道路レポート  
国道106号旧線 区界峠 その2
2003.9.14



 ダムに沈む定めの道を通り、高原的な分水嶺への登りが始まる。
そこには、砂利道のままの旧国道が眠っていた。
   

旧道分岐点
2003.7.17 9:41
 旧国道の痕跡は、至るところに見られた。
それは、現道の桟橋を迂回するように山肌に残された道であったり、緩やかなコーナーの外側に、不必要なほどに広くとられた路側帯であったりした。
しかし、それらはどれも現道から独立した旧道といえるほどのものでは無く、そうこうしているうちに峠も中腹まで来た。

遂に本格的な旧道との分岐点が現れる。

写真の地点がそれだ。
左に上っていく道の痕跡が明らかに認められる。
しかし…。

 直ぐにガードレールで封鎖されており、その先は見るも無残な状況。
さすがに、躊躇いも無く侵入するほど私は○○(←ご想像にお任せします)ではない。
地図を確認する。

 ここから始まる旧道は、この先2kmほど現道に沿って続いていて、その先で一旦合流するようだ。
申し訳ないが、この日の行程は非常に長く、余りこの一点にばかり時間を掛けられないのだ。
言い訳がましいが、この先の探索は、今回は見送らせてもらう。
いずれにしても、時期を選ばねば相当の困難(藪漕ぎだ)が約束されていそうだ。

というわけで、ここはスルー。

飛鳥集落
9:49
 さらに進むこと約2km、峠の途中とは思えないような景観が広がっている。
そこには、広大な牧草地がなだらかな斜面に沿って続いており、その麓である現在地にはいくつかの民家が点在している。
よもやこんな山中に集落があるとは思っていなかったが、予想外だ。
ここは、地図によれば飛鳥という集落らしい。
三方を緩やかな斜面に囲まれ、一方は梁川となって深い峡谷に落ち込んでいる。
まさしくここが、梁川源流である。
 この先の現道の線形も特異だ。
左の写真は、飛鳥バス停のある現道に面した広場だが、正面のどっしりとした山は峠に近い岩神山(標高1103m)だ。
その手前、赤い橋が写真の左の外へ向かって登っているのが見えるだろう。
これが、この先の国道だ。
半径の大きいS字カーブを連ねて一気に峠へ向けて高度を稼ぐのである。
その途中は、飛鳥集落を取り囲むように幾つもの桟橋を持つ。
一見すると、ループ橋があるかのような不思議な景観といえる。
なにせ、飛鳥集落のある地点に立って周りを見渡せば、360度の視界の大半に国道の幅広のアスファルトが見えるのだから。

旧道とは、ここで合流している。

 現道をバス停の広場から離れ、狭い舗装路を辿っていくと、ほんの100mほどで民家数件が立ち並ぶ集落の中心部に至る。
その民家の前を走るのが、旧国道である。
先ほど断念した廃道に続くのが、この写真の道である。
やはり、少し先で草むらに覆われていた。

地図いわく、さらに2kmほどは旧道と現道は別々に存在しているようだ。
ここから先ぐらいは、四の五の言わずに旧道にチャレンジしてみよう!

 飛鳥集落の旧道から、区界峠を望む。
廃屋の向こうに見えるのは、現国道である。
山の上の方、峠に迫って見えるのも、現国道の桟橋だ。

行く手の登りがずっと先まで見えているというのは、大概は辛いだけだ。
だが、ここは少し違う。
複雑な計算式によって導き出されたであろう、絶妙なカーブの線形。
緩やかな勾配と、そこにアクセントをつける桟橋の数々。
調和と均整と、独創性が織り成す、近代道路建築の傑作だ。

…区界峠の国道106号線は、すごく うつくしい。

旧道を登る
9:50

 それでは、峠を旧国道で目指していこう。
平坦地が全くといっていいほどない飛鳥の集落。
水田も少なく、農地の大半は遥か先まで続く牧草地である。
驚いたことに、集落内ですら未舗装のままである。
残念ながら正確な年代を把握していないのだが、区界峠がトンネル化されたのは1975年であることから、この区間の付け替えも同時期だろうと思われる。
私が生まれた頃は、盛岡市内の国道といえど、ひとたび山に入れば砂利道だったのである。
 「急」という字のつくものは一切を廃したような現国道に対し、「旧」道は、「急」のオンパレードである。
直線的に斜面に挑む急勾配。
小刻みに進路を変える急コーナー。
そして、路面は急速に衰えてゆく。

