日山隧道
人知れず朽ち往く峰越隧道
山形県 最上郡鮭川村〜同郡真室川町
 
<後日追記>

当隧道の正式な名称と竣工年度および林道の名称を、『山形の廃道』サイトの作者fuku様よりご教授いただきました。
ありがとうございます!

名称:日山隧道
竣工年:昭和9年
林道名:西郡林道
 以上の内容を踏まえ、レポート本文を一部手直ししました。
2003.6.23追記

 山形県は最上郡の山中に人知れず朽ち行く隧道がある。
その名を、日山隧道という。
鮭川村西部の山間部を激しく蛇行しつつ流れる、その名も曲川。
その曲川沿いに点在する隠里のような山村地帯が西郡である。
西郡から標高294mの小山である日山の真下をくぐり、真室川町へと抜ける林道は西郡林道と呼ばれるが、そこに廃隧道がある。
他に迂回路のない隧道が廃道化しているのだから、これは比較的珍しい。

考えられる理由は、あまりに通行量に乏しく自然消滅的に朽ちて行ったか。
それとも、…災害などによる甚大な被害による“突然死”か。






 この峰越の隧道に迂回路はない。
故に、万が一通行できなかった場合のことを考えたアプローチが望ましい。
そう思い、当初、交通の便が良い真室川町側から鮭川村に抜けるコースを狙ったのだが、この写真の場所の先にどうしても目的の道を探し当てる事ができず、やむなく、計画を変更して、はるばる鮭川村へと南下する羽目になった。
…実は、隧道へと続く正解の道は、この写真に写っていた。

 左に写る農機小屋のような建物の手前の駐車スペースの左にさらに、林道が伸びていたのだ。
さすがに…気づかなかった(不覚!)


 鮭川沿いの良く整備された村道を南下し、岩下という場所から県道58号線に入る。
西へと進むと間も無く小さな峠を越え、曲川という目指す西郡地区の玄関と言える集落へと到着した。
途中の小さな峠には、私の手持ちの地図には小さなトンネルが描かれていたが、どうやら切り通し化されてしまった様である(残念!)

 さて、この曲川集落だが、この地へをはじめて訪れた私の驚きは、本物であった。
なんせ、“こんなところに人が住まう集落が…”と言うのが、失礼を承知で言わせてもらう、正直な感想である。
現地の地形は、まさに、山中の小盆地であり、まるで…忍者の隠れ里のようである。
県道377号線と言う、舗装されているとはいえ何とも頼りない道(勿論1車線)がメインストリートであり、商店は一軒も見当たらなかった!!

 どうして、こんな事で驚くのだろう、と、怪訝に思う方もおられるかもしれないが、次の写真を見ていただきたい。



 これこそ、隠れ里!!と言うような風景ではないか!
これとて何の変哲もない日本の原風景であろうが、私には、やはり、別世界のように映った…。

 秋田県には、実は、あまりこういう立地の集落はない。
それは、秋田が都会なのでは決してなく、昭和40年代に県内に吹き荒れた『集落再編成事業』のために、僻地集落の殆どが集団移転の対象となり、半ば強制的に、廃村となったためである。
このような景色を県内で見たのは、…阿仁町の有名なマタギ由来の集落“根子”以来であったと思う。
 山形県のこのあたりの経緯は分からないが、秋田県以上に、このような風景が現存しているとしたら、なんとも、うらやましい限りである。



 県道377号線を曲川に沿って北上する。
この曲川は、その名の通り、すさまじい蛇行を示す。
川沿いを北上、と書いたが、実際は、小さな峠を幾つも越えている実感しかなかった。

 この川が西郡川へと名を変えるあたりに、さらに小さな木ノ根坂と言う集落があり、さらに北上する事約1kmで、いよいよ、目的の隧道へと至る林道の入り口である。
 一帯の道は、ご覧の通りの狭さで、県道とはいえ、ヘキサの一つも見当たらない。
通行量もそれ相応なのだが。
ちなみに、今回は見送ったが、このまま県道を北上すると、いよいよ道は山中で消滅してしまうようである。


 林道への分岐点にも、全く道しるべとなるようなものは見あたらなかった。
地図を良く見て進入すると、間も無く道は西郡川を渡り、そのまま砂利道に変わる。
思っていたほど荒れている様子はない。
現地に表示はないが、西郡林道というらしい。

 さらに進むこと1.5kmで、この橋を渡る。
これより道は沢よりはなれ、峠に向けて、本格的な登りへと入る。

 登りが続くが、思っていたほどきつくはない。
なんせ、廃トンネルを頂点に持つ道と言う事で、前後には険しい廃道を覚悟していたので。
ただ、この時期(5月上旬)はまだ下草の伸びる前なので、夏場がどういう状況であるかは分からないが、いずれにしても、それほどの急勾配や急傾斜地は見当たらず、森の中をじっくりと登っていくタイプの峠だ。
視界は殆ど効かない。


 あまりたいした予感も感じないままに、突如にそれは目の前に現れた。

明らかに、廃隧道の姿である。
隧道の直前まではわずかばかりの往来があるらしく(多分山菜狩り目的だけだろう)、やや廃れたくらいの林道であったが、ここにきて、長い間の閉鎖を感じさせる道の姿である。
隧道の入り口には、ひしゃげたガードレールが立ちふさがり、何の警告や掲示もないものの、“通行止め”を示していた。

 毎度の事ながら、私はここでしばし沈黙。
この“廃”の空気を、満喫した。

 それでは、いざ探険開始である!!



