道路レポート 岩手県主要地方道葛巻安代線 黒森峠  <第一回/>
公開日 2005.7.27


 かつて、盛岡と太平洋岸の野田(現在の九戸郡野田村)を結んだ街道は野田街道と呼ばれ、南部牛方という行商人達が歩いた道である。
 野田街道には本野田街道と沼宮内(ぬまくない)廻野田街道の二つがあり、黒森峠は沼宮内廻野田街道のなかで最も高い峠であった。
 峠は、牛方達が宿とした吉ヶ沢と山形川沿いの小屋畑集落の間に、海抜876mをもって聳えている。

 近代、県内の主だった旧街道が国道や県道に再指定される過程で、この野田街道最大の難所であった黒森峠も、主要地方道(県道30号線)葛巻安代線に指定された。
しかし、地形図をはじめ、新旧を問わず道路地図においては、峠の葛巻側の僅か2kmほどに、道は描かれていない。

 期待と不安を胸に、2005年の春、雪解けを待ち愛車に跨った。




 岩手県二戸郡一戸町 中山 
 2005.4.27 9:12

1−1 いきなりの計画変更


 まいった。

思惑が、もろに外れてしまった。

これでは、…ネタにならない。

おかしいな…、話が違うじゃないか。


青看には右折「葛巻」と堂々と記されている!

ここって、不通じゃあなかったの?!



 実はこの日、黒森峠は最後の行程となる予定だった。
なぜならば、不通と目されていた峠は、この国道4号線の分岐から東に14kmも進んだ場所にある。
失敗した場合のリスクを考え、登り口から不通点が近い葛巻側から攻めるつもりだったのである。
だが、国道側の青看板には堂々と葛巻という行き先が記されている。
 左の写真は、国道とは直行する県道の青看であるが、こちらには行き先に「吉ヶ沢」と小書きにされていた。
この小書きというのがミソで、不通区間の県道にてよく使われる手だ。
以前は、実際に不通だったのだろう、しかし一歩遅く、開通させられてしまったのだ。

 開通間もない峠であるなら、旧道となってしまった不通の峠を確認するという方向転換をすればよい。
だいぶネタとしてのパンチは弱まってしまうと思うが…仕方がない。
失敗時のリスクも減ったので、計画を大きく変更して、早速にして峠へと向かうことにした。

 

 この日の探索目標は黒森峠だけにあらず、この峠を越えて先にある葛巻町内は馬淵川(まべちがわ)沿いの鉄道未成線跡の探索が主である。
故に、「やっぱ通れませんでした」というのは困る。
念には念を入れて、国道からの分岐地点にあったガソリンスタンドの店員に「葛巻まで通れますか?」と聞いてみた。
返ってきた答えは、「大丈夫ですよ。」
「今も通れますかね?冬期閉鎖とか?」
 「大丈夫ですよ。」
「最近開通したんですか?」
 「はい。」

…もう、決まりだな。
海抜900m近い峠が4月末の現段階で問題なく通れるとは、峠は長いトンネル化しているのか、あるいは?
いずれにしても、特に問題となるべき峠ではなくなっているらしい。
ネタにはなるまいが、さっさと、通過させてもらおう。

 路傍のヘキサの補助標識にも「葛巻17km」の文字。



1−2 快走路


 県道30号線は、のどかなのどかな道。
通行量は極めて少なく、通る車は軽トラ率が高い。

まだ峠は遠く、かつて難所と恐れられた峠に向かっているという実感は、沸いてこない。


 国道から5.5kmほどで、唐突にトンネルが一つ現れた。
1996年に開通したばかりの、宇別トンネルである。
僅か150mほどのトンネルだが、変わっている点としては断面が四角いという点くらいか。
トンネル上の地被りがほとんど無く、開腹設置されたボックスカルパートであるようだ。

 このトンネルを過ぎても景色はあまり変わらず、なお坦々とした牧村風景が続いた。
特に行く手に不安を感じさせるようなものもなく、まっとうな県道と言うより他はない。
かといって、未知の道であることと、秋田県内ではあまり見ることのない大規模な酪農村の景色が目新しく、つまらないわけでもない。



 あ、あれ? もう葛巻町入るんだ?

