道路レポート 宮城・福島県道107号線 赤井畑国見線  <第一回>
2005.6.14


 山行がでも、この道を取り上げようと思う。
近年オブロード業界でとみに人気が急上昇してきた、筋金入りの廃道だ。
その名は、一般県道107号(赤井畑国見線)。

 まずは、その諸元。
全長13239.5mの一般県道である当路線は、その全長を中央の山崎峠で宮城と福島の両県に分けている。
路線名が示すとおり、宮城県白石市赤井畑と、福島県伊達郡国見町藤田とを結ぶ、山崎峠越えの道である。
県道に指定されたのは昭和33年で、沿道には福島県の国見町内の僅かを除いて山ばかりしかない。
唯一、山崎峠の宮城県側には、戦前まで稼働していた三安鉱山跡がある。
おおよそ十数年前より宮城県側の4kmほどがの荒廃が進み、県による通行止めの処置が続けられている。
また、宮城県の資料によれば、当路線の宮城県内延長5228.5mにおける道路改良率は0.0%であり、当然、県下ワーストである。
近接地には主要地方道に指定されている小坂峠(改良済み)や、林道の石母田峠があって、県でも正式に廃道とはしていないものの、さしあたり復旧させる予定もないようである。(参考URL:http://www.pref.miyagi.jp/kohou/ombudsman/h13/h13_jirei07.htm 宮城県ホームページより)

遠方に住み、この土地に明るくない私であっても、この道の廃道化の流れは、納得できる気がする。
つまりは、鉱山開発をあてにして県道指定したものの、その開発はうまくいかず、その後隣接地により通りやすいルートが開通するに至り、道自体の存在意義が極めて薄れているのだろう。
なんせ、地図を見ても沿道には人口が皆無なのだ。(国見町藤田地区を除いては)

この、殆ど無名に近かった山崎峠の名が、ここ数年来、オブローダー達の間で話題になっている。
福島道路界のドンsunnypanda氏の『sunnypanda's ROADweb』が詳細なレポートを公開したのがはしりとなるならば、
業界最大手『ORRの道路調査委報告書』のへなり氏によって成されたバイク走破は、多くのファンの度肝を抜いた。
そして、沿線にただ一つ存在する隧道:七里沢隧道 の異形を、衆知のものとした。

その後も、幾多の猛者達によって峠へのアタックは続けられ、優秀なレポートが多数輩出されつつあるが、山行がとしては、かなり遠方と言うこともあり、二の足を踏んできた。
しかし、2005年の3月末にやっとその機会を得、勇んで突入したものである。
なお、足は毎度のMTBであり、単独行となった。
そこで私は、全身がユルユルになるほどの衝撃を食らうことになる。
そして、一応無事に帰宅するにはしたものの、直後にこんなものを作ってしまうほどやられた。

優秀な先人達のレポートの後では、いささか立つ瀬が狭いものの、山行が流山崎峠攻略を、とくとご覧頂きたい!


 


 山崎峠 福島側 
2005.3.24 11:15


 結論から言うと、山崎峠の福島県側は全線通行可能である。
峠付近で伐採が行われており、残雪が路肩に積まれた砂利道をダンプが唸りを上げて通過している。
私は、赤井畑の起点から宮城県側の5km足らずを3時間かけて通過、というか、突破した。
その先に待ち受けている福島県側の下りは国見町のJR東北本線藤田駅前まで6kmほどであるが30分を要さなかった。
未舗装の県道というのも、まあそこそこ珍しいが、まあ、世間で言われているような極廃道は、宮城県側である。

では、早速だが、国見町へと下っていこう。
お楽しみは、次回以降たっぷりとな。



 山崎峠の国見町側は、山体の南側斜面につづら折りを繰り返しており、総じて勾配は厳しい。
峠の海抜が460mそこらなので、まあ里山の程々の峠なのだが、高低差の割に距離は短いので、愛車の死んでいるブレーキパッドは、いよいよ基部の金属がリムとこすれて、立ち止まると焦臭さが鼻についた。
いやはや、換えのブレーキパッドを忘れた上に、工具も無く、いざとなったら、チャリから飛び降りて停止(停車ではなく…苦笑)する覚悟であった。
冗談抜きで、8代目ルーキー号の末期の走りは、いつも故障と戦っていた感が強い。
某林鉄跡で遂にクラッシュし、廃車となったのはこの一ヶ月後だった。

