道路レポート  
国道398号旧線 釜谷峠 前編
2004.4.7



 南三陸の宮城県河北町と雄勝町の間には、釜谷峠という山越えがある。
地図上には、長いトンネルで直線的に越える国道と、明らかにその旧道と分かる蛇行を繰り返す、細い道が描かれている。

今回、私が事前に得ていた情報は、僅かにこれだけ。
地図上に旧道らしい峠がある。 それだけ。

普段は、出来る限り事前に情報を収集してから、「取材」に行くのがスタイルだ。
敢えて山チャリを「取材」と表現した通り、サイトでの紹介を念頭にして、走っている。
先人が発見したポイントや、見所を見逃さず、またサイトでのウリを意識して走り、見ているのだ。

そのことは、期待通りか、時には期待以上の発見をもたらすこともあるし、限られた探索チャンスを有効に使うためには、必要なことだと考えている。
だがしかし、事前調査が、本来のワクワク・ドキドキを損なってしまうということは、悲しいことである。

そんなジレンマに悩む私が、見つけ出した一つの答え。

 「遠く。 遠く。」

 「余り知らない場所へ行こう。」

 「余り知られていない場所へ、行こう。」

そんな気持ちから、仕事の出張の帰り、バスを抜け出し彷徨い出たのは、
ぬるい雨のそぼ降る、夜の南三陸。


未知の歓びが、道に、充ち満ちていた。


雄勝町 新旧道分岐点
2004.3.31 5:40


 前日3月30日の午後4時前に仙台市を発った私は、前夜遅くまで走りJR石巻線女川駅に仮眠の場を求めた。
そして、降り出した雨の中、午前3時30分に起き、一路国道398号線を雄勝おがつ町目指し、雨の中ひた走った。
そうして、南三陸の海に面した小さな町雄勝にて、朝を迎えた。

湿度満点の温い海の雨は、合羽を着ていても、既に体中をじっとりと濡らしていた。
祈るような気持ちで何度もダイヤルした天気予報では、「明け方から晴れ」を繰り返していたが、非常に心細い。

そんな不安の中、旧道の分岐点は、何気ない顔をして、現れたのだ。
(写真の青看右の道が旧道)

 青看には、別段通行止などの表示もなく、ただ、行く先の描かれていない細い線だった。
実際に入ってみると、現道を左に見つつ、急激に山手へと入っていく。
しかし、まだここは狭い雄勝町の宅地であり、新聞配達のバイクが、けだるい音を立てて走り去っていった。
こんな朝早く未知の、そして雨の峠に向かうなど、どうも現実離れした感じで、殆ど徹夜明けのせいもあったのだろう、滅多に感じない寂しさを感じた。
そして、離れつつある国道に、ファミリーマートのネオンが霧雨に霞んで見えると、その寂しさはピークに達した。
人の姿が恋しい気持ちになった。



 斜面に建つ民家はすぐに途絶え、青々とした杉の森に入る。
写真に写るバンは、最後の民家の駐車場に止まっていたもので、雄勝という初めて来た街では、何の出会いもなく、会話も一つ無く、また山へと戻っていくのだと、思った。

いつになく、ナーバスだ。
こんなこと、珍しい。

チャリって、「裸」だと思う時がある。
車にあるような、生活のスペースが無い。車内ラジオもない。
雨風をしのぐ場所もない。
自分で漕がなければ、どこへも行けない。
それに、来た路を戻ることすら、出来ない。

当たり前のことだ。

当たり前のことだけど、雨、徹夜明け、未知の場所、そんな様々な要因もあっただろうけど、 
…堪らなく、応えた。

もし、これに耐えられなくなったら、引退 だな。


 真新しい舗装とは不釣り合いの、錆び付いた支柱に、錆び付いた標識。
それは、懐かしい「警笛鳴らせ」の標識で、しかも、補助標識付きだった。
その補助標識には、「ここから」の文字が。

そうか、こっからさきは、警笛鳴らしっぱなしで走れってことか。
ちなみに、反対向きのも立っていて、そこの補助標識は丁寧にも「ここまで」だった。


寂しさも一発でぶっ飛んだ。
なんか、楽しい道の予感だぞ。


 現国道とは、非常に近い位置をしばし登っていく。
既に眼下の現道も山間部に入っているようだが、共に直線的な道だ。
ただし、その勾配は常に旧道の方が勝り、トンネルなどに頼らない峠越えに邁進する覚悟を見せている。
その点、現道などあとほんの数分で、トンネル。
そして河北町の街へと抜け出していることだろう。



 15分くらい登ると、相変わらず1車線の整備された舗装路の先に、白い大きな建物が見えてきた。
地図には描かれていなかった建物だが、これは雄勝町の産廃処分施設だった。
ここまでは、1kmくらいだったろうか。