 隧道上部は、たいした標高差もない稜線である。
この稜線は、すぐ近くで日山(標高294m)と言うピークを持つ。

 何ともそそるのがこの標識。
雪崩にでもあったのか、酷く倒伏しているが、比較的近年までこの隧道が利用されていた事が感じられる。
標識下部にある『自主規制』の文字が泣かせるではないか。
…当然、自主規制などできるわけもない私は、内部の探険へと移った。

(実はこの内部調査を決行する段になって、チャリが故障してしまった。
結局この故障から2ヵ月後にこのチャリは廃車となるのだが、その一連の故障の始まりが、今思えば、このリアディレイラー破損であった。
何か、因縁があったのか?! 突入のために漕ぎ出した瞬間の突然の破損であった…。)



 突然のチャリの故障により、これ以降は、“押し”によるレポートである。

 外から覗き込んだ内部の様子。
直線の隧道は短く、すぐ先に出口が見えた。
路面や内壁の様子は、相当に荒れ果てているようで、通行止めもやむなしと感じられた。

 通行止めになった後にこれだけ荒れ果てたのではなく、多分、通行量が少ない事から自然に荒れ果てたものであろうと推測する。
この一帯の人口密度や、前後の道の狭隘さなどを考えると、たとえこの道が日山を隔てた集落間の最短ルートであったとしても、利用者が多いとは考えにくい。
崩落の危険を伴う往来を『自主規制』に委ねるのどかな日々に終止符が打たれたのは…、推測だが、1996年頃ではなかったろうか。
この年は、北海道のあるトンネルの悲惨な崩落事故の余波が全国を駆け巡り、、全国的にトンネルの安全調査が実施された年であった。
秋田県内でも、この時に封鎖された隧道が幾つもある。(その一つは、現在は県道322号線として立派な新トンネルが開通した、西木村の尻高隧道である、閉鎖後取り壊し前に一度通ったが、この日山隧道に良く似た状況であった。)

 内部に入ると、その荒れ放題振りはもろ、走りにくさに直結し、見た目以上に長く感じた。
まるで鉄道隧道のような狭さだが、紛れもなく、車道由来の隧道である。
特に私が進入した西郡側の内壁の崩壊ぶりは酷く、完全に崩れた内壁からは土砂が大量に流入していた。
雨漏りも峰越の隧道としては異例に多く、一部ではチャリのペダルまで水没するほどの水位にまで水溜りが成長していた。


 背中になにやらえもいわれぬ不快感を感じながら、急いで出口へ向かった(何とも不気味な隧道であった)。

路面はコンクリで舗装されているようだったが、泥の堆積が進んでいる場所もあり、一筋縄ではいかなかった。
内壁を巻いているのはコンクリであるが崩れた部分にはレンガも見受けられたので、一帯いつ頃の竣工なのか大変興味深く感じたが、後日昭和9年の竣工という情報を得た。
やはり、有数の古隧道であったわけだ。

意外な場所に、意外な隧道があるものよと思う。


 やっとか脱出!

 真室町側から見ると、それほど荒れているようには見えない。
しかし、スノーシェードや落石よけとして機能していたであろう鋼鉄の屋根が、不相応に重厚である。
扁額も見当たらず、坑門もはっきりしないが、この、あとから追加されたふうな屋根を取り除くと在るのかもしれない。


 完全に脱出し、少し離れて撮影。

 真室町側も、隧道までの林道は結構しっかりしており、ご覧のようにこの日も山菜を満載したトラックが停車していた。
やはり入り口にはガードレールが設置され、通行止めである。


 隧道出口から見た、真室町側の広大な眺め。
左に見えるのが下ってゆく林道である。
自走不能となった、お荷物チャリくんに跨って下った下りの記憶はあまりないが、殆ど押さずにすんだので、結構急であったように思われる。

 下に下りてから、国道344号線をJR真室川駅まで押して歩いたが、これは苦痛の一言では片付けられない、まさしく、「激しい苦痛」といってよい道行であった。




 多分、この隧道には将来はもうない。
大規模に改修してできない事もなかろうが、それだけの巨費を投じることは議論の多い今日では難しいと思うし、その要望もなさそうだ。
比較的珍しいように思われる、峰越の廃隧道が生まれた立地は、代替のルートすら必要とされないような僻地であった。

人知れず消えゆく隧道と、
 …今は亡き、あのチャリへ…しばし黙祷(笑)。




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2002.7.22/2003.6.23手直し

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