道路レポート  
国道13号線旧線 主寝坂峠 その1
2004.1.2



 この意味深な名の峠を紹介する前に、その歴史に触れねばなるまい。
主寝坂峠。
この道の歴史は、近代交通以前、佐竹藩主義宣の時代に遡る。
それまで羽州街道は、国境を標高1000m近い有屋峠で越えていたが、主街道としては甚だ危険な道であった。
そこで、佐竹義宣は街道をより低い西側へ移す工事に着手。
こうして、1630年頃に生まれたのが、現在の大幹線国道13号線にも引き継がれている、雄勝峠と、主寝坂峠であった。

 峠の名の由来は、こうだ。
この道が開削されてそう経たぬころ、矢島藩の姫君が従者の侍と共に、この峠に差し掛かった。
そこで雷雨に見舞われた二人は、止むを得ず、峠で一夜を過ごす。
深夜、二人きりの心細さから、主従の一線を越え、男女の関係となってしまう。

 時代が移り変わり明治となると、羽州街道は国道の名を与えられると共に、その交通への要求はさらに大きなものとなった。
そして、初代山形県令三島通庸の号令の元、大規模な改修を受けることとなる。
このときの道は、昭和30年代、トンネルを供する現道が誕生すると相次いで廃止され、現在に至る。

峠の主寝坂隧道は、昭和34年竣工。
すでに現役を半世紀近く張ってきた隧道は、増大した通行量にパンク寸前となっており、遅ればせながらも現在、新トンネルの開削工事が進められている。
もう数年で、旧旧道となる定めの主寝坂峠を、紹介しよう。



真室川町 及位
2003.12.19 15:17


 主寝坂峠は現在の地籍では、山形県真室川町及位と、金山町中田を結ぶ。
この日、真室川森林軌道の二度目の調査に時間を要し、最終ターゲットである主寝坂峠に近づいた時には、すでに15時を回っていた。
この時期の夜は早く、4時を回れば、夕暮れが訪れる。
私に与えられた時間は、もう長くない。

新及位(のぞき)を通る主要地方道35号線から、峠のある山並みを見上げる。
そう高くは無いが、そそり立つ黒い森が、集落の裏からせり上がっている。
その山のてっぺんには、一つの電波塔が金属の輝きを見せている。


 新及位を過ぎるとまもなく旧及位に至り、県道は国道13号線にぶつかり終点となる。
ここを左に進めば雄勝峠が、右に進めば主寝坂峠の登りが、どちらもすぐに始まる。
旧及位集落は、二つの峠に挟まれた僅かな平地にある。

右折する。



 右折すると、すぐに登りが始まり、一路峠を目指す。
歩道の無い2車線ぎりぎりの道だが、れっきとした国道13号線であり、昼夜を問わず通行量が多い。
すぐに、道の左側に一つの標識が現れる。
そこには、この道が連続150mm以上の降雨によって通行止めになることが示されている。
片田舎の国道ならいざ知らず、天下の国道13号線にはあるまじき醜態といえる。
事実、過去6回の規制(土砂崩れ含む)による合計通行止め時間は570時間を数え、その経済的損失は6億円超との試算も出ている。
実際、ゲートなどが設置されているわけでもなく、通行止めになっている姿は想像できないが…。
写真のシート式の標識が、「通行止め」を示すのを見てみたい気もする。



現道の登り
15:25
 実は、これまでもこの主寝坂峠は何度と無く通行している。
そして、以前から地図には旧道が描かれているのを知っていたから、その度に旧道の入り口を探してきた。
だが、どういうわけか、発見出来ていなかった。
まさかどこかで合流していないことは無いと思うのだが…。
金山町側の入り口について、今回は決定的な情報を得て来たので、まずは峠を現隧道で越え、金山側から旧道へと入ることに決めていた。
いずれにしても、この探索で全容が解明できれば、幻の真室川側の入り口も判明するだろう。

旧道の入り口ではないようだが、国道の脇に、小さな石の碑が佇むように置かれているのを見つけた。
これなどは、きっと羽州街道時代からあるのだろう。


 高度が上がるにつれ、右手の視界が開け、新及位集落から更に西の大滝方面が見渡せる。
やはり、旧道の入り口らしきものは発見できないが、地図に従うならば、トンネルの近くまで旧道は現道のすぐ左手の斜面に沿っているはずだ。
とすれば、写真の正面の山肌に微かに描かれている雪の線など、いかにも怪しい感じがする。
旧道とはいえ、昭和34年頃までは自動車も通っていた道なのだから、自転車でも通れないほどの登りというのは考えにくい。
そのような条件に合う分岐は、見当たらない。



 直線的な登りだが、道幅が狭く、両脇の緑も濃く、開放感は無い。
むしろ、行き交う自動車のせいで圧迫感すら感じる。
行く手の法面は、コンクリートと雪崩防止フェンスで厳重に固められている。
そこには、先ほど道らしいと感じた線は続いている気配も無く、再び旧道の姿を完全に見失った。
どうなっているのだろうか?
流石に、これだけ探しても見当たらないとなると、不安が高まる。
今回は、自転車ごと旧道を攻略する目的があるのだが、それは難しいのか。



 いよいよ峠が近づいてくる。
桟橋が山肌に架けられ、起伏を直線でショートカットしている。
その袂には、かつてドライブインだった廃屋が、ただ一軒存在している。

この桟橋の山側には、橋が架かる以前の旧道の痕跡がある。
もはや、現道によって地形が改変され辿るすべも無いが、古い石垣が雰囲気を盛り上げる。



 隧道前最後のカーブだ。
トンネル信号のほか、隧道の接近を示す、近年新設された標識がある。
そこには、「トンネル内高さ制限3.6m」の警告が。
この数字も、幹線としてはいささか力不足を感じさせるものだ。



 登り初めから2kmと少し、峠にたどり着いた。
そこには、古びた隧道が待ち構えている。
その手前には、広い路肩スペースがあって、長大トンネルらしい雰囲気を醸し出している。
そして、今までは気が付かなかったが、雪で覆われたスロープが、広場左からトンネル上部へと伸びているではないか!

夏場は草むらに覆われていると思われるが、これが旧道への入り口なのだろうか?
地図とは少し違う気がするが。


 次回、隧道を越え、いよいよ旧道へと進入開始。
お楽しみに。




その2へ

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