牧道として辛うじて利用されているようだが、進むほどに、集落から離れるほどに、怪しさが増してきた。


 ただ、「急」のオンパレードは、時にチャリや徒歩にとっては、「速い」こともある。
自動車用に最適化された近代的な国道に比して、チャリや徒歩にとってはより距離的な無駄の少ない旧道は、その路面状況の悪さや勾配の過酷さを差し引いたとしても、やはり通過に要する時間で勝る場合も少なくない。
ここも、そんな印象がある。


 一気に標高100m以上を稼ぎ出し、すでに道は牧場の上端に達しつつあった。
まるで夏のゲレンデのような牧草地の下には、うねる国道と空色に輝く池が見えている。

ちょっと、
想像以上にこの旧国道は、気持ちよいゾ!


森に呑まれ…
9:59

 牧場を抜けると、道は森の中に入った。
そこには、かつて車道幅の限界を規定していたであろうガードレールが、そこそこ太い幹の向こうに見えていたりしていた。
一体、廃止後何年が経っているのだろう。
見たところ、20年を遥かに越える時間が経過していそうだ。
そして、どう見ても廃道寸前の、怪しさ全開のムード。
くもの巣が私の進行に、ささやかな抵抗を企てる。
不愉快なだけで実害は無いが、その不愉快さは相当のものだから溜まらない。

先ほど一度は、「おいしいとこどり」に成功したかと思われた旧道探索だが、結局…
 

廃道からは逃れられないのね…(涙)


 この日の1週前に、鳥海高原で遭遇した悪夢のような草道を髣髴とさせる、それはもう、酷い道であった。
ガードレールが無ければ、誰もここを旧国道などとは思うまい。
ここは、作業道かと。




 しかも、勾配の急さは、廃道では特に堪える。
自走するにも押して進むにも抵抗が大きい草むらだというのに、さらにこんなに激しい勾配とは。

途端に弱音を吐く私。
そして、喜ぶべきなのか、或いは?
頭上に、現道の真っ赤な桟橋が現れた。



 橋脚も橋桁も、新しいもののように見える。
しかし、旧道がこれほどに風化しているのだ。
新しいはずがない。
もう、この写真の場所など、本当に国道がここを通っていたのかと疑わしいこと甚だしいが、ここ以外には考えにくい。
さらに、少し進むと、ここがやはり国道であったことを確信させてくれるような光景が現れた。

 現道に再び合流
10:07


 最も苦しかったご覧のような廃道は、約800mほど。
それほど長くは無いので、不愉快を味わう覚悟さえあるなら、どなたでもチャレンジできるだろう。
がむしゃらに突き進んでも、何とか発狂する前に脱出出来そうな距離だ。
また、地形的に危険な箇所は無く、安心だ。




 おおっ!!  これはっ!


 ナイスである。
この、ガードレールによって強烈に“道”を主張している様は、まさしく、国道の姿!
すこし論理が飛躍しているかもしれないが、いや、やはりこれは国道のみに赦された迫力であろう!
幅6メートルの道に、轍の跡は既に無く、砂利すらも見えない。
芝生のような低い雑草が生い茂る、奇妙な空間を形成している。
個人的には、この景観を見られたことが区界峠最大の収穫であったと思っている。



 そして、森とここでおさらば。
旧国道も、間も無く終わりだ。
眼下に広がるのは、高原的という言葉がぴったり来る飛鳥の景色。
こんな、まるで隠里のような美しい集落が将来ダムによって孤立するのだと思うと、残念だ。
はたして、水没こそ免れても、この集落に未来はあるのだろうか。
ダムができて、道が改良されて、距離的には都会は近くなるだろう。
でも。

“人”の住まぬ湖面によって隔てられることによる精神的な孤立感は、如何ほどか。
峠を越えて、川井村側との交流に活路を見出すのか?
それとも…。

いまだかつて、私はこれほどに美しい集落を見たことがない!




 そして、旧道は現道に飲み込まれ消えた。

合流地点は丁度ロードサイドパークになっている。
そこから眺めた旧道。
やっぱ、あのガードレールはインパクトあるなー。



 峠を目指し、再び漕ぎ足に力を込める。
再び旧道が現れるのは、現道の峠の僅か200m手前である。

以下、次回。

その3へ

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