秋田県一般県道279号 稲庭関口線 最終回
公開日 2005.10.20



 
 知らずのうちに通行不能区間の峠に立った私は、親切なオヤジさんたちの助言に助けられ、下りへ続くただ一つの道を知った。

ここから谷底までの道は、県道として整備されたものではなく、地形図に記された点線の道ですらなさそうだ。
おそらく、この場所で大規模な伐採や集材が行われる課程で、仮設された道であると考える。
通常、このような道は一般者の通行が難しく、ましてや作業の最中に通行を許可されると言うことは、極めて稀であろう。

 私は、この希有な通行許可に、とても感激した。
いつになく、晴れ晴れとした気持ちで、先へ進むことが出来たのである。
もし声を掛けなければ、おそらくこの道に気がついたとしても、私はまた…後ろめたい気持ちでここを通ることになったに違いないからだ。
ダメ元でも、声を掛けてみると言うことの、大切さを感じさせる一件であった。




 許された道 
 2005.9.20 9:23

3−1 下降作業道

9:23

 それは、明らかに作業道の入口だった。

だが、私はオヤジさん達に促されるまま、この道へと進路を向けた。

この下は、湯沢市街で雄物川に注ぐ長沢の源流付近である。



 下り始めると、想像していたとおりもの凄い急勾配だ。
おそらく、普通車では登ることは出来ないだろう。
路面も、地山の土が露出しており、大変滑りやすい。
しかし、期待通り長沢の底へ向けて、一気に下降していく。

 この道は、行けそうだ。



 空には索道のワイヤーが数本、長沢を跨いだ対岸の山頂付近へと、美しい弧を描いて続いている。
谷底からの距離は100mを優に超えているに違いない。
支柱なしの長さも、数百メートル規模だ。
つい今し方まで、数本の木材が束ねられたものが、このワイヤを伝って空中を移動していた。
これほど近傍で索道の運用風景を目撃できたのは貴重な体験だ。
今は姿を消した林鉄だが、その最盛期から殆ど変わらず林業の中に存在し続けてきた索道という名脇役の姿に、しばし目を奪われた。

 背景の山並みは、長沢を取り巻く山々で、最も高く見えるのが三本槍山(496m)だ。

 

 地形図では直線的に長沢へと下っていくように描かれているが、この作業道は、途中何度か九十九折りを描いている。
こうでもしなければ、キャタピラ付きの車輌ですら通行できない勾配だったのだろう。
また、下っていくほどに道は殆ど使われていないらしく、堅く乾いた土の路面に草が生えだしていた。
この辺りの九十九折りの急さは、あの「黒森峠」の縮図のようである。

 山行がが全面的に信頼し情報協力関係にある『モト・ポイント』のライダー達なら、ここも余裕で走破しそうだ。
ちなみにあの黒森峠は、私がレポした後、彼らによっておそらく数十年ぶりの“自動車交通”を許している!


 強烈な勾配とカーブにアドレナリンが分泌され、怪しい前傾姿勢になり始めたところで、予想よりも早く終わりが見えてきてしまった。

峠にいたる行程もそうだったが、この道は楽しげなムードが出ているにもかかわらず、全体的に短いのが惜しまれる。

最後のヘアピンの先は、タガが外れてしまったかのような急な下りで締めとなる。





 高低差90mを下りきるのに、3分を要さなかった。
斜面に刻まれた距離も、ほんの300mほどだったろうか。
小川の如き長沢へと、橋もなくぶつかる。
この先は、ありきたりな沢沿いの林道の様相を呈するのみだ。

 写真は、今駆け下ってきた斜面を振り返って撮影。
現在進行中の伐採・集材作業が終了した後は、おそらく再び藪に埋もれる定めと思われる。
将来、県道工事の喧噪がこの地に再び溢れる期待は、殆どゼロである。(その詳細は本レポ最後に)


3−2 なおも不通区間だが道は ある

9:27

 下りきった先には、小川が流れていた。
これは、長沢の源流である。
(30分ほど前に、間違って踏み込んだ道の終点だったのは、さらにこの上流の何処かであろうと思われるが、藪が酷く確認は出来ていない。)

 写真ではチャリが倒れたようになっているが、写真右側の小道から一気に駆け下りてきてぶつかった沢底の道の轍が洗削で深すぎたために、つんのめって転倒しかけたままの姿だ。
このように、路面状況は劣悪である。



 なで切りにされた伐採地から降り注ぐ日光が眩しい長沢林道終点部分。
埋められた鉄管が露出しており、道がすでに廃道であることは明らかだが、肩の荷は下りた。
なにせ、この先はまず間違いなく目指す県道の湯沢市側の終点に繋がっている。
そしてもう、道は下る一方であろうと思われる。




 轍などは見られないが、一応下草は刈られている。

この道の両脇の山体から伐採が行われており、単純に考えればこの谷の林道を拡幅して伐り出し道とすれば良いように思われるが、この辺りは素人には分からない事情があると言うことなのだろう。

