「これが、廃坑だ!」
これが何処かというご質問には、お答えできません。
某県 某廃鉱山


 実名公開は色々な意味でヤバイ。


ということで、お蔵入りが決定的だったレポートを、匿名という条件で公開することにした。
2004年末、更新ペースを息切れさせてしまったにもかかわらず、毎日お越し下さる皆様への、ささやかなプレゼントである。

くれぐれも、これが何処かという詮索はなさいませんよう…。






 ここは、昭和初期の地図に記載された金属鉱山。
極めてアクセスしにくい山中に、坑口が口を開けている。

わたしと、もう一人の仲間は、好奇心の赴くままに侵入する。
明らかに廃坑である。
これが、生涯初の、生の廃坑(観光坑道除く)侵入である。

※画像はコンピュータ処理をしています。




 うまれて初めて見る、リアルな鉱山。
中に誰もいないのは間違いないが、外にも誰もいない。
一体は、完全に無人の山中。
もはや、このような坑道が口を開けていることすら、誰も知らないのではと思われるほど。

入口付近は、水深30cm程度の水没。
元来は外へ排水されるべき湧水が、右側の側溝から溢れ、一体を泉に変えている。
側溝と、歩道部分は電線や蛍光灯が付けられた棒で仕切られている。
歩道部分は、ちゃんとコンクリートで舗装されている。
全幅1.5m、高さ2.5mほどの、歩行用の坑道である。

眼前には、当たり前のように、どこまで続くとも知れぬ暗闇が。
私と、仲間は、興奮を抑え、一歩一歩進む。






 入り口から間もなく、水深は浅くなる。
小さな広場があり、そこにはかつて分岐が存在した痕跡。

なぜ、塞がれているのだろうか?

過剰と思えるほど、しっかりとコンクリートで塞がれた分岐。
我々には、何一つ手がかりはない。

まっさに手探りの冒険。
危険と、法を犯す、褒められぬ冒険。



 分岐跡の先も、左の壁だけは、コンクリートで覆われている。

その上端付近、ちょうど床から2mほどの位置、素堀の天井との間に、高さ30cm、幅1mほどの空隙がある。

もしや、壁の裏があるのか??

不可思議な坑道、背徳の興奮に、早くも心臓がドクドク。

いままでない、体験だ。



 この鉱山については余り詳しく書くことは出来ないというよりも、詳しくは分からない。
ただ、藩政時代より稼働のあった鉱山地帯の一つの坑道であると思われ、最終的に昭和中頃までは採掘が続けられていたと思う。
規模が大きな鉱山では、坑内鉄道を通じたりということがよくあるが、この坑道は見ての通り、狭い。
それほど深いものではないのかも知れない。

写真は、稼働時期の重要な手がかりになりそうな、坑内照明のシール。
そんなに古くないな。
錆が著しく、もう点灯はしないと思うが。




 床の水は引いたが、坑内は非常に湿り気を帯びており、フラッシュを焚くと視界がホワイトアウトする。
内部は、小刻みなカーブを描きながら、一様に素堀のまま続く。

おおよそ100mほど進んだろうか。
景色に変化が現れる。




 直進の素堀と、右折のコンクリート坑道。

現れる景色全てが新鮮だ。
普段は一般人の目に触れることがない、鉱山の世界である。

とりあえず、右の穴を覗いてみる。



 そこは、コンクリートに覆われた空間であった。
意外な光景は、それに留まらない。

垂直の坑道が、遙か闇の底へと続いているではないか!


こ、これが、鉱山の世界なのか…。
未知の世界って、本当にエキサイティングだ。




 うわー…、 

闇の奥まで竪穴が続いている…。

金属製の梯子に、金属製の足場を交え、2メートル四方の直方体の空洞のどこまでも、梯子が続いている。

さささ、さすがに…
さすがに、これは恐くて降りられないな。
鉱山初心者には、竪穴はキツすぎる。
何が恐いって、腐食しきった金属の梯子と、それを支える金属の土台、そして、低い位置にはガスがあるかもしれない。

早くも、素人にはどうしようもない展開。

「これが、鉱山だ!」
と、
大見得を切られている気持ちになった。





 梯子の傍には、配電設備と思われるものが朽ちるに任せていた。
そのうちの一つを開けると、中には懐かしい黒電話が。
殆ど利用されたことがないような美品に見えた。

さて、ここを後にして、通路へ戻る。





 直進の通路も間もなくご覧のようなコンクリートのトンネルとなった。
がっちりと固められており、崩落の危険は感じないが、非常に狭く、閉所が苦手な方には耐えられまい。
なんといっても、立ったままだと頭を摺るほどに狭いのだから。

狭い無機質的な通路は、グネグネと蛇行しながら、おおよそ100m続く。

二人は、躊躇わず奥へと進む。
狭いのは平気だ。



 行き止まりである。

予想外の形で、ブツリと通路は途切れていた。
狭い通路は、そのままの広さのまま、突然終わっていた。
何とも怪しい色合いに地下水で変色した壁。
大量のコンクリート鍾乳石が壁を覆う。

一体、この狭い通路は何故に存在するのか?
これは、後から無理矢理閉鎖されたということなのだろうか?
元来は、もっと先まで続いていたのかも知れないが、無機質的なコンクリの壁に、施工の違いは見分けられない。



 だが、これで終わりではなかった。

行き止まりの手前で、もう一本の通路が左に分かれていたのである。
手違いで、分岐の写真を取り忘れていた。

この写真は、分かれた先の通路のものだ。
微妙に先ほどの通路よりも、幅が広い。
坑道は、概ね南下しているが、蛇行が多く、既に方向感覚は失われつつある。





 …これは、まさにダンジョンだな。

坑道は、隧道とは違って、直線的でないことが多い。
それは、掘られた目的が違うからに他ならない。
隧道は、目的地同士を最短で繋ぐための通路なのに対し、坑道は、鉱石を掘り出すためのもの。
すなわち、鉱脈に沿って掘られるのが一般的だ。
故に、断層などがあれば鉱脈に合わせ蛇行もするし、鉛直方向の掘削もままあることなのだ。




 素堀があり、またコンクリ巻きになる。

この坑道は、観光坑道でもないのに、想像以上によく旧状を保っている。
というか、殆ど稼働時そのままの姿と言っていいだろう。

あくまでも私の個人的な感想であり、余り深くつっこむと現地を特定されかねないのだが、この坑道は、近年になって近隣で行われた巨大な土木工事の影響を受け、坑道としての必要十分以上に補強されたことがあるのではないだろうか?

なんのことか分からない?
それで良いんです。
堪忍してください。(笑)





 で、再びブッツリと行き止まり。

なんとなく、ある地中の“面”よりも奥には行けないようにされているような、そんな気も…。

この場所が、今回到達した範囲での最奥部であり、おおよそ坑口からは300mほどだろうか。
実際に探索に費やした時間は、入洞からここまで10分ほどであった。



続く

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2004.12.30