位の変動の少なさが、おそらく、このような木橋をここに存置せしめた最大の原因ではないかと思う。
これは、大正末期から、昭和初期に建造されたままの木橋だから、残っていないと思うのが普通だ。



 よくぞ残っていてくれたと言って良い木橋であるが、その崩壊は、当然進行中である。

一番手前側の橋脚は、その進行ぶりが顕著であり、おそらく、2005年現在ではもう、倒れてしまったと思われる。

触ってみたのだが、大人の胴回りほどもある杉の丸太は、芯まで腐っており、押せば折れそうな有様だったから。




 湖に浮かぶ、木製橋脚の 残骸。

腰まで水に浸かりながら、進んだ。

その私の行く手を遮ったのは、

高さ3m。

垂直の、岩肌である。

今度こそ 迂回不能。

Bダッシュジャンプを使うスペースもない!

どうする ヨッキ!

身体能力の限界を試されるぞ!







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