ともかく、伐採地から端を発した林道は、下るにつれ轍が現れ始め、次第に林道らしさを取り戻していく。





 轍が鮮明になる始めた林道だが、道としての整備状況は相当に悪い。
沢を流れる水と林道とが、殆ど一体化してしまっている場所さえある。
下りなので疲れはしないが、勾配も緩くはなく、逆方向からのアプローチならかなり消耗しそうだ。



 沢に下りて1kmほどで、長沢と初めて交差する。
そこには、意外に幅の広いコンクリート橋が架けられている。
橋の上の路面は舗装されているはずだが、欄干のガードレールに気がつかなければ、その存在すら見過ごしかねない有様だ。
また、これとよく似た橋は、この先にも数度現れる。
なお、橋には銘板などは一切取り付けられておらず、その出自は不明であるものの、県道としての整備の一環ではないと思われる。
 林道は全線マッディで、ここ数日雨など降っていないが、至る所にぬかるみが生じている。






 長沢がいくつもの枝沢を吸収し本格的な水量を持ち始めると、やっと林道は沢との距離を取り始める。
そうして現れるのは、どこの沢でもお馴染みの砂防ダムである。
こうして一定の高度を得た林道からは、いつの間にか間近に迫った特異な山容が見られる。
まるでピラミッドのような四角錐の山頂部。
そして、頂上付近の斜面は急峻なせいか、まるでアルプスか何処かの高山のように、平らな岩盤が露出している。
僅か海抜500m足らずの三本槍山の姿である。


9:43

 沢に下りて約2kmにて、一回りも二回りも立派な林道に突然ぶつかる。
この地点が現在における通行不能区間の湯沢市側端点となっているが、ここでぶつかった道もまた林道として利用されているもので、広域基幹林道山院線という名がある。
残念ながら、ここにも何一つとして県道らしいものは見当たらない。

 左の写真は、上流側(旧稲川町側)から分岐地点を見たもの。
右の写真は、逆に下流(湯沢市側)から分岐地点を見たものだ。
何一つ案内標識などはない。


3−3 立ち直っていく県道

9:43


 広域基幹林道は砂利道だが通行量もあり、林道としては十分な整備が為されている。
そこに県道らしいものは何もないが、ともかく不通県道を突破できたのだという安心感は満喫できる。
 しかし、林道のまま終わってしまう県道でもない。
広域基幹林道と県道の重用区間はわずか300mほどで終了し、再び県道と林道は分かれる。
右が林道で、左が関口へ続く県道だ。
ここにも標識はないが、道のレベルとしてはイーブンイーブンである。

 ちなみに、このまま林道を右に進んで少し上っていくと、三本槍山を貫く三本槍トンネルがある。


 分岐地点のすぐ先から、県道の舗装が復活した。
とはいえ、これは簡易舗装という奴で、砂利道の上に単純にアスファルトの層を一層だけ重ねたに過ぎない。
重い車が通ったりすると、すぐに凹むし、長持ちもしない。
あくまでも、簡易な舗装なのである。
しかし、進むにつれ道が県道らしさを取り戻しつつある事は感じられる。

 ちなみに、ここまでで最大級の橋が長沢を跨いでいるが、ここにも名前はない。
また、この県道の橋のわずか50mほど上流では、今分かれたばかりの林道が、もっと立派な橋を架けている。
二つの橋が平行しており、大いなる無駄を感じてしまう。






 鬱蒼とした杉林のなか、簡易舗装の下りは続く。
特筆することはない。


 やはり、特筆することはない。
淡々と、下っていく。

 そして、じきに下りは緩くなり、視界が開けてくる。




9:50


 広域基幹林道と分かれてから1.5km、長沢源流からだと約4kmで、遂に県道は人家と再会する。
一軒目は廃屋で、二軒目から集落は始まる。
湯沢市関口の戸沢集落である。
並走してきた川の名も、いつの間にか戸沢川に変わっている。

 

 そして、数軒の民家の間を通り抜けると大きめの待避所が現れ、そこに、デリニエータが立っていた。
秋田県とペイントされており、確かにここは県道であると確認できる。
ただし、県道の不通については一切触れられておらず、このまま「何もなかったかのように」県道は終点に向かうのだろうかと、危惧を覚える。





 戸沢集落の途中に小さな支流を跨ぐ橋が架かっているが、この何の変哲もない橋の名前は、おそらく日本で唯一という変わり種だ。

銘板に誇らしげに刻まれた橋の名は、その名も…

  落橋

 ギョッとして他の銘板を見ると、読みは「おとしはし」。
そして、沢の名前は「落川」と言うことが判明するに至り、なるほど納得というわけだ。

 しかしこの名前、橋にとって最も不吉な名だと思われる。
山行が合調隊のムードメーカー的存在ミスター細田氏が幼少の頃、夏休みの工作で作った船の模型に、「ちんぼつ丸」と名付けたという逸話を思い出した。(本人は船にとってちんぼつというのはのぞましい意味だと思っていたそうだ。)