峠の登りというものは、自然に空を見る時間が増えるが、(あんまり辛いと下を見てばっかりになるが)西から東へ足早に流れる低い雲の切れ間に、時々青空を見た。
天気予報が、当たったことを感じた。
今日は、晴れるぞ。

一気にテンションは高まった。



雄勝側登り 
2004.3.31 5:55


 産廃場を過ぎると、勾配は増した。
道の両脇には、茶色の森が、松の緑をワンポイントにして続いている。
伐採されている部分はほとんど無く、自然のままの森が、気持ちの良い峠だ。

しかし、実はこの時、この旧道の生き続けていられた理由は、もうの残り僅かになっていた。
考えてみれば、財政難の地方の街が、意味もなく旧道を生かしておく訳はないのだ。
人の寄りつきにくい旧道の奥、街から少し離れた場所に産廃場があって、そのさきは…。


 ゲートで閉じられた作業林道が右に分かれた途端、「待ってました」の通行止ゲート。
産廃場と、造林作業道路へのアクセスという目的を達した旧道は、この先どこまでかは分からないが、通行止の処置となっていた。

予感はあったが、現実になった。
通行止のバリケードは、もう退かす気の無さそうな重し付きガードレールで、結構新しそうだ。
その裏にも、錆びたチェーンがぶら下がっていた。
崖側の標識には、「路肩崩壊のため 通り抜けできません 雄勝町」

そうか。
通り抜けられないかどうかは、自分で確かめようじゃないか。



 通行止のゲートの行く手は、こんな感じに崖沿いの道である。
確かに、路肩のガードレールが、宙に浮いているのが見える。

あれが、通行止の原因だとしたら、その先は復活するのだろうか?



 すぐにその崩落箇所にたどり着いたが、十分に道幅はあり、これならば自動車すら通行は可能そうだ。
まあ、なんか理由を付けて危険な旧道など通行止としたかったのが、行政だろうけど。

旧道は、当然のようにゲートの先は荒れている。
とは言っても、路肩を埋め尽くす落ち葉や小枝程度が障害であり、完全に舗装されているおかげで、通行自体には全く心配がない。
むしろ、現道の喧騒(398にそんなものはないという噂も)を離れ、快適な峠越えと思えた。

徐々に、問題は顕在化してくるのだけど。


 さらに進むと、猛烈な速度で海へと流れていく雲に少し近づいた気がしたが、実際は標高300mにも満たない低山である。
しかし、現道の姿も谷間に見えなくなり、一人山にいるという感覚は強まった。
むろん、テンションの高い状況下では、この様な条件こそ燃える。
次は、どんな景色が現れるのかと、ワクワクが止まらない。

廃止された道ではあるが、舗装はまだ綺麗で、簡単な補修で十分に再開通できるだろう。雰囲気の良い峠道だけに、このまま放置しておくのももったいない気がする。
視界に入る森が、自然のままで、妙に落ち着く。



 登りはじめから約2kmを越えると、いよいよ峠の鞍部が姿を現した。
いかにもといったかんじの、綺麗な鞍部だ。

丁度この辺で、崖下からものすごい勢いで電線が、電柱と共に登ってきて、旧道の同伴者となった。
これは、多分現国道がトンネルに入り、はじかれた電線が峠だけ供用しようという魂胆で登ってきたものだろう。
ちなみに、国道398号釜谷トンネルは全長995mのセミロングで、昭和61年開通である。
どういうわけか、新しい割にオカルト方面の噂が絶えないらしい。
「赤いスポーツカーが…云々」という話だというけど、
 
 …ベターーーッ。



 峠までの最後の登りの両脇は、鞍部を越える風のせいか、笹藪が優越している。
そこは、海鳴りの響く峠だった。
確かに、南側は海まで2.3kmしか離れていないが、山の上で聞くとは思わなかった。
潮騒が、ここだけ鮮明に聞こえてくる。
鞍部を、猛烈な速度で風が通り抜けていく。

潮騒の風運ぶ峠 釜谷。




 傾いた「河北町」の標識が見えてくると、まさにそこがピークである。
広々とした切り通しは、殺風景だ。
黒い雨雲の切れ間から時折日差しが覗きもするが、日射しと共に小雨が降り注いだり、峠の空模様はまるで万華鏡のように変幻自在だ。

遠くの潮騒は、何か危険なを予感させる。
胸騒ぎ?

 予感は、時として現実となる。




 ピークの先には、二度目の車止めがあった。
ここまでが通行止区間だったのかと思ったが、どうもそうではなくて、この先がそうらしい。
通行止区間内に、また別の通行止ということ。
しかも、河北町は雄勝町よりさらに厳しい財政なのか、手書きの通行止告示が、余計に物々しい。

実際、経験的に、手書きの通行止告知→マジやば。 というのはある。


どうなる、釜谷峠下り。


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