山行が調査レポ 特別編 森吉様沢計画   <第一回/>
公開日 2005.8.19


 あなたは、この穴の姿を覚えているだろうか?

 忘れもしない、2004年9月22日。
我々、山行が合調隊の3名が、悪天候を押し突入した粒様沢深部の林鉄探索。
延々と濁流を掻き分け、命まで押し流されそうになりつつの遡行。
遭難の恐怖に怯えながら、暗い森で火も起こせぬ野営。
 翌9月23日、長い夜が明けると、空は嘘のように晴れ上がっていた。
まもなく我々は、遂にレールの敷かれたるままの軌道跡を発見。
そこは、まさに林鉄探索者垂涎の楽園であった。
さらに上流へと、錆びたレールは何キロも残っていたのだ。
 誘われるように、レールを辿り歩く我々だったが、ある地点を境にして、それは途端に消えた。
静かなブナの森の底で、二つの清流が出会い、一つになっていた。
そこで我々は、右の沢を、選んだ。
かつて、狩猟に生きたマタギ衆すら尊んで近づかなかった、山の神の領域。
地形図上には、ただ「様ノ沢」とだけ記された、その峡谷である。

 様ノ沢の遡行の目的は、ただ一つ。
山人より噂を得たる、謎の洞穴の正体を探ること。
かくして、様ノ沢下端より1.2kmの地に、我々は穴の姿を見たり。

穴は、想像を絶する位置に、その黒一色の口を、あけていた。


 それは、おおよそ地上から30mの懸崖に、見えた。
そして、その穴の直下へ至るには、無尽蔵に渓水を吐き出す淵と、飛沫を天に昇らせる滝を、越えねばならなかった。
しかし我々には、この淵と、滝を遡行し、なお洞穴に迫るだけの、道具も、技も、不足していた。
結局、無駄に淵へ溺れ、愛用のカメラ2台の息の根を止めるだけで、私たちの足掻きは、終わった。

 終始、洞穴までの残存直線距離50mを切ることは、叶わなかったのである。
すなわちこれ、山行が合調隊の、完敗であった。

そして、リベンジを誓った男達は、次の機会をうかがった。
神へ、挑戦する、そのときを、待った。

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 今年8月。
ついに、時は来た。

今年は2段階の計画で、粒様沢の奥地を探索することにした。
一つは、昨年の探索にて途中で見失ったレールの行き先を追跡することを主目的とした「粒沢計画」
そして残る一つは、手痛い挫折を喫した様ノ沢“神の谷”に存在する洞穴を探索するための、「様沢計画」である。
本稿は、この様沢計画のレポートである。

 様沢計画においては、前回とは逆の、上流側からのアプローチを企図した。
もし、あの洞穴が隧道であり貫通しているのであれば、上流側にも何らかの痕跡があるはずで、河床から接近しやすい期待がある。
また、上流アプローチではその副産物として、県下瀑布の秘中の秘である「九階の滝」を目撃することが出来る可能性が高い。
さらに、アプローチに要する時間や距離も、従来の粒様沢遡行ルートや、玉川・粒沢経由ルートよりも、大幅に短縮できることも期待される。
多くはないものの、幾例か沢のプロたちによるルート記録が既に存在し、これを参考にして、最終的な計画を決定した。

 詳しい計画ルートは左図の通りである。

森吉山荘から伸びる舗装林道の終点であるクマゲラ保護センター(図中左上)を起点にして、桃洞沢遊歩道を経て、途中から赤水沢の赤水渓谷へ入渓。
起点から約4kmの地点で、登山道を離れ様ノ沢への峯越しを開始。
海抜750m付近の鞍部を越り越し、九階の滝付近に下降する。
計画は1泊2日であり、初日はここまでの計画。九階の滝付近にビバークポイントを設定し、野営。
2日目は朝から様ノ沢を下降し、九階の滝からおおよそ1km下流にあるだろう、洞穴のある滝を目指す。
洞穴探索後は、往路を逆に辿り復路とする予定であった。

 この計画において予期される最大の難所は、洞穴への接近をどうするかという点に尽きる。
故に、合調隊メンバーの中でも最も駆力に長け、さらにラッペリングなどの特殊野外技術を有する現役自衛官の「謎の自衛官氏」をお供に、私と二人きりの、小さな合調隊を編成した。
他のメンバーとは、この2日前に実施した「粒沢計画」で同行していることを、付け加えておく。