無駄に命懸けになりつつ、つづら折りを三つ四つと、こなしていく。
まもなく、南側斜面の雪は消えた。


 五つ目六つ目と、急角度のスパンの大きめなつづら折りが続く。
所々には、5角形の県道標識が立っているが、福島県ではその盤面に路線番号ではなく、路線名が記されているものが主流らしく、どうも違和感を覚える。
周りの林相は松が主力で、これもまた、秋田県内だったら海が近いかと思えるような景色だ。
ブレーキに不安を抱え、ときおり速度をセーブする為に靴で地面を擦りながら、それでも時速30km以上での走行が延々続く。


 いよいよ勾配がゆるみ始めても、まだ集落ではなく、眼下に現れたのは果樹園だった。
まだ葉も付けていない樹木の間に脚立を立て、なにやら作業を続けるオヤジの姿が、見下ろせた。
大音響の演歌がラジカセから山間に鳴り響いているが、まあ、クマ除けの意味もあるのだろう。
しばしリクエスト外の演歌を聴きながら下る。





 峠からの景色もなかなかだったが、山崎峠でのベストビューポイントは、この辺にありそうだ。
伊達盆地から背後の阿武隈高地までを一望の下に見下ろせる。
かつて城下として栄えた国見町は、随所に緑がこんもりと山をなし、箱庭のような美しさである。
そして、そのたおやかな景色をビシッと引き締めるのが、大河のごとく山肌をうねる東北自動車道の偉容である。
平日の日中であるにもかかわらず、4車線の高速上に車の姿は途切れない。
それは、私のような裏日本に住まうものには新鮮な眺めであり、ここが国幹に位置する場所なのだと言うことを強くイメージさせられる。
高速道路の外にある景色は、故郷とそう変わらないものの、同じ東北でもここは秋田よりも、むしろ東京に近い東北なのである。

私の自力による(チャリによる)福島県入りは、栗子峠に続いて、まだ2度目に過ぎなかった。故に、やや感傷に浸ってみた。
山崎峠もまた、国境の峠なのだった。


 舗装が回復した県道は、リンゴ果樹園を縫うように、相変わらずつづら折りを繰り返す。
峠付近でダンプと一度すれ違った以外は、一切対向車なし。
さすがに、不通の県道だ。

 峠から下ること5kmで、いよいよ東北道を跨ぎ、集落へと接近する。
その直前にて、福島側の道中でただ一箇所の、通行止め告知があった。
看板は2枚で、一つは冬場だけ設置されるもののようだ。

冬期間通行止めなのは分かるのだが、時期が特に指定されていない辺りが、投げやりである
そして、通り抜け困難と言う表現は、ドライバー(ちょっと腕っ節に自信のある)に少し、通り抜けを期待させやしないかと、いらぬ心配をしてしまう。
まあ、もう一枚の標識が、しっかりと通行不能を示しているものの、こちらはこちらで、痛みが進んでいて、余り目に留まらない。
ちなみに、この古びた標識に示された通行止め区間は、宮城県境までの5kmと言うことになっているが、現在本当に荒れているのは、宮城県側に他ならない。
以前は、こちらも相当に荒れていたと言うことなのだろうか?

 

 高速を跨ぎ、2車線幅となった舗装路を最後の下りとばかりに快走すると、直ぐに郊外の田園となる。
ちょうどここからは、間近に高速道と東北新幹線の立体交差が見える。
またしても、国幹を印象づけられる景色だ。

背景には、奥羽山脈の前衛である半田山(863m)が、まだ冬景色のまま取り残されている。




 沿道に現れた人家や車通りに、数時間ぶりの生還を噛みしめる。
山崎峠の惨状は次回以降に詳しく紹介するが、それはそれは、酷いものであった。

東北本線を平面交差して、藤田駅に着く。
また、この辺りの字名は山崎といい、峠の名もここから取られたものと推測される。
ここにある県道標識の補助標識には、「赤井畑11km」と示されているものの、素直に進んでも辿り着けないので注意。


 町内で本県道は何度も直角のカーブを描いている。
一応カーブのたびに県道標識が行き先を示してくれているが、実際の集落内の往来は、県道とはリンクしていなそうだ。

写真奥の水色の屋根が、藤田駅である。
私は、少しの後、この駅でチャリを畳んで、白石へ向けての輪行についたのだった。




 県道の終点は駅前ではなく、国道4号線との交差点である。
駅からは2kmほどの道のりで、一部は旧4号線が指定されている。
この区間は、全線が市街地であり、通行量も多い。活気もある。
本県道では、唯一の元気な区間である。

電車時刻が迫っていたので、私は旧国道との接点であるこの交差点で、ターンした。

赤井畑(起点)からこの国見町の交差点(国道バイパス化前の県道終点)まで約13km、自転車で3時間30分を要した。






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