秋田県一般県道279号 稲庭関口線 その2
公開日 2005.10.18



 
  いよいよ始まる、県道の不通区間。
県によって不通と認定されているのは、ここから2898mの区間である。
この区間内に、将来どのような“まともな”道を建設する予定なのかは分からないが(予定線を記した地図を見たことがないので)、地形図に記されている点線がおそらくは、この不通延長の根拠となっているだろう。
 地形図を何となく見てみても、峠の東側、これから私が登ろうとしている側は、比較的地形的には大人しいように見える。
一方で西側については、非常に切り立った地形であることが、その極めて密な等高線から容易に想像できる。
特に、峠から長沢へと降りる部分は、地形図上たった100mほどの直線で等高線5本を跨いでおり、すなわち勾配50%という、あり得ない数字が出てくるのである。
ここが、この不通区間の最大のネックであり、実際に不通であるところの原因ではないかと、想像することが出来る。

 そのような事前思考のもとに、いざ不通区間へと進入を開始する。




 通行不能区間
 2005.9.20 8:14

2−1 予定県道

8:14

 麓の平地から、峠への上りへと移り変わる、その境界線から、すでに道は県道であることを放棄したがっているかのようだ。
この直前までは不必要に2車線だった舗装路が、いきなり、未舗装の急勾配で、森の中へと消えていく。
そこには、ありがちな「通行止め」の標識もなければ、立ち入り禁止などという出迎えの文句もない。
ただ単純に、道は変化した。

 その事実から私が感じたことはひとつ。
県道として、通じる気など、ないのではないか。



 上り始めは、なかなかの急勾配である。
砂利が敷かれた路面は、その急勾配ゆえ洗削が進みつつあり、チャリではなかなかの重労働に感じられる。
一挙に尾根の上に登ろうとしているかのようだ。


 300mほど進むと、地形図にも記載されている高圧鉄塔の下を潜る。
ここまでで約70mほどの高度を稼いでおり、稲庭側の上りで最も勾配がきついのは、序盤だった。
鉄塔の下は、木々が刈り払われており、広々としている。
また、そこでちょうど集材車が伐採した木々の積み込みを行っていた。
道を完全に塞いで作業をしていたが、入口にも付近にも立ち入り禁止という案内はなく、この点でも県道として見捨てられていると感じた。(厳密には県道ではなく、県道予定線上にある道に過ぎないが。)
 

 雑木林や杉の造林地の中を登るこの道にあっては、殆ど唯一視界が開けたのが、この鉄塔の下だった。
北を見ると、海抜470mの雄長子内岳の山頂がだいぶ近くに見えた。
目指す無名の峠は、海抜400〜500mの稜線に開かれた天然の鞍部(海抜300m)である。
歴史的にこの道が古いものなのかは現時点で不明ながら、県道としての不通の歴史は長く、昭和36年の路線指定以来、ずっと不通のままだ。


 集材が行われていたことから、この道は林道として現役で機能している事が判明した。
さらに、その奥は頻繁に集材トラックやキャタピラ付きの車が通っているようで、泥の道が鮮明に付いている。
一般的な不通県道のイメージとは異なる。
ただ、林道として安泰かと言われれば、おそらくその答えはノーだろう。
通常、恒久的に利用する林道では、砂利を敷くなり、道の構造にも一定の整備が為される。
この道の場合は乱暴に土を切り拓いただけで、現在の作業が終了すれば、再び廃止される可能性が高い。
それ故に、地形図上でも点線の道なのだろう。

 チャリで進もうにも、ぬるぬるするばかりで思うように速度は出ない。
しかし、勾配はだいぶ緩まっており、さして困難な道でもない。




 そして、上り始めから約1.2kmほどで、稜線にやや呆気なく辿り着く。

ただし、この感想は結果的なものであり、現地ではかなり緊張していた。
一つに、前方の視界が開けそうな場所から、キャタピラの不快な金属音が聞こえてきたこと。
そしてもう一つ、まだ稜線に到達したとは、思っていなかったことだ。

私はこの段階では、稜線への上りの途中、まだ中盤であろうと思っていた。
山行がとしては珍しく、道の難易度を大きく見積もりすぎていたのだ。


8:31

 稜線に建てられた作業小屋、黒煙と共に唸りを上げる重機たち。
禿げ山となったその頭上には幾条ものワイヤが揺れ、索道運搬がいままさに行われている。
当然無人と言うことはなく、4名ほどの作業服の男達が、生き生きと機械を操っている。

 この、闘う男達の現場にMTBで現れた私。
またしても誰何を恐れ、影から影へと隠れるように、彼らの視界から外れる様に伸びる道に、逃げ込んだ。



 作業員たちの車が通せんぼしているが、さらに登っていく道が、稜線に続いていた。

結論から言うと、この道は誤りだった。
作業員たちから逃れるために、半ば思考を失ってこの道を選んだが、この先は行き止まりだったのだ。
しかも、行き止まりまでは1kmほどもあり、往復で50分ほどロスしてしまうことになる。
意味もない藪の中で苦闘してしまったのである。

 レポとして価値がないので、以下は割愛する。



2−2 助言を得る事の大切さ


 私が誤って進入した道は、古い作業道のようであり、約1kmも続いていた。
上の3枚の写真は、左から順に終点に向かっていく順序に並べている。
後半は完全な廃道であり、当初は「こいつは良いネタになる」なんて余裕もあったが、三枚目の写真の場所に至っては、真剣に行くか引くかを悩んだ。
結局は、藪に数十メートル突入したが、路面の痕跡すらない状況に唖然とし、断念したのである。
実は、この最後に到達した沢筋は、目指す長沢の源流部分に他ならず、そう目論見は外していなかったのだが、いずれにしても県道の予定線からはズレていたし、これ以上進むこともできないミスルートであった。


9:20


 私は、このごの及んでなおなお、ここが目指してきた峠なのだと思っていなかった。
地形図は持参していたが、思ったよりも峠までの道が容易であったことで、勘がだいぶ外れてしまっていた。
 それで、結局峠に到達することも出来ず、道も見失い撤退なのかと諦めながら、作業現場にまで戻ってきた。
そこで、ダメ元で忙しそうな作業員の一人に声を掛けてみた。  「お忙しいところ、スミマセン。(ニッコリ)」

 私「ここって県道ですか?」

作業員「ああ、そうみてだな。」

 私「峠はどこでしょうか?」

作業員「ここだな。」

なんと、こんな簡単に解決できるとは。
しかも、県道だと認識されているとは、意外だ。
それにしても、作業員にもし声を掛けていなければ、峠に立っていながらも、撤退してしまうところだった。




 しかも、なんと親切な人なのか。
大概は「危ないから帰れ」などと叱られそうなものなのに、この親方ときたら、ここを降りれば関口に行けるという隠しルートまで教えてくれたではないか。

 このブル道は、さすがに私も気がつかなかった。
作業現場の背後だもの。
立ち入る気にもならなかったし。

 最大限に礼をして、教えていただいた道に、今踏み込む。

 このブル道、お墨付きはもらったとはいえ、大丈夫なのか!?

 県道不通区間に穿たれた、玄人だけが知っている道。
 いざ、マイル!










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