安房白石隧道(仮)  中編

探索日 2009.3.18
公開日 2009.4. 8


百年閉塞隧道の真景


2009/3/18 15:24

まだこの探索を開始して3分しか経っていないが、もう私は目的の坑口前にいる。

だが、幻古の隧道へと繋がる坑口は、百年の月日を体現する重い土の底に沈んでいたのである。

岩と泥の隙間に残された開口部は、幅にして1m、高さは30cm程度に過ぎない。




今まで新旧活廃織り交ぜて様々の隧道に潜ってきた私であるが、これほど精神的なハードルの高いものは稀である。
この隧道に潜って得られるものは、おそらく「潜った」という実績だけだろう。
反対側へ通じていて抜けられる可能性は、この段階で既に限りなくゼロに近い。
「交通」のための「隧道」としては、入る価値ゼロといっても言い過ぎではない。

しかも、「得られない」だけならばいざ知らず、失う危険もある。

廃隧道はいつだってリスキーだが、ここは得体の知れなさを含め、ハイリスクだ。




まるで、廃隧道のリスクデパート。
落盤、滑落、酸欠による窒息、マムシ等の生物害。
いずれも命に関わるものである。

だが、それでもこの身をもって確かめなければ気が済まないのは、私の病的な由縁である。

物理的に、奥まで体を滑らせるだけの余地がある。
もちろん、戻ってこられる手掛かり、足掛かりもある。

故に、私は全ての不快を一時滅却し、泥にまみれる覚悟をした。

というか、この写真の左下に長靴の先端が写っている事からもお分かりの通り、もう半身以上突っ込んでいる…。




開口部の狭さに応じて、装備品の取捨選択がある。

今回のサイズの場合、リュックは文句なく外待機となった。
また、腰のカメラポシェットははずしたうえ、手で引っ張って入洞。
ヘルメットは着用が可能だった。(さらに狭いと敢えてヘルメットを外して入ることもある)

また、普段のヘッドライトの他に、緊急用のSF501も点灯させて、暗さから来る不安の払拭に努める。

下半身から先に後ずさりするように俯けで進入するのは、万が一の落盤や害獣に遭遇した場合でも、リスクを減らす意味がある。
そもそも精神的に、下りの穴へと頭から入っていくのは難しい。






濃すぎるコーヒーのような異臭が鼻につく、洞内。

ここは、外から覗き込んだときに見えていた“広間”である。

開口部よりはだいぶ広いが、それでも這い蹲って移動するのが精一杯。
なんとか方向転換をして、隧道深部に頭を向ける。

ひと言で状況を形容するならば、滅茶苦茶。

地図に描かれていた以上、これが目指す隧道の痕跡なのは間違いないが、既に人工物の表情は少しも留めていない。


しかも、
厳密には隧道ではないとも思える。




四方の壁の全てに人工的な痕跡が無く、しかも極端に低い天井からは、左図のような状況が想定される。

これでは、壁面も天井も洞床も全てが崩落によって生じた「自然面」ということになり、そこに人工物の痕跡を見出せないのも無理はない。

崩壊隧道で、落盤によって生じた天井裏の空洞から反対側へ抜けられる事があるが、この隧道の場合、最初からこの“天井裏の空洞”なのである。

これを隧道と呼べるかは、正直微妙だと思う。
正確に言うなら、隧道の崩壊によって生じた洞窟地形なのである。




いたいた。

可愛い隧道のぷにぷに達。

最近私は気付いたのだが、「コウモリがいる=酸欠の心配なし」ということじゃないだろうか。

よく昔の鉱山師たちが、酸欠の危険を察知するため坑道に小鳥を連れて入ったなどと言う話があるが、コウモリは洞窟に特化した生活をしているとはいえ、小鳥よりは人間に近い哺乳類である。

