道路レポート 国道113号旧線 碧玉渓 その3
2005.5.2


 豹変する旧道
2005.3.24 6:41


 二度目に旧道に入った私は、一度目の旧道との、余りの違いに驚いた。
距離的には、両者は500mも離れていないばかりか、同じ国道の、ほぼ同じ、昭和40年代後半に旧道化した部分であるはずなのだ。

そして、この決定的な状況の違いの原因は、探索時には結局分からずじまいだった。
しかし、帰宅後に読者様より頂いた情報によって、謎は解けた。

先ほどまでの小原隧道の前後の旧道は、平成になってから、一度現役に返り咲いたというのだ。
それは、現道のトンネルの防災工事による不通が原因であったというが、それで、あの状況の良さが納得できた。

今度の旧道は、本来あるべき旧道の姿というわけ。
昭和40年代に廃止されたとすれば、この荒れ方も納得できるが…。



 しかし、繰り返すが探索時には、このあまりの豹変ぶりがなかなか飲み込めなかった。
それで、まるで狐につままれた様な気持ちのまま、未舗装、未改良、累々と崩土の積み上がった路面を、MTBの駆力を活かして突破していくのである。
相変わらず道は、碧玉渓の垂直に近い河崖にへばりつくように続いており、削ったままののり面が、荒々しく迫り上がっている。
しかも、その崖の特徴的な紋様は、柱状節理のものだ。

ちなみに、節理とは溶岩地形の一つであり、熱い溶岩流が冷却される過程で、表面と垂直方向に罅が入り生じる。
急な斜面上で発生した節理は、この写真のように、複雑な紋様となり、比較的平坦な部分では、もっと整然とした物が出来上がるという。

この白石川一帯は那須火山帯に含まれるが、今日の冷え切った峡谷の姿からは、溶岩流が燃えさかったかつての姿を想像することは難しい。


 しかし、どうも未舗装だったというわけではないらしい。
ただ単に、あまりにも落石が多いために、埋もれてしまっていたようだ。

僅かに顔をのぞかせているアスファルトは、もう長く使われていない色になっている。


 幾らも行かぬうちに、再び路面はこの有様。

ガードレールが、落石を堰き止めており、あんまりこの調子で崩れ続ければ、いずれは道路は均一な斜度の崖となってしまうだろう。
現時点では、かろうじて徒歩やチャリの通行を許している。

なお、ガードレールの下は、コンクリートではなく、石垣である。






 もっとも深く道路が抉られていた箇所の下は、すり鉢状の活崩壊面が、遙か足元を洗う碧玉渓に直行していた。

あまりに高くて、雪解け水が勢いよく流れるその轟音も、殆ど聞こえてこない。

絶景に違いはないが、道の半分までが消失しており、嫌でも路肩を通らねばならぬのが、心苦しい。

率直に言えば、 怖い。



 現国道が、数百メートルの小原4号トンネルで貫通している断崖地を、旧道はあくまでも地形に正直に、ぐねぐねと越えていた。

もう、何度見てきたか分からない、そんな旧道の廃れた姿。

見慣れたというのはあるし、平気な顔をしてチャリに跨ったまま進めるのも、慣れによるものだろう。
でも、初めての道は、やっぱり面白いのである!
見慣れたシチュエーションと、見慣れた景色は全く違う物だ。
初めての道には、当たり前だが、初めての景色しかあり得ないし、先も読めない。
旅が、飽きないのは、慣れても、つまらなくはならないからだ。
むしろ、次にどんな景色があるのかを推理しながら、前例に照らしながらに進むことは、旅慣れた者のみに許された、贅沢な楽しみ方であると思う。


 ガードレールの支柱部分の逸脱。

こういう景色を見る度に思うが、見慣れたガードレールも、実は地中に埋まっている部分が思いの外長いのだ。

廃道では、本来の姿からは崩れた道路構造物を目にする機会が多いが、これは普段気がつけない、様々な情報をもたらしてくれる。
ガードレールの支柱の長さもそうだし、
たとえばあなたは、カーブミラーって本当は何で出来ているか、ご存じですか?




 と、思いがけず近代的な設備が路傍に出現。
そして、この設備の先にはハッキリと轍が見える。

轍の向こうには、隧道も。

おっ、隧道だ。

が、まずはその前に、この設備であるが…、
やはりこれも、上流の七ヶ宿ダムの雨量測候所であった。
この先の旧道は、ダム管理道という名目で、一応生きているようだ。





 そしてこれが、第二の旧道区間のハイライト、深萱隧道である。

例によって、「隧道リスト」を拝借すれば、

 深萱隧道

延長 23.0m 幅員 4.0m 限界高 4.3m
竣工 昭和12年

先ほどの小原隧道とはうり二つ。
延長は僅か1.7mこちらが長く、竣工は2年ばかり、こちらが古い。




 初期のコンクリート隧道の特徴を備えている。

すなわち、コンクリート隧道には必要性が薄いはずのアーチ石や、笠石を模した突起部分などが、それと挙げられる。
隧道自体は、今も十分に強度を保っているようであり、不安は感じさせない。
扁額も、しっかり健在だった。

この地に残るふたつの旧道隧道は、いずれも人為的に塞がれることなく、前後の道と共に一応の用途を持つ健在ぶりであった。




 古タイヤやら、リアカーの残骸やらが散乱する坑口部分。
内部も、かなりの土砂が洞外から持ち込まれているが、轍のお陰で通行は易い。

本格的構造を持つ道路隧道としてはかなり短い、全長23m。
あー と言う間である。


 隧道を抜けると、国道を走る車の音が聞こえてきた。
合流は、近いようである。

しかし、舗装はすっかり泥の底に埋もれているようで、極めてマッディな路面は、跳ね泥に頓着する気にもなれないほど、私の下半身を斑に染めてくれた。

ちなみに、ローソンセミナーのために出張してきているのに、終了と同時に抜け出して、翌朝からこんなことをしているのは、私を知る者にとっては暗黙の了解という奴である。




 振り返る深萱隧道。

この様子だと、夏場などは「深 "藪" 隧道」となっていそうである。

道の左右で、綺麗に笹藪とススキ藪が分かれているのが、印象的であった。




 再び路肩に迫る峡谷。

しかし、その行く手は幾分穏やかになっている。

碧玉渓と呼ばれた難所は、このあたりで終わり、この先は小原温泉郷である。
それと共に、旧道は再び、現道と一になる。



 簡単なバリケードが設置された、南側の新旧合流点。

ここから先にも、まだいくつかの旧道遺構があるので、
次の最終回にまとめて、お伝えしようと思う。







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