 その落橋のすぐ傍に、奇妙な形をした石碑が佇んでいた。

老木の影に簡単な台座が設けられ、そこにこの碑がぽつんと立っている。
台座も周囲も浅い草むらと化し、供物なども見られず、おそらく顧みられない存在となっているようだが、碑の中程に大きな抉れのある奇妙な形をしており目を引く存在だ。

 その碑面には、次の文字が深く印刻されているが、意味は不明である。
また、文字の下には、蓮華の花が描かれている。
仏教用語の様であるが、おそらく墓なのか……解読できる方のご教授を願いたい。

 帰真釖截禅是門 霊位 


 進むほどに集落の密度は増し、始め沿道にぽつんぽつんとあっただけの民家も、次第に群となって行く手に現れる。
道幅も1.5車線程度まで広くなり、所々には2車線の待避所も現れた。

 そして、久しぶりに現れたキロポストには、10の表示。
前回見たのは峠の登に入る直前で、3だった。
不通区間を3km挟みつつ、7kmを走破してきた計算になる。
全線13kmの県道、いよいよ終点が近い。


 間もなく、県道はT字路にぶつかる。
このぶつかった先の道は、かつての国道13号線、秋田内陸の大動脈である。
いまは朝夕を除いては静かな生活道路となっているが、県道はこれに接続している。

 交差点には、写真の通り何も案内はない。
手前から奥へ続く道が旧国道で、県道は左から来て手前へと指定を受けている。




 現在の国道13号線と、その有料バイパスである横手湯沢道路、そして旧国道が併走している。
旧国道の沿道には、不思議と石材店が密集しており、二軒続けて石材店などと言うこともざらにあるほどの過当競争(?)だ。
各店先にはまるで競い合うかのように、巨大な腹を出した布袋様や、怪しく重厚感のある巨石ドラえもん、樽のようなピカチュー(気の毒に…売り時を逃したのだろうか…?)などが、飾られている。
これは、観光ガイドにはないが、なかなかの見所である。

 なお、不通県道の起点であった旧稲川町稲庭と並ぶもう一つの大集落である川連(かわつら)には、仏壇仏具の専門店が並ぶ一角がある。
ポッコリ山を挟んで、墓石と仏具の産地が向かい合うのが、現行湯沢市なのである。



3−3 終点 そして将来の展望

10:04

 そして、旧国道を1kmほどなぞると、大きな三叉路にぶつかり、県道は終点である。
ここが、国道13号線との関口交差点だ。

 さすがに大交通量との接点だけ有り、巨大な交差点敷きが展開されている。
ここばかりは不通県道と言えども道幅も広く、主要道路同士の交差点のように錯覚することも、できそうだ。
100mほど前方には、ローソンの無機質的な看板が立ち、都会に脱出してきたことを感じさせられる。
現にここは、湯沢駅から南に2kmと言う好立地である。



 三叉路を国道側から振り返る。
最初県道側から見たときには、写真に写る「国土交通省湯沢工事事務所」の案内標識が、県道の行き先を示す青看かと思ったのだが、実際には違うものだった。
結局、これだけ立派な三叉路でありながら、県道の側には一切行き先案内となるような物はないことが判明。

 これにより、本県道13kmの全線中には、起点のただ一カ所にしか青看は設置されていないことが分かった。
地図やカーナビをお供にしなければ、この県道を正確に辿ると言うことは出来ないだろう。



 さらにヘキサですら、全13km中に、この終点に設置されていた物を含めて、たった二つしか設置されていなかった。

ヒョウタンが多数ぶら下がる農園と、青いヘキサとのコントラストが、何ともコメントし辛い景観を形作っていた。






 さて、このようにしてまた一つの不通県道を、完全走破することに成功した。

 今一度左の地図を見ていただきたいが、この不通県道はもとより存在意義が薄いと言わざるを得ない。
代用の利く国道や県道が、すでに整備されているためだ。
将来的にも、整備される可能性は極めて低いのではないかと思う。

 私は独自に、一帯を管轄する行政機関である「雄勝地区地域振興局」の建設課へと、メールにて不通区間の将来構想について伺ってみた。
そして得られた回答は、やはり私の想像と変わらぬ物であった。

 交通不能区間の、稲庭町字玉ヶ沢から関口字長沢までは、山道で軽乗用車も通れない状況です。しかし、旧湯沢市から旧稲川町までは、並行して 国道398号と県道稲庭高松線が通っており新たな建設は、困難です。
急峻な地形であり、大規模な事業になると見込まれることから、現時点では困難な状態であり、事業の計画はありません。

雄勝地区地域振興局よりの回答(一部)


 どうやらこの不通県道、秋田の地図に今後も居座り続けるつもりらしい。






秋田県一般県道279号 稲庭関口線



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