道路レポート  
玉川の五十曲 前編
2004.8.9


 山行がのレポートをいつもご覧頂きまして、ありがとうございます。

これまで、秋田県内を中心に、ありとあらゆる道を興味の対象として走り続けて参りました。
そして、その中でいくつもの珠玉の道に出会い、そのうちの一部ではありますが、感情の高ぶりのままにレポートをしたためさせて頂きました。

え?
何でこんな書き出しかって?
それは、いよいよ「山行が」最後のレポートだからです。




 …冗談です。
今回紹介します道は、地図上の存在であり、現地の状況はこれまで知られていませんでした。
まあ、私が知らなかっただけなのでしょうが、少なくともWEB上では公開されていない情報です。
しかし、その様なマイナーネタが、皆様の度肝を抜くような大ネタな訳はないんです。
残念ながら、ネタ自体はそれほど大きくはない。

そんなこの道を「ミニレポ」ではなく、メインと言える「道路レポ」に抜擢したのは、これが特に困難な道であったから。
そしてなにより、私を退けた道であるからです。
私は、未だこの道を攻略しておりません。
負け惜しみですが、物理的に出来なかった訳ではない。
しかし、私の心情を含む様々な要因により、攻略を断念した道なのです。
そして、ここが意外なところなのですが、自身の中でリベンジの予定もない道なのです。


果たして、『 9時間を超える南八甲田行軍 』にも耐えぬいた私を退けた得た道とは…。



秋田県仙北郡田沢湖町 戸瀬
2004.6.30 11:45


 この五十曲という地名は、田沢湖町の北部、玉川温泉を通り鹿角市へと抜ける国道341号線の途中にある。
地形図にも確かに記載されているこの地名だが、いかにも険しい道を予感させるものだ。
以前より何となく気になる地名ではあったのだが、現在の国道には、付近にその様な九十九折りは存在せず、謎であった。

しかし、昭和39年の道路地図を見る機会に恵まれたとき、謎が一挙に氷解したのだ。
右の地図を見て頂きたいのだが、同じ場所の異なる版図である。
昭和39年版では道はまだ国道ではなく、主要地方道に色分けされているが、現在の図では国道341号線になっている。
違いは幾つか見られる。
例えば、今や東北一の湯治場としてメジャーの仲間入りを果たした玉川温泉だが、僅か40年前はその名はなかった。
「鹿湯」と呼ばれていた。
そして、一番大きな違いは、現在の玉川温泉から図の下端に位置する鳩ノ湯温泉までの経路の大部分が異なる点だ。
現在の道路は渋黒沢に沿って玉川温泉を目指すルートだが、古くは五十曲で突如尾根に取り付き、そのまま山腹をうねって鹿湯に辿り着いていた。


この、現在とは全く異なるルートの延長は、五十曲〜玉川温泉間のおおよそ7km。
現在でも、大縮尺の地図には、確かに旧道と合致する林道や、歩道が描かれている。
特に、五十曲の尾根を登る地図上の2kmは、一気に標高300mを駆け上がる歩道として描かれ、とてもかつて主要地方道があったとは思えぬ。

このあと、実際の現地レポに移る訳だが、
「かつてはこれが県道だった!」と煽るのも良いが、良心に従い正直に言おう。
先の地図の古い方をもう一度よく見て頂きたいのだが、私が探索しようと思っている部分の全体に小さな赤字の×が幾つも重ねられている。
これは、最近の地図には見られない記号だが、通行不能を意味している。
つまりは、この図に示された主要地方道は「路線指定はされているが実際には自動車が通行できない道」だったのだ。
さらに補足すれば、それまでの鹿湯が玉川上流の玉川温泉という自然なネーミングに改められた原因は、田沢湖町生保内からの車道が通じたことによる。
それは昭和40年のことで、それまで田沢湖町にあるのに田沢湖町のいずれの集落からも不通であった玉川温泉に、やっと現在の渋黒沢経由の車道が通じたのである。


前置きが長くなった。
本編を始めよう。





 この日秋田県地方は朝からどんよりと曇っていたが、生保内を発し鹿角市へと国道341号線を北上すると、玉川ダムの辺りから奥羽山脈を覆い隠す雨雲の底へ完全に潜ってしまい、断続的に雨脚が強まるという、良くないコンディションとなっていた。
しかし、ある程度覚悟の上であったので、躊躇せず峠を目指しひた走った。

正午前、沿線では玉川温泉以南で最後の休憩地であるプレイパーク戸瀬に差し掛かる。
ここから左折すれば、今は完全舗装のブナ森林道を経て阿仁町打当へ至る。
生憎この日はドライブインの休業日で、乾いた空気を求めた私のあては外れた。
仕方なしに、雨垂れ落ちる軒下で一休憩。

