国道289号線 甲子 “廃”新道  その3 
公開日 2005.10.14


 私が遭遇した光景は、異様と言うより他はないものだった。

 その正体は、新設僅か8年で地中の土砂崩れにより放棄が決定されたトンネルと、代替で新設されつつあるトンネルであった。

 路線変更の概要は、右の地図の通りである。
内部に致命的な亀裂が発生したという「石楠花トンネル」は、破棄。
代替で、「きびたきトンネル」の内部から分岐する新トンネルが、旧「石楠花トンネル」西口の目の前まで、変動した地形を避けるように蛇行しつつ地中に延長されることになる。
新トンネルは、約900mの長さが想定され現在掘削工事中である。(2005年10月現在)
この路線変更により、石楠花トンネルの他、片見トンネル、ほか2橋を含む600mが、廃道となる。

 私は、どうしてもこの廃止区間を、この目で見、記録したかった!




 人工的廃道
 2005.10.10 7:50

3−1 植生復元

7:50

 前後が守衛によって監視され進入できない廃道区間。
この防御を突破するため、私は地図に描かれた工事用道路に着目した。

 しかし、その入口に着いてみれば、来るときに通っていたのに気がつかなかったのも納得の有様だった。
写真は、分岐地点である。
左に道が見えるだろうか?
   

 いざ、チャリに跨り進入を試みるが、見ての通りのシソ地獄である。
まあ、シソに似たギザギザの葉っぱはシソではないのだが、とにかく、深い緑に沈んだ道。
路面自体は平らながら、至る所に細い木まで生えている始末。
周辺の山林と比較して、余りにも違和感のある景色。
ここが道だったことは明確だが、工事用道路だったと言うことを考えれば、使命を終えたのちに人工的に植栽されていると言うことが考えられる。


 道は緩やかに上っており、一面の緑の下は柔らかくはないが土で、しかも倒木などが散乱しているために、チャリを漕ぐことは極めて至難。
基本的には押して進むこととなった。

 振り返ると、自分の通った場所が、一本の線となって緑の海に刻まれていた。
ここを往復した事により、その踏み跡はより鮮明となり、道として1%くらいは機能を回復させた感があった。
もっとも、その痕跡は一週間で消えるだろうが。
 腰から胸までの深さがあるこの藪は雨でグッチョリ濡れている。
で、当たり前だがそこを掻き分けて進む私も、猛烈に濡れた。
雨合羽を着ていても、なんか浸透してくるようにして、パンツまでグッチョリ行ってしまった。(山行がでは、パンツまで濡れると言うことが、濡れの一つの最終到達点である。さらに進んだ濡れレベルとしては、「尻の穴の奥まで…」という表現もあるが、この表現は教育委員会から「教育上配慮が欠けている」と言う指摘を受けたので、公では使えないことになっている。)
 

 藪をごり押しで進んで行くうちに、この道に何が起きたのかが分かってきた。
写真には、路肩に側溝が写っているが、これが現在の路面よりも1mも低い窪地の底にある。
また、よく見ると現在の路面は全く轍もなく、工事車両が通っていた道とは見えない。
さらに、平坦な部分は幅2mほどしかなく、狭すぎる。

 つまり、現在のこの藪は、やはり人工的に作られたものだったのだ。
工事用道路上を埋めるように、厚さ1mほどの土砂が積まれたのだろう。
同じ植物ばかりが大量に繁茂しているのも、たぶんその土砂に種が仕組まれていたと考えられる。

 これが、人工的な廃道術というわけだ。
初めて見た。



 さらに進むと、今度は法面に立派な擁壁が現れだした。
この壁は、この先でもときおり現れた。
不必要になった工事用道路を元の山林に戻す施工が行われたわけだが、さすがに築いたコンクリの壁までは、元に戻すことは出来なかったわけだ。
もう50年くらいたてば、この壁は土砂に埋もれた遺跡になるのだろう。

8:00

 現れた…

地図によれば、あれは新道の「第一剣桂橋」だ。
鼠色に塗られたまるで巨大な割り箸細工のような上路トラス橋。

 谷を、一跨ぎにしている…。

霧雨に煙る姿は、荘厳であり、思わず見入る。
言葉を、失った。



 工事用道路は、最終的にこの橋の上にある新道に合流しようとしている。
しかし、今はまだ極めて大きな高度差がある。
工事道路跡と谷を、橋はまとめて一跨ぎにしている。
巨大な重力橋脚が間近に迫る。
そこには、一本の梯子が付けられており、トラスの下部に続いている。
もしかしたらこの梯子から橋の上に立てるかも知れないが、そんな気持ちにはなれなかった。

 なぜならば、このまま工事用道路を黙って進んでもおそらく橋の上に立てるから…ではなく、

橋を往来する工事車両の姿が、鮮明に見えたからだ。

しかも、頻繁に…。



3−2 忘れられた橋



 私の落胆は大きなものだった。
とても都合の良い想像だったのは認めるが、ともかく、きびたきトンネル内の作業は、今日は行っていないのだと期待していた。
祝日だし。
守衛はいても、それはあくまで危険な箇所への進入を防ぐためだと思ったし、そもそもその守衛さえ、甲子トンネル工事のための誘導員だと考えていたところがある。
…そう言う期待をしていたのだ。