そんなことを思うようになってから、コウモリがますます可愛く思うようになった私である。
とりあえず、いくつもあったリスクの一つは回避された…。




瓦礫の山を越すと、やや状況が落ち着いてきた。

しかし、相変わらず天井が低く、しゃがんで歩くのが精一杯だ。
これでも、この隧道の中では平穏さを感じられる場所…。

それにしてもこの低い天井、滑らかに見えるが、本来の天井面を少しは留めているのだろうか。
また、洞床が平坦なのも異様だ。

もともとこんな天井の低さだったなら前代未聞だが、洞床はよく締まった土で、奥から手前にむけ水の流れた痕跡がある。
今までこんな状況は見たことがないが、おそらく下の図のような状況なのだろう。

なお、コウモリのコロニー?に対応してグアノ(糞)が堆積しているほか、随所に崩れた跡もある。
写真中の☆印は、次回の撮影ポイントを示している。



想定される隧道の断面状況。

最も狭い坑口部および入洞すぐの大崩壊地点が、ある種「ダム」の役割を果たし、現状の洞床となっている土砂をせき止めているのではないかと思う。
洞床の平坦さや、流水跡に見える微妙な仰ぎ(上り)勾配も、この推測を支持する。


ということは、

少なく見積もっても、2〜3mの厚さで堆積しているこの膨大な土砂の出所として考えられるのは……


絶望。




予想外の展開といえるかも知れない。

先ほどの図のような状況ならば、進むほど洞床は天井に近付き、最後は、地表近くの土砂を洞内へと招き入れるほどの、“特大の落盤”で閉塞している(すなわち「絶望」}と予想されたのだが…。

予想に反し、

空洞はさらに広くなってきた。

まだ立ち上がって進むことは出来ないが、中腰になることが出来る。
猫背で暗い洞内を歩いていくと、遙か古代の洞内生活者…クロマニョン人にでもなったような気分。

無理な姿勢のためか知らずのうちに汗を掻いており、咄嗟に拭った手が泥臭すぎて嫌だった。
少し広くなろうとも、相変わらず風もなければ、当然のように光もない。
振り返ろうともそれは同じ。

…色んな意味で辛い洞内。




天井は少し遠のいたが、依然として洞床に水の流れた跡があることに注目。

ここから考えられる状況は、左図のように、隧道自体が洞奥に向かって上り勾配になっていたということ。

そもそもこの隧道は全長100m程度と想像されるが、北口の位置がまだ分からない以上、洞内勾配についても外からは想像できない部分。
地形図を見る限りは、白石峠自体は典型的な南高北低の片峠なので、北口の方が低い位置にありそうなのだが、隧道に関しては逆のようだ。
(そうすることで、少し隧道の延長を短くできたかもしれない)




「2つめの☆印」 まで来たところ、嫌らしいものを発見…。

マリモを集めたような白カビが、群生している。

普段なら別にどうって言うことは無いかも知れないが、今回の隧道は極端に洞床が近い状況!
しかも常にうつむき加減で、ときには四つ足で進まねばならないという状況!

こんな状況でグアノも“たいがい”なのに、得体の知れない何か(グアノ?)を養分に育つ白カビ群落は、嫌らしい障害物だ。


しかも、気付けばコウモリ達がいないよ…。


空気… 

空気は平気?
さすがに白カビは、私の酸欠バロメータにはならなさそうだぞ…。




うわー…


また、平穏じゃなくなっちまった…。



まるで外から土を運び込んで埋め戻したかのような“埋まり方”だが、そうではないことは、大きく抉れ落ちた天井の姿からも一目瞭然。

地層の方向に引っ張られるようにして、異常な崩れ方を見せている。

入口付近にはあれだけいたコウモリも一匹もいないし…、なんか蒸し暑いし……。

禍々しいものを感じる。




瓦礫の山を四つ足で進んでいくと、白カビの群落が方々に現れ始める。
いったい何を養分にして育っているのかと、得体の知れない気持ち悪さを感じ始めた矢先、 出ちゃった。


 ぬこ。


これは、酸素OK。

酸素オッケー確定だよ!!!


