道路レポート  
雄勝峠(杉峠) 旧旧道 その2
2005.3.19


旧国道より、さらに古い路 
2004.12.2 9:12


 旧国道が現国道から分かれ、二つ目のヘアピンに来た。
このカーブを過ぎれば、間もなく峠の隧道であるが、今回の探索の方向性をハッキリさせる決定的な発見が、この場所に待っていた。
旧旧国道との、遭遇である。

私はたまたま、この二つ目のヘアピンで、カーブのアウト側にあって通信鉄塔が立っている小山に上ってみた。
目的は、そこからは現道が良く見通せそうだったので、どんな景色だろうかと気になったからだ。
写真は、その小山の斜面から、ヘアピンを振り返り。


 枯れススキを両手で掻き分けながら意外に急な斜面をよじ登ると、すぐに鉄塔の袂にたどり着く。
チャリは、道に置いてきた。

そこからは、予想通り、新雄勝トンネルから秋田県側へ下っていく現国道のゆったりとしたカーブや、そこを忙しなく駆け抜ける自動車を見渡すことが出来た。
雑木林がじゃまで、視界良好とは行かなかったが。

さて戻ろうかと、足元に下ろされた私の視線は、旧道のヘアピンカーブのさらに外側、そのガードレールのおおよそ5mほど下に、雑木林に紛れた平場が続いていることを、見逃さなかった。
我ながら、林鉄散策でこのような平場には異常に敏感になっていると感じる。

気になって、チャリを置いたまま、今度はその平場へと下ってみる。


 その平場は、足首まで埋まるほどの落ち葉の絨毯に隠されている。
しかし、旧道のヘアピンのさらに外側に、より大きなカーブを描くようにして、先へと続いている様に見えた。
それは、今私が来た方向へと下っていて、おそらくは、旧国道よりも古い時代の道の痕跡であろうと、理解された。

よもや、斯様なものが、旧国道の傍に埋もれているとは思わず、うれしい発見だった。

さらには、その平場には、謎のコンクリートの土台がの様な痕跡が、2基、見受けられた。


 このコンクリートの土台のようなものが何なのかは、現時点では分かっていない。
旧旧道敷きの路肩寄りに、並んで存在するのだが、あまりにも痕跡に乏しい。
ただ、旧旧道の通行に支障したことは想像に難くないので、廃止後(昭和30年以降?)に一時期利用されたものかも知れない。
鉄筋が使われており、そんなに古くはなさそう。

すぐ傍に通信塔があるので、その先代のものかもしれない。
それとも、院内銀山全盛期に峠を越えて設置されていたという、鉄索の基礎か?
しかし、鉄索は明治時代の話であり、やはり違うだろうな。



 早速にして謎の物件に遭遇してしまったが、まあ分からないことは置いておいて、この平場の先を見ていこう。

と、その前に、振り返ると、この斜面が旧道との接続点。
ご覧の通り、旧旧道敷きは、旧道の盛り土(時間が経ちすぎて、もう人工的な盛り土には見えないのだが…)に進路を絶たれている。

この先の雄勝隧道坑口付近までは、旧道と旧旧道は、重なっていたようだ。


 それでは、その道筋をこれからお伝えしていこう。

コンクリの土台のようなものの先は、すぐに急な右カーブで、旧道のヘアピンカーブとよく似ている。

カーブの先は、まだ見えない。
見た目は、もはや車道があった跡と言うよりは、林鉄跡のそれだが、その幅は5m程度確保されており、また、急すぎるヘアピンカーブなど、明らかに林鉄とは異なる。



 この光景を前に、私の頭の中の山チャリ資料の引き出しを、次々と開けていく。
そして、未知なるこの道跡が何であったのかを、考えた。
この段階では、あの三島が拓いた「雄勝新道」という道の痕跡であろうとは思わず、また、まさかこれが、峠までその痕跡を残しているとは、想像だにしていなかった。

ただの、作業道とか、そういうものかと、思った。
だが、三島の介入を感じさせる発見は、まもなくだったのである。


 ヘアピンカーブの先は、直線の下りである。
あとで地図を掲載するが、ちょうど旧国道と平行する位置、一段低い場所を通っていたのだ。
旧国道からは、この存在に気が付けなかった。

幅5mを確保された、立派な旧旧道跡を、なおも下る。



 私は、その光景を見た瞬間、全身が硬直し、身動きとがとれなくなった。

よもや、これほどの石垣が、残されていようとは…。

写真ではわかりにくいが、石垣の遙か上には、旧道のスノーシェードが写っている。




 石垣は、下部と上部で組み上げ方が違う。
しかし、下部はだいぶ崩土によって埋もれ、そこに木々が生えだしている。
全体の高さは、路面の位置から考えて、元来10m程度あったものと想像される。
現在露出している石垣は、8mほどか。
幅は、おおよそ30m。

この前後の区間は、巨石がゴロゴロと旧旧道敷きを埋めており、石垣がいまでも道を守り続けていることを感じた。

それにしても、巨大な、石垣である。
私は、この発見で、三島の影を感じたのである。

実は、雄勝峠に三島が介入していたことは知っていた。
雄勝新道という名も、本で見たことはあった。
だが、旧道に改良されて跡形もなく消えたものと思っていた。



 一本だけ、巨大な天然杉が屹立している。
その先にも、小さな石垣が法面を守っている。
そして、再びヘアピンカーブ。

これが、旧道の一つ目のヘアピンカーブに対応するカーブとなる。



 向きを180度変えた旧旧道は、まもなく旧道に合流して終了となる。
合流地点も、旧道側からは段差がもうけられ、気が付けなかった。
位置的には、旧道入り口から300mほどの地点である。

ここまでが、旧旧道第一の区間である。
次回からは、一挙に峠(杉峠)を目指していく。

最後に、今回紹介した区間を地図で確認して頂きたい。
説明がわかりにくいかったと思うので…。







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