 恥ずかしながら、旅で頼ってはならぬ「先入観」という代物にどっぷりと浸かっていた私は、国道から7km地点の椛ノ木(かばのき)集落にて、突然の町境標識に面食らった。
大概、この先が峠だというのなら、峠が境界線だと思うわけだが、峠まで7km以上も残しつつ、既に葛巻町に入る。

 比較的最近に2車線化されたりバイパス化されたらしい快走路が続いており、峠の開通と前後して主要地方道としての体裁を整えつつあるようだ。
道の状況がよいこともあり、予想よりも早く葛巻町に入った事から生じる“ある種の懸念”は、すぐに脳裏から消え去った。
ちなみにそれは何かと言えば、ガススタの店員に私が「葛巻へは行けますか?」と訊いた答えが「行けます。」だったけれども、峠を越えれるかどうかとは訊かなかった…云々というものだ。

まぁ、モーマンタイ(無問題)だよね。




1−3  甘い考え


 7.5km地点、吉ヶ沢小学校の手前で、この道に入って初めての青看板が見えてきた。


なになに?








 ブハッ!

 お前、気合い入りすぎ。

確かに、俺は少し侮っていた。
というか、油断していた。

だが、こんな手前で迂回させられる事実を隠して、「葛巻こっち」って案内していたお前は、ちょっと鬼。
チャリの身にもなれっての!
地図を見れば、確かに町道らしき太い道が南の土谷川を経て、国道281号線に通じているし、その国道から葛巻へと抜けることも可能だ。
深読みをすれば、この道に入って直ぐにあったヘクサの「葛巻17km」というのは、この迂回路経由を意味していたのだろうが。
堪忍して。
いまさら、新設改良されたらしい町道なんぞで迂回するなんて、面白くない…。


まあ、なんとかなるだろ…。




 南部牛方達が宿とした 吉ヶ沢 
 2005.4.27 9:55

2−1 崩れ去る 県道という信頼感


 どうやら、葛巻町の中心へと抜ける県道としての役目は、先ほど分かれた町道が担っているようで、あと7kmほどと思われる峠までの道のりに不安が募る。
ホント信頼なんてあっけないもので、さっきまでは良い具合にバイパス化されて整備された快走路だと思っていた県道に、実はそんな裏があったなんて。
だまされた気分である。

そして、ここが重要なのだが、

めちゃくちゃ楽しい! ウフ。



 吉ヶ沢小学校は山奥にしては校舎も立派で、明るいイメージ。
ここを過ぎて直ぐの路傍には牛の神様を祭った石碑があったり、かつての野田街道が、南部牛方という牛を使役して行商をして歩いた人々の通り道だったことを偲ばせる。

 だが、オブローダー的にはむしろ、路傍のこんなアイテムに目が行ってしまう。
分かるヒトには、何にも面白くないと思うけど、デリネーターに書かれた文字が意味深である。
(読みにくいかも知れないが、「元岩手県」と書かれている)

 じゃあ、 いま、何県よ?


ベタなツッコミ終了。
次イッてみよー!

 だめ押しってヤツですか?

 なんかもう、楽しくて仕方がない。
というか、読者さんの大半も、こーいうの好きでしょ?

 私、峠の向こうに用事があるわけで、「通れませんでした」というのは困るのだけれど、やっぱり興奮しちゃうよね。
オブローダーにとっては、赤色を含む青看板は、一種の興奮剤として働くのである。
興奮しまくりの私がこの青看に対して行いたいツッコミは、二つ。

 行き先が「峠」って素敵すぎです。(普通はその反対側の地名でしょ?)

 冬期通行止めって、 じゃ、夏は?