まだ正午前なのに、薄暗い空は夕暮れのよう。
通る車もいつに増して少ない気がした。




 戸瀬には二重のゲートが設置されており、晩秋から夜間通行止、12月から4月までは全面通行止となっている。
ここ数年は特例的にこの冬季の閉鎖が一部解除されている。
とは言っても、氷点下20度以下積雪5mを越える山岳道路が誰にも開放されていた訳でなく、この先玉川温泉までの7km程を、乗り合いバスや観光バス、温泉への搬入業者の車輌などに限定しての開放である。
さらに実のところ、作業員の指示に従ってバスを先頭にした車列に加われば、一般車も一応通れるようであった。
ちなみに、車列の意義は、万が一エンストなどぶっこいた場合、天候によってはそのまま車内で凍死する恐れがあるからだ。
当然、チャリは一切進入できない。

そんな苦い思い出のゲートも、当たり前だが、今日は何の障害にもならない。
冬はゲートの開放を待つ車列であんなに賑わっていたのに。





 ゲートを過ぎると、やっとダムから解放された玉川が寄り添ってくる。
しかし、その河原の広さ、水量の豊富さは、峠まであと10km程度とは思えない景色で、初めて見ると驚く。
眼前には八幡平に繋がる海抜1500mクラスの山々が累々と連なるが、今日はその前衛の壁しか見えない。
間もなく一軒宿の新鳩ノ湯温泉が対岸に現れる。


新鳩ノ湯温泉から五十曲へ
11:58

 吊り橋を渡ると新鳩ノ湯温泉。
下流の集落とは20km離れていて既に秘境のような印象を受けるが、玉川ダムが出来る以前は、この辺りまで人が住んでいた。
温泉の裏手にも比較的広い平坦地があり、以前は耕地だったのかもしれない。
またさらに背後の山腹は宝仙台という開拓地だったことが、現在も地名として残っている。
この地名が、後に玉川ダムによって生み出される湖の名となった。




 この鳩ノ湯から先の道は、昭和30年代までは不通であった。
現在のこの道は玉川森林鉄道が元となっており、廃止後に車道転用したものである。
言われてみれば林鉄らしい直線が、巨樹の森を割くようにして伸びている。
しっとりと濡れた緑は、美しい。









 新鳩ノ湯温泉から進むこと2kmで、再び道路脇に現れた玉川。
そして、スノーシェードに入ると、前方の景色に変化が現れる。
玉川の広大な瀬が、ほぼ直角に進路を東へと変えるのが見えてくる。
ここが、正面から流れてくる支流:渋黒沢と、東からの本流の出合いであり、その出合いの尾根を登っていく道が、私の求める旧道だ。
そして、この辺が五十曲という地名なのだ。
近くの“おにぎり”(国道標識)には、補助標識に「五十曲」と記されている。

雨に煙ぶる出合いの稜線は、霞んで見える。




 カメラの望遠で覗くと、渋黒沢を渡る赤茶けたガーター橋が見える。
あれは玉川林鉄の名残で、目指す旧道もあの橋を渡ることになる。

既に起点の生保内からは30km以上離れているが、全盛期には本流沿いをさらに上流へ10km遡っていたと言われる。
しかし現在、これ以上本流に沿って伸びる車道はなく、私にとっても広大な未知の世界である。

おっと、脱線。
今回は林鉄ではなく、旧道だ。




 いきなり橋を渡って進む前に、チャリは国道と旧道の分岐点の広場に置いて、この橋を下からチェック。

渋黒沢も水量が多いが、ぶつかる本流も相当で、激しい瀬音が広い沢地に轟いている。
飛沫のような小粒の水滴が空中に満ちている。
しかしその出どこは足元ではなく、空から落ちる正真正銘の雨だった。
辛い旅になりそうだ。




 ガーダーの上に乗っている板材と手摺りは後補のもので、現在でも歩道として健在なのかと安心した。
しかし、よく見ると片側の手摺りは落ちていて、管理はされていない?
それはさておき、橋桁も橋台も良い感じに年季を感じさせる。
その竣工は昭和10年代と思われる。

派手さはないが、まさに質実剛健。
渓流のせせらぎに調和し、周囲の緑に映える、素晴らしい遺構であると思う。
雨でなければ、もっとゆっくりと鑑賞していたかった。




 真下からのアングル。
梁渡りは不可能な、単純な梁の構造である。

玉川林鉄の遺構としては、遙か下流の鎧畑地区にある多数の隧道と二つの鉄橋が主なものであるが、ダムによって水没し完全に途絶えてしまった痕跡が、このような上流で再び見られるのは嬉しい誤算だった。
地図上では、軌道由来と思われる歩道が、この上流でも何度と無く沢を渡っているが、さらなる遺構はあるのか?
その調査も今後の課題となりそうだ。




 出合いの瀬に立ち、玉川本流を遠望する。
まだ中流のような景色だが、この先にもう道はなく、岩手県と接する脊梁山域は人跡未踏の交通途絶地帯となっている。
日帰りでは立ち入れぬ領域とも聞く。



私が挑んだ五十曲の旧道は、向かって左側の斜面に隠されていた。

その熾烈な闘いと、誤算、
…敗北という結末。


次回へ続く。








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