先ほどのカビ画像にモザイクかけないと…、ホントお食事中の方はごめんなさい<(_ _)>
でも、ここを這い蹲って探索した私に気持ちを汲んでくれ…。




お馴染み、「隧道ねこ」。

和名、ハクビシン。
学名、Paguma larvata

ハクビシンを「隧道ネコ」と呼んだのは私の趣味だが、一応まじめに「ネコ目ジャコウネコ科」に属する生き物ということで、ネコ仲間。

…つうか、お前本当に日本中の廃隧道にいるな。

好きなんだな。隧道が本当に…。  可愛いよ。隧道ねこ。




しかし、隧道ネコはいつだってそうだ。

外敵のいない廃隧道で悠々自適に暮らす彼には、突然の訪問者に対する抵抗という選択肢はないらしい。
私に対しおびえた視線を送っていた彼だが、さらに私が洞奥へ進もうと前に出ると、すぐさまその身を翻し、太いしっぽを揺らしながら奥へと消えていった。

彼と再会するときがあるとしたら、それは隧道閉塞の場面であろう。


…ずいぶん糞が落ちているけど、何食べてるんだろう。
坑口に足跡は見えなかったが、まさか洞内だけで生活が完結している事はないよな…。
奥に大家族がいたら、ちょっと怖楽しいな…。




瞬く間にいなくなったハクビシンを追って、さらなる洞奥へと進む。

【廃隧道探索の動画】

洞内の状況は、なお悪化の一途を辿っている。
もはやいつ閉塞が現れても不思議はない状況だし、心の中ではそれを求めている私がいる。
いつ天井が剥がれて落ちてきても不思議はないのだろう…、この状況を見る限り。

壁や天井に現れている模様のせいで、写真では水平に見えるかも知れないが、実際には奥に向かって登っている。
この洞内に、1mとして本来の姿を留めている場所はない。
明治時代にごく短期間で廃止された理由は、もう明らかだ。

隧道向きの地質といわれる房総半島だが、例外も当然あったのだ。




もう、どこで引き返すかを真剣に考えている私がいる。

正直、ここまで本来の痕跡を留めていないと、何かを見付けられるという期待感は皆無だ。

折り重なる崩壊と、それに伴う天井の拡張のため、当初の隧道の位置を無視して上へ登っていることは明らか。
これ以上進んでも、ただ地中で絶命するリスクが増すばかりだ。

彼が逃げていった以上、酸欠は無いかも知れないが、この壁も天井も、いつ崩れ落ちてきても不思議はない。
私のような“大型獣”が入り込んだ事など、絶対にないはずだ。




それでも、空洞が続いている限り、決断を下すのは難しいだろう。

自分の意志の弱さを知っている私は、なお能動的に体を前に進めつつも、極めて受動的に“その場面”を待っていた。


坑口からは、少なく見積もっても40m。おそらく5〜60mは既に進んでいるはずで、そろそろ“決着”が付くはずだ…。



この辺りで何気なく撮影した写真を帰宅後に確かめてみると、
そこには一時期テレビなどでも話題になった、21世紀のUMA(未確認生物)の姿が。

発祥の地アメリカでは「flying rods」と呼ばれ、日本ではスカイフィッシュと呼ばれた、アレだ。


…初めて見たよ。


明治時代からの生き残りか…(笑)。

ハクビシンはスカイフィッシュを食べて存命していた可能性が高いな、これは。




15:37

入洞から12分を経過…。

うーわ…

これは遂に、終わりです。

本来の位置から逸脱して拡散し始めていた空洞だが、遂に入り込めないほど狭くなってしまった。
幅だけは異常に広がっているが、どこにも隧道の面影はない。

そして写真では分かりにくいが、SF501で照らすと、この上端部分が閉塞しているのが見えた。





末端部を図にすると、こんな感じである。
滅茶苦茶に崩れまくった結果、先細りの空洞は遂に、地上に出ることなく終わった。

白石峠を貫く幻古の廃隧道。

その現状は、あの坑口の姿に集約されていたといって良さそうだ。
今回無理矢理入り込んだ私が得たものは、隧道の好きの仲間たちとUMAとの遭遇だけで、具体的な隧道のスペックなどを知るための遺構は皆無だった。
…まあ、閉塞確認も一応成果のひとつだが…
それは最初から分かっていたよ…。




 そして当然、  “彼” もここに…。







次回は「後編」として、期待度の低い北口の捜索(苦笑)と、

誰もが気になる隧道の正体について、可能な限りの考察を行ってみる!








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