 だが、現実は、頭上の工事区間に頻繁に往来するダンプや黄色灯を点灯させたバンの姿。
甲子トンネル同様、きびたきトンネルの工事もまた、祝日返上で行われていたのだ。
計算外だった。
この工事用道路を詰めても、結局はあの往来にぶつかるだけなのは明確だった。

 どうする…。



 アプローチとしての有望性は絶望に近くなったが、ここまで廃道を上ってきたついでというか、意地で、とりあえず工事の邪魔にならない程度まで接近してみることにした。
 なおも進むと、現道橋を潜った200mほど上流で、工事用道路も沢を跨ぐ。
そこには、親柱も欄干すらない仮説とおぼしきコンクリート橋が、現存していた。
狭い谷にも重厚なコンクリートの橋台二つと橋脚一つを降ろしている。
まさに、工事車両の大重量を支えるための、それのためだけの橋に、見えた。

 橋は、草むらとなり沈黙していた。



 橋を渡ると、道は同じ沢に沿いつつも180度反転し、今度は下流方向へ向きながらなお斜面を登っていく。
みるみる高度を上げ、現道に近づいていくのが分かる。
木々に向こうには、鼠色の鉄の塊が再び見えてきた。
 また、橋の先は道路上の盛り土が無くなり、簡単に砕石か何かを敷いただけのように見えた。
お陰で、まだ道路らしいムードが残っている場所もあった。
 1970年代から甲子道路の建設は始まっており、未だ開通していないが、大変息の長い事業である。
その事業区間の中でも、最も最初に工事されたのが、麓から近いこの剣桂付近だった。
故に、この工事用道路が使われ、そして役目を終えたのも、そう最近のことではないのだろう。


8:19

 再び、第一剣桂橋を潜る。
今度は、だいぶ近い。
 耳障りな工事の音が届いてくるようになった。
それは、まだなんの音なのか分からなかったが、すぐ傍だった。
ドシャーというような、濡れた石を大量に流したような音が、すぐ近くの頭上から、定期的に聞こえていた。
また、ダンプカーのバックするときの軽快な電子音も聞こえていた。

 現場は、すぐ近いのか。
ますます気が重くなった。



 工事用道路は、地図によれば二股になった剣桂沢の隙間の尾根を利用して現道までの高度を稼ぎつつ、第二剣桂橋の袂で現道に合流するようだが、実際には第一剣桂橋を二度潜ったすぐ先で、行き止まりだった。
ここまで旧道から約700m、軽く30分を要した。
これまでは車も通れるような勾配だったのが、いきなり這い蹲るような勾配となり、しかも日向のため猛烈な藪である。
これは、もともとあった工事道路を土砂で埋め戻したと言うことなのだろう。
少し登ってみたが、現道との間にはなおコンクリの壁が数メートル立ちはだかっていた。
 そして、先ほどからの音の原因が、分かった。
第一剣桂橋と第二剣桂橋の間には、コンクリートプラントが設置されていたのだ。
いま、私の20mほど先では、ダンプがバックでプラントに接近し、おそらく生コンを受けている。
そのたび、ドシャーという音が鳴る。

 最悪だ。

 こんな場所から、出られるはずがない。
「見てくれ」と言っているようなものじゃないか。




3−3 第二次 一人作戦会議


 もう、次のアプローチルートが駄目ならば、出直しだ。

工事がすっかり終わった頃に、また来るしかないだろう。
幸いというかなんというか、甲子峠自体の攻略という仕事も残ったし、また来ることもあるだろう。

 ただ、おそらく今の災害復旧に伴う路線変更工事がすっかり終わったとき、今日のような姿で新旧道が隣り合って観察されることはないだろう。
地形的に不安定な場所に取り残されることになる廃道部分は、ともすれば橋やトンネルと言った構造物が破壊されるかも知れない。
少なくとも現道から容易にアプローチできる形では残るまい。
 石楠花トンネルの二つ並んだ坑口は、確実に旧トンネルの埋め戻し、良くてコンクリによる完全閉塞だろう。(なんと言ってもその内部が危険な状態なのだから)
下流側の新廃分岐点であるきびたきトンネルだが、ここも悪いことにトンネル内分岐と言うことで、廃道へのアプローチ部分は全面封鎖で間違いあるまい。容易に乗り越せるようなものにはならないような、予感がする。
 つまり、私の予想では、今回を逃せばもう、廃された区間の道としての姿は、もう見られない。
確信はないが、今を逃したくなかった!


 そこで、次のルートを最終アプローチ作戦として実施することにした。
内容は単純。
側面からの廃道区間への直接進入。
旧道と廃道区間とが最も接近し、高度差も少なくなると見られる「片見一号橋」に、直接谷を遡って接近することだ。
この方法は、少なくとも廃止される区間を直接見られるという大きなメリットがある。
たとえ橋の上に登ることが出来なくとも、だ。
また、きびたきトンネル内部が現在の工事現場であると考えられるから、それよりも先の廃止区間では、一切の作業や監視が行われていないかも知れない。

 もう、これしかない!





      次回、最終作戦発動!








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