 計画は、数ヶ月前から念入りにチェックされ、予想される問題点は事前に徹底的に洗い出した。
私も、自衛官氏も、この計画には、十分な勝算を感じていた。



 だが、しかし、

 GOD は、 甘 く な か っ た 。


現役自衛官をして、「演習の方がまだマシ」と言わしめた…。
素人には余りにも過酷だった様ノ沢源流の決死レポ。
十分な装備と経験のない方は、ご遠慮ください。




 奥森吉高原より出発
 2005.8.16 9:00

1−1 かつてない重荷を抱えて自衛官出撃

09:00

 秋田市を午前7時に出発したデミオ(もちろんこのデミオは、あの有名なデミオです。内部装備も凄いんだから。)は、約2時間でこの、奥森吉高原に到着。
かつて一帯は、ノロ川牧場と呼ばれる山深き地であったが、1998年にここを舞台にジャンボリーが開催され、一挙に山岳活動拠点として整備された。
今日では、森吉山に登るにも、奇岩景勝の渓流に涼むにも、また避暑地としても手軽に楽しめるスポットとなっている。
ただし、ほどよく整備され一部施設に管理人もいるとはいえ、自動販売機など俗世的なものはないので、やはりここも山の一部であることを忘れてはならない。

 我々は、この地より入山するべく、デミオを降り、装備を調えた。
晴天から注ぐ直射を浴びつつも、涼しい風がその棘っぽい暑さを緩和してくれる。
まさしく、高原らしい気候である。

09:45

 今回は、二人きりと言うことで、各々の持つ装備品の重量も、かなりのものだった。
また、荷重を均等に分けたわけではなく、前々日までやはり一泊で「粒沢計画」に参加し、足にかなりの疲労を残したままであった私を気遣い、自衛官氏は全体の荷重ベースで6割を負担してくれた。
お陰で、私の荷物は粒沢計画時よりは幾分緩和されたが、自衛官氏の荷物は、ちょっと冷や汗が出るほどだった。

しかし、ここは現役自衛官の駆力に期待して、何とか頑張ってもらいたい。
私は、既に足が、へろへろだった。

 到着から45分をたっぷりと準備に用い、いよいよ駐車場から歩き出した。
まずは、赤水沢渓谷が最初の目的地となるだろう。
遊歩道の案内標識に従い、入山。

09:55

 なんと、あまりの重さで橋がひしゃげた!!

というのは冗談だが、いくらか荷物の軽い私と変わらぬペースかそれ以上で、にこやかに歩く自衛官氏。
歩き出しから10分ほどで、遊歩道がノロ川を渡るガーダー橋があったが、これは雪の重みによるものか、かなりひしゃげていた。
傍には、「一人ずつ渡るべし」との注意書きもあり、遊歩道らしからぬ、ちょっと怪しいムード。



 ひしゃげたガーダー橋と、その先にもう一つ簡単な橋を渡ると、再びブナの大樹に囲まれた道が続く。
遊歩道は、殆ど勾配もなく、かなり歩きやすく整備されている。
伐採された歴史を持たない広大な森が、見渡す限りに、続いている。
 豊かな森は、美しい一方で、森の生き物たち…特に蚊が多く、あっと言う間に数カ所を刺されてしまう。
ここで、米軍御用達という山行が新兵器「Deet成分配合虫害忌避ローション」を使用してみる。
効果はてきめんで、ワセリンのようなテカリが出た地肌の塗布部には、虫一匹接近しなかった。



1−2 冒険への岐路

10:33

 出発地であるクマゲラ保護センターから歩道2.1kmを約45分というゆっくりペースで歩いた。
途中、2度ほど他の歩行者とすれ違ったが、普段着の年配グループばかりで、私たちのようなガチガチの重装備に身を包んでいるのは、どうもこの歩道には不釣り合いに思えた。

 ここまでは、よくある、

 ガイドブックの観光歩道 だった…。


 だが、我々の軌道は、この分岐で、   別れた。



 右、桃洞の滝

 左、玉川 赤水沢方面

赤水沢への進路を選ぶと、いきなり河原に突き出される形となる。
トウド沢を渡らねば進めないが、沢に橋はない。
すなわち、徒渉である。
この日は、前日から快晴であり、水量が少なく、この徒渉に問題はなかったが、我々は認識する。

 この先は、冒険者の地なのだと。



10:50

 案の定、赤水沢沿いの道は遊歩道ではなく、登山道らしき踏み跡となった。
とはいえ、この程度の道は慣れっこというか、「道無き道」を生業をするオブローダーにとっては、別段問題にはならない。
背中に食いついてくるような荷重は不快だが、こんなくらいでネを上げていては先はない。
ちょっとやせ我慢しつつも、自衛官氏とは適度に会話を交わしつつ安定ペースで歩く。

