道路レポート  
鬼ヶ台と小又沢峠 その1
2004.4.1



 出羽丘陵に属する大内町から雄和町にかけての山中に、鬼ヶ台という名の場所がある。
疎なる山村であったが、現在は昭和44年に竣工した鬼ヶ台ダムによって、その大部分が荒れ地や葦原になっている。
また、この鬼ヶ台から一山越えて大内町新田に抜ける峠は、古くから地形図にも現れるが、その名は記されていない。
ただ、峠では昭和57年に開通した小又沢トンネルが往来を担っていることから、以下ではこの名を便宜的に使用する。

ダムには沈んだ道があり、
峠には旧道がある。

ご覧頂こう。


大内町 二ツ橋
2004.3.24 11:22


 雄和町から大内町・本荘市方面を繋ぐメーンルートである主要地方道9号「秋田雄和本莊線」の大内町中俣地内にて、左に分岐する2車線の舗装路がある。
これは、長坂トンネルを経て国道105号線へと短絡するショートカットで、町道だが通行量も多い。
しかし、この町道からさらに西へ折れる町道は、殆ど地元の人しか通らない、マイナーな道だ。

今回は、この道へはいる。
写真の分岐を、左だ。


 町道はここから鳶ヶ台、二ツ橋、鬼ヶ台という大字堀切地区を平行する小関川に沿い経由しつつ、鬼ヶ台の先で雄和町に入り三福にて小又沢峠のある町道に合流している。
しかし、近年の地図にはこれらの地名の半分以上は記されていない。
過疎化が進んでいるためだと思われるが、まだ人は住んでおり、安易な削除は地図会社の愚行だ。

町道にはいると、さっそく旧橋が迎えてくれた。
写真は、すぐに現れた橋。
現橋、旧橋共にきわめて簡素な造りで親柱も銘板もない。


 すすむと鳶ヶ台でも旧橋が残っていた。
現道は1車線だが、これでも改良後の道と言うことだ。
旧道は一回り狭い砂利道だったようである。


 同じ橋を現道から見下ろす。
ご覧の通り、かなり植生に覆われており、夏場は橋上に立つのも容易では無さそうだ。
造りは決して古くはなく、昭和40年代のものか。



 二ッ橋にも、やはり旧橋が現道の傍に残っていた。
この途中にも、既に橋が撤去されたらしい地形などもあった。
全くもって派手さはないが、生活の道が更新されている「生ける姿」と、撤去の予算も足りないのか屍を曝す「死の姿」を、落ち着いて観察できる、良い道だ。

 同じ橋の近影。

この橋だけは、未だに農道として利用されているようだ。
しかし、既に管理者に放棄されていることは、無惨に破壊された欄干に知れる。

この橋を過ぎると、いよいよ鬼ヶ台。
早速にして小関川を堰き止めるダムが見えてくる。


鬼ヶ台ダムサイト
11:38

 ただ走っていても何ら面白くはないだろう町道を4kmほどで、眼前に小さなコンクリートダムが見えてくる。
鬼ヶ台ダムだ。

ダム脇の道にありがちな急登攀などとは無縁のまま、あっけなくダムサイトに進める。


 ロックフィル形式の灌漑用ダムである鬼ヶ台ダムは、既に廃止されているのだろうか?
ちょっと、ネット上で調べた限りは判然としなかったが、見たところまったく水量がない。
というか、川をただ通しているだけで、蓄えようと言う気概が感じられない。(笑)

農繁期が来れば、稼働するのだろうとは思うが。

 無人の管理所に掲げてあった銘板。

そこには、昭和43年に完成したことを記す元来の銘板(左)に加えて、昭和63年の日付で「老朽ため池等整備事業」としての銘板もある。
廃止、ではないのかもしれないが、かなり老朽化しているのは間違いないだろう。
本来の能力も失われているっぽい。
なぜならば、本来水没しているべき湖底に目を遣れば…。



 水量が少ないのは先述の通りだが、ものすごく浅い。
対岸に見える林道より水位は下なのだから、最大に水をためても、せいぜい2m程度の水深しか得られないだろう。
これは、浚渫しなければ殆どダムとして利用できないのではないだろうか?

小関川上流には、たいした流量も流長もなく、洪水調整の必要はないのだろうが、下流で合流する芋川といえば、近年護岸工事が完成するまでは暴れ川として恐れられていたもので、小関川の調整能力は死んでいるのは問題ないのだろうか?



そして、この干上がりかかったダムの上流に、魅惑の廃橋群は姿を見せるのだ。

以下、次回。




その2へ

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