廃線レポート 第二次和賀計画 その6
2004.12.3

 頭を下げて…
2004.10.24 10:42


 わたしが「異形の門」と表現した、錆色のツララが無数に発達した巻き立て部分は、それまでよりもさらに30cm近く、水面上に残された空洞を失わせていた。
しかも、それはツララの長さは勘定せずにだ。

ここを潜り抜けるには、ボートに乗ったまま、ツララを避けるか、壊すかしながら、頭を下げつつ進むしかない。
見る限り、この巻き立ては20mほどで終わっているようだ。
その先には、また平穏な水面が続いているように見える。
閉塞部分はまだ見えない。


私とくじ氏は、前進を決定した。

ボートを隧道の中央に合わせ、漕ぎではなく、天井の支柱を掴んで、ボートを進ませた。
それに伴って、極めて安定した速度で、我々を乗せたボートは門に入った。

我々は否応なくツララに触れ、ツララはポキポキという、気持ちの良い触感を伴って折れ、水面やボート内へと落ちてくる。
チャプチャプと愉快な音が我々の周囲にだけ発生する。


 澄んだ水面に、まるでコーヒーミルクのような煙の残して沈下していくツララの小片。
幻想的な景色である。
水深は、既に隧道の高さに近いほどに達している。
すなわち、4m程度あるだろう。
未だかつて、これほど深い地底湖にボートを浮かべて探索したことはないが、恐怖感は不思議と無かった。
ボートが沈没する危険を感じていないからだろうか。

この隧道は、真の意味で、人の手を完全に離れた、独りの時間を過ごしてきたのだ。
入れるけど、見向きをもされていないという、陸上の廃隧道とは違う。
物理的に(潜水夫でもなければ)立ち入ることが出来ない状態に、何十年も置かれていたのである。




 この清澗な地底湖の水は、一体どこから来たものなのだろう。

隧道内部には、やはり地下水の湧出が見られるが、2ヶ月前までは完全に錦秋湖と一体だったはずである。
正確に透明度を測ったわけではないが、あきらかにこの地底湖の透明度は、湖のそれを遙かに超えている。
この湖から分断された数ヶ月間で、大分入れ替わったのかもしれないし、ダムの水も湖底付近はもともと、想像以上に透明なのかも知れない。

吸い込まれるような青さの地底湖に、いくつもの小さな波紋と、ボートの前進による大きな波紋を広げながら、

我々は、異形の門を突破した!


 写真は、突破直後に振り返って撮影したもの。

巻き立ての断面が良く写っている。
ずうっと遠くに小さく見える二つの灯りは、約250m後方の洞内汀線で待つHAMAMI氏とふみやん氏のものだ。
55メートル進むごとに1メートルの水位上昇という、設計図上の真実は、現実に我々に実感されたのだ。
そして、その否応のない現実が、我々を阻むのである。

巻き立ての金属が腐食して、錆がツララ状に発達したわけではないように見える。
むしろ、内壁と支保工金属との間に設置された、木製の角材が、原因のように見えなくもない。
触れた感じでは、赤いツララも錆ではなく、むしろ泥や土に近い感じもした。

結局、非常に脆いこのツララが、何なのかは分からない。
分からないまま、今はもう深い水中に帰ってしまった。




 気色の悪い門は突破したものの…。

残り頭上高は、遂に…ゼロに近づいた。
ボート上に座っていても、頭が天井に触れてしまうのである。
進めば進むほど、天井は低くなってくる。
究極の静的閉塞状況と言える。
打つ手がない。

この圧迫感は、言いようがないものだった。
水面と、天井とに挟まれ、さらに狭まっていく洞内空洞。
私の中には、興奮と、絶望感が同居した。

期待が大きかっただけに、悔しさも大きかった。
ボートと仲間さえ揃えたら、もう攻略できたるだろうという、余裕もあった。
だが、現実は厳しかった。
水位が、これでもなお高すぎるのだ。

あとは、HAMAMI氏が持つ、100万カンデラの大光量ライトで、この先の僅かな空洞に何が映し出されるのか…。
それに賭けるしかない。

読者の皆様では、「いつになく足掻かないな」とお思いの方もいらっしゃるかも知れないが、勘弁してくれ。
流石に足のつかないプールを泳いで進むという選択肢は、私にもくじ氏にもなかった。
計算上は、あと50m程度で天井と水面は完全に一となるはずだ。
そして、そこは坑門から700mほどの地点だ。

以前、私は仙人側の閉塞点(「白亜の壁」)まで行ったことがあるが、全長1468mの隧道の、仙人側に残された部分は最長でも800m程度ということに、訂正しなければならなくなった。
大荒沢側にも、意外に長い空間が、存置していたのである。

そして、私が感じた最大の驚きは、次の一点である。
私の個人的な感想に過ぎないし、此方側から閉塞壁を見られていないので、断言は出来ないのだが…


白亜の壁が唯一の水密壁なのか?!