 赤川の殆ど流れの見えない川面は、やや麦茶色だが透き通っており、深い川底に黒い影が鋭角的に揺らめく。
それは、無数のイワナ達だった。
ノロ川と、その上流のトウド沢・赤水沢はいずれも通年禁漁区であり、魚は篤く保護されている。




1−3  赤水沢という赤い川

10:57

 事前の情報収集不足と言えばそれまでだが、思いがけぬ景色が現れた。

赤水渓谷の登山道は、なんと沢そのものだった。

分岐から約300mほどの地点で、それまで際どく川岸に付けられていた歩道が、何の前触れもなく川縁に消えた。
その代わり、河原も川底も一枚岩で、まるでコンクリート製の歩道のように、平坦なのだ。
すなわち、赤水沢スラブの始まりである。

粒様沢の代名詞的存在と思っていたスラブは、峯一つ挟んだこの赤水沢をも、おおいなる神の掌に統一していた。




11:01

 川と一体となった道は、冒険者の思いのままに進路を選ぶことを許す。
水面の幅と同じだけのルートがあると言ってよい。
写真だと、なにやら恐ろしげな滝や淵に見えるかも知れないが、実際には、かなり浅い場所が殆どであり、かなり自由に歩ける。
とはいえ、一応注意点もある。
無論、川底の一枚岩は滑りやすい。この沢を歩くには、一般に沢靴と呼ばれる装備がぜひ欲しい。
スニーカーでは、流れのあるスケートリンクと大差ない状況と心得るべしだ。
そしてもう一つ、天然のいたずら落とし穴、「甌穴」の危険である。
甌穴と呼ばれる、浸食により生じた深い穴が水面下に多数開いている。
注意深く水面を観察すればその所在は明らかになるが、不用意に踏み込めば、足の付かぬほどの淵に落ちることもある。
流れは一般に穏やかなので、溺れはしないかも知れないが、予期せず垂直の穴に落ちる恐怖は、想像するだけで水嫌いになりそうである。

 この赤水渓谷は、本邦稀に見る、特異な渓谷である。
その様子を、今暫く見ていただこう。



 途中には、小さなナメ滝が数カ所あるが、沢靴装備で水量が正常ならば、残置ロープを利用せずとも突破できる。
スラブ峡谷では、まるで人工の水路のように、降水と流量の変化がダイレクトに繋がっているので、降雨時は未曾有の危険地帯となりかねない。
この日も、子連れで水際に遊ぶ家族など、ほほえましい光景を見たが、スラブ峡谷では上流の天候の変化にも細心の注意を払わねばならない。

 それにしても、初めてこれほどのスラブを目撃したのだろう自衛官氏の感激は、見ている私も嬉しくなるほどだった。
私自身も、威圧と畏怖の対象としか見ていなかったスラブに、このような穏やかな表情があることに、驚いた。

だが、驚きの景色は、まだまだ続いた。



11:10

 本当に、不思議な光景であると思う。
地中にどれほどの広がりを持って存在しているものか、想像もできないが、どこまで行っても、一枚岩の川が続く。
何万年、いやきっと、何十万年という月日が、この谷をここまで削り取る事に費やされてきたのだろう。

 赤水沢と呼ばれる所以の、やや赤みを帯びた水が、音もなく流れている。
その深さは、大概10cmもなく、なんとものどかな景色である。

 私は、思い出すだけで身震いするような様ノ沢のスラブと比して、この赤水沢に、母性を感じた。
すなわち、厳父 様ノ沢スラブと、慈母 赤水沢スラブの対比である。



11:32

 赤水沢渓谷をさらに進むと、両岸は幾分険しさを増し、スラブらしい壁崖が現れ出す。
それでも、その角度は見た目には穏やかで、ともすれば走り上がれるのではないかと錯覚するほど(試したけど無理でした)。

 既に、河床を歩きはじめてから30分を経過し、スタートからは4km近くを歩いていた。
だが、赤水沢に入ってからは、殆ど疲れを感じない。
月並みだが、疲れを忘れさせるほどに気持ちのよい風景だった。

 困難な沢歩きを覚悟していただけに、この赤水沢の優しさは、とても嬉しく、好ましく、開放的な気持ちにさせた。
楽しい、楽しすぎる赤水沢遡行も終わりが近づいていたが、これならばもっと歩いていたいと思った。




 浅い河床に寝っ転がって、V字に開けた空を仰いでみた。

透き通る晴天に白い雲が遊び、深緑を随所に配した鼠色の稜線が聳え突く。

耳元に、せせらぎの音。全身で感じる水の冷たさ。

なんと雄大で、それでいて優しい景色なのか。

オブロードならぬ、ネイチャーロード!


トロットロにとろけるほど気持ちいい!!





      以下次回。






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