 上の写真の分岐は、林道を経由してやはり葛巻町の馬淵川沿いにある垂柳集落へと抜ける道。
しかし、冬期閉鎖といわれるだけあって、入り口から砂利道で、まあ、迂回路として利用できるかは微妙。
峠が通れなれば、チャレンジしてみることになりそうだけど…。

 とりあえず、諦めず、むしろ期待を込めて、直進!

 通行止めをカミングアウトしやがった県道は、例によってあっけなくその道幅を狭めた。
ヘクサの補助標識も、いつの間にか行き先が「黒森峠5.5km」とか置き換わっているし…。

 本当に、やってくれるぜ!




2−2  林業のタイムポケット


 気がつくと、辺りはすっかり山渓の風景に変わっていた。
県道は小川のような吉ヶ沢川に沿っているが、その対岸に、小さな禿げ山がある。

 この禿げ山、今まさに木々を伐採している最中で、普段あまり人里近くで見ることが出来ない伐採地の景色を、ガードレール越しに堪能できる。
目を引くのは、まるでマッチ棒で組んだような純朴な木橋。
いつも、林鉄歩きで朽ち果てた木橋の残骸ばかり見ているせいもあって、林業に現役利用されている木橋が、なんか愛おしい。

 さらに、私を喜ばせる発見も!



 昔ながらのプレハブの飯場が河畔に建てられ、しかも、白い煙を煙突からモクモクと吐き出してる!

それだけじゃない。

ここに停められているトラックって、も、も、 もしや!





  イカスー!

 なんかもう、昭和40年代の、林鉄から自動車運材に切り替わった当時の、そんな林業風景。

年代物と思われる運材トラックが、ピカピカによく磨かれている、もちろん現役!

ほんと、この伐採地一つが、まるまる昭和の景色をジオラマにしたような風情がある。

思わず見とれてしまった。



2−3  最後通告


 峠前の最後の集落である吉ヶ沢は、昔は牛方達が宿とした立派な曲屋があったそうな。
現在は、別段変わったことのない山村であるけれども。

 幅一車線となった県道は、集落の中を蛇行しながら、上流へと抜けていく。
ここの標高は意外に高く、既に600mもある。(国道の分岐地点でも400mあった。)
景色的にはなだらかで、全然そんな風には見えない。
これもまた、北上“高地”と呼ばれる、特有の地形ゆえか。





 最後の民家までおおよそ1kmほどの広がりを持った吉ヶ沢を抜ける。
さらに300mほどで、行く手に砂利道が見え始める。

そのとき が、来たのか。


   来たらしい!

 青看やらヘキサやらに「通行止め」だと忠告されながらも、意に介せず進むことしばし。

遂に、実力行使に来た。

山腹に広がるなだらかな放牧地の直前で、県道は「杉田橋」という小さな橋で沢を跨いでいる。
そして、その先は二択。
広いのは牧草地に入る直進の砂利道だが、県道は左の砂利道である。

いずれにしても、砂利道。




 田畑の見回りか散歩中なのか、お年寄りが怪訝そうにこちらを見ている。
確実に声をかけられる予感があったが、案の定。

 「どさいぐ?」(意訳してます。)

「はい。行き止まりまでです。」

 「抜けらぃねぇや。」(意訳してますよー。秋田弁に。)

「はい。」

 といった、受け答えをして、そそくさと視界外に消える私。
どうにも、この種の問いかけ(どさいぐ)に応えるのは、苦手なのである。


 国道から12km地点。
いよいよ、道路管理者である岩手県盛岡土木事務所からの、最後通告である。

 気がつかなかった、とは言わせまいという意気込みを感じさせる、大きな大きな通行止め告知標識。
道路交通法的には、この標識は車だけでなく、歩行者も立ち入り禁止である。
だが、とりあえずゲートらしきものはなく、轍は十分なボリュームで奥へと続いている。
峠まで、あと3km程度だが、果たして私は峠に、たどり着けるだろうか?


 そして、その先は?!




      以下、次回。








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