という点だ。
だって、この辺のテキスト全部太字にしたいくらいなのだが見にくいからやめるけど、
ダムの内側と外側とを隔てるダムの心臓部(水密壁)が、重厚長大なあの「湯田ダム」であるわけだ。
で、そのダムの湖底に空いた小さな小さな、湖の規模から見たら針穴程度の廃隧道だけど、その先端で外界とを分け隔つ壁が、たかがコンクリートの壁一枚(厚さは何メートル、或いは何十メートルあるのかも知れないけど…)っぽいというのは、充分に衝撃的である。

物理的には針穴の先に水圧が集中するようなことはなく、水に接する面積が格段に大きなダム部分に比べれば、大きな圧力はかからないから、それほどの強度の壁が要らないというのは、物理的現実かも知れないけれど…。


仙人側の白亜の壁を、もしダイナマイトで破壊するテロが起きたら…。





 遭 遇 
10:49


 サカナ
  いる!


 先に見つけたのは、くじ氏だった。

我々が前進を断念した暗き湖面。
波一つ無い、鏡のような水面の下。
それは確かに、いた。

小魚特有の、緩急を付けた ピョロ ピョロ とした動き。

一匹だ。

なんと言っても目を引いたのは、その体色だ。

白いのである。


まさか…。
本当に…。




 確かに、白い。

どう見ても、サカナである。
白は恐らく、ライトが反射して、この色なのだと思う。
実際には、透明に近いのかも知れない。

この小魚が、洞内に生息する、洞外とは異なる生態系を持つサカナなのかは、分からない。
分からないこと尽くしである。

水中の廃隧道、その650mも深き闇に、僅かに揺れる小さき魚影。

これは、 くじ魚 と名付けるほかには、もうあるまい。

帰りのボート上でも、注意深く魚影を探したが、透き通った水中にあって、この場所の他では見つけることが出来なかった。
もしかしたら、天井の赤いツララと、サカナの生息との間に、何らかの関係があるのか…?
想像する以外に、何も手がかりを持ち帰らなかったことが、悔やまれる。

今はもう、深き水中の幻と消えた。



 最終照射 
11:19

 私とくじ氏は、撤退した。
再びボートを漕いで、仲間のもとへと戻った。

そして、次はHAMAMI氏に、100万カンデラの大光量ライトを持って頂き、最終照射を行うべく、再び最深部へと舞い戻る。
私など、ボートを漕いだ経験もなく、とても漕げなかったのだが、HAMAMI氏は驚くほど上手であった。
聞けば、幼少の頃より経験があるのだという。

人は、見かけで判断してはいけないという教訓を、“梁渡り”の発明と合わせて、再び体現してしまったHAMAMI氏なのである。
大人しそうだし、実際、とっても温和な大人なのに…。

HAMAMI氏が操るボートは私を乗せたまま、面白いほど速度を上げ、まっすぐまっすぐ、最深部を目指した。
再び頭を下げて門を潜り、そして、魚影を見た最深部へと。


 最初の到達から30分後の到達最深部。

先ほどは存在しなかったと思われる、一つのバケツが、ユラユラと浮かんでいた。

なんで、こんな不思議な光景を目にするのだろう。
自分でも、さっぱり分からない。

隧道内は、異次元なのか?!(子ども向け怪奇本のような煽りでスマン…あのノリが好きなもので…。)


さて、それでは、最終照射を実施する。
果たして、進むことの叶わない水没隧道のその奥に、なにか写るものはあるだろうか?!

先ほどくじ氏と来た時よりも、さらに10mほど前進して、もはやボート上に這い蹲るような体勢で、
ライトを奥へと向けてみた。

 



 見える範囲に…、壁はなし。


 山行が合同調査隊。


 撤収!


撤収!!(涙)






 なお、やはりサカナは最深部だけにいた。
HAMAMI氏と注意深く探してみると、一匹ではなく、少なくとも3匹ほど目撃した。
しかし、群れているというほどは居ないし、どんな生態系を有しているのか、謎は深い。

やはり、この暗き隧道内で生まれ、地下水に含まれる微生物を食べてくらし、一生を終えていくのだろうか…?











< 次 回 予 告 >





悔しき撤退に折り返した和賀計画。

時代不明の石造廃墟が、

失意の探険隊員の目に映る。








その7へ

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