全長150mの廃木橋が
秋田県内にあるらしい。
これは、秋田県在住の盟友ミリンダ細田氏が仕入れていて、秋田へ帰った私に教えてくれた情報だ。
当然、我々はそこへ行くことになった。
はたして、現存すれば自己最長ともなりうる「全長150mの廃木橋」は、いかなる姿を晒していたのか。
つか、150mってマジ? ただ事でないぜ??
全長150mの廃木橋が
秋田県内にあるらしい。
これは、秋田県在住の盟友ミリンダ細田氏が仕入れていて、秋田へ帰った私に教えてくれた情報だ。
当然、我々はそこへ行くことになった。
はたして、現存すれば自己最長ともなりうる「全長150mの廃木橋」は、いかなる姿を晒していたのか。
つか、150mってマジ? ただ事でないぜ??
2009/7/1 4:16
ここは、我々の自宅がある秋田市から65km南に位置する南由利原高原。
細田氏が運転する車は、まだ日の昇らぬ薄暗い現地に到着。
明るい時間だと、人に見られる危険がある。
そんな後ろめたい判断から、この時間を選んだのだった。
ちなみに、細田氏はこの探索の後に普通に勤めに出るという。
細田氏も現地へ来るのはこれが初めてらしい。
車の入れない道を歩き始めるが、最初のうち我々は迷ってしまった。
細田氏は、秋田魁新報(秋田の地方新聞)の紙面に細田氏がこの廃木橋の記事を見つけて以来の数ヶ月間、私が秋田へ帰るのを待っていた。
橋はこの秋にも撤去され架け替えられる見込みだという。
それだけに、彼は気が気でなかっただろう。
無論、その気持ちは私とて変わりはなかった。
全長150m云々という情報も、その記事がネタ元である。
橋は既に通行止めとなって久しいらしく、かなり荒廃も進んでいるとの情報だった。
それだけに、秋を待たず撤去されている可能性もあった。
先を行く細田氏は、結果を待ちきれないのか、早足からおもむろに走り始めた。
私も当然その後を追う。
彼と我々はこのパターンで前に一度、痛い目を見ている。
新聞記事をネタ元に現地へ行ったら、橋は既に撤去されていたと云うことが。(→レポ)
ちょ! ちょ!!
いま、何か見えたスよ!
確かに、葦原を跨ぐ、巨大な白い影が…。
あれが、それなのか?!
細田氏の意外な足の速さに、カメラを構える暇がない。
ハァハァ
ハァハァ
…こ、ここだな…。
これを曲がれば、恐らく…。
立入禁止!
うわ……、無惨。
木の親柱が、へし折られたように倒れている。
「しょうぶ大橋 昭和六十一年十一月竣功」
それがこの橋の素性。
意外に、新しい…。
これが…
これが、
150mの
廃木橋…。
た、確かにデカイ。
え?
期待していたのと違う?
言ってくれるな。
個人的には、所在地を聞いた時点で分かっていたことだ(笑)。
騙すつもりはなかったんだよ。 ちょっとしか。
この橋は、「南由利原青少年旅行村」の園内を巡回する遊歩道のひとつ、「林間歩道」に架かっている「菖蒲大橋」である。
湿原のような所を一直線に渡っているが、これは農業用溜め池の大谷地池で、渡った先は、池の中の小さな島になっている。
昭和61年に、過疎対策事業として公園整備されたのだが、木製のため近年腐朽して長く通行が禁止されていた。
新聞記事の通りなら、今ごろには架け替えられて生まれ変わっているはずである。
だからこのレポートは、“先代”菖蒲大橋の最後の勇姿?を記録したものだ。
見てお分かりの通り、橋はとても低い。
それに、水の浅い湿地(部分的には草原)の上を渡っているだけなので、万が一転落しても命までは取られなそう。
ただ、死ぬほど屈辱的だというだけだ。
二人は迷わず橋を渡りはじめた。
二人にとって文句なく最長の150m廃木橋探索。
しかし、渡りはじめの部分がいきなり壊れていて地べたを迂回する必要があったのは、この橋らしい長閑な風景だった。
最初の崩れている部分(渡れないように崩された部分?)を過ぎると、足元から綺麗に真っ直ぐ桁が続いていて壮観だった。
そう言えば「南由利原」の事を説明していなかったが、鳥海山の北麓に広がる海抜500m内外の広大な高原地帯の一角である。
鳥海高原、東由利原なども近くにあって、その区別はよく分からない。
ともかくもし雲がなければ、この正面の方角には鳥海山の2000mを越える勇姿が間近に見えるはずだった。
左前方の湖面すれすれに、“島”から更に対岸へと渡るもう一本の橋が見えていた。
あの「ゆり小橋」も廃橋になっているらしい。
この橋よりは遙かに小さいが、水面上にあることを考えると油断ならないかも。
50mほど渡ってきた。
写真は北方向を撮影。
泥の深そうな湿原。
万が一落ちたら、かなり最悪な事態に…。
想像していたよりも橋の荒廃は進んでいた。
あるべき踏み板や欄干がほとんど失われているが、周りに散乱していないので撤去されたらしい。
橋の構造としては、木の主桁が3本並列で箱形コンクリート橋脚に延々渡されているという、これ以上なく単純なもの。
しかし、肝心の主桁がもうボロボロ。
それは太さは40cmもあろうかという杉丸太材だが、防腐加工などせずにただ架け渡したようである。
ただでさえ湿潤な湿原環境にあって、さらに1年の4分の1を深い雪の中に閉ざされているとなれば、20年そこいらでここまで老朽したのも頷ける。
当初から遊歩道の橋と言うことで、妥協していたのだろう。
こうした制作側の土木構造物に対する妥協を見るとテンションが下がる。たとえそれが必要十分であったとしてもだ。私だけだろうか?
のこり50mという終盤にさしかかって
ますます
ボロボロ…
もうひどいよ、実際。
橋を渡っていると言うよりは、アスレチックだよ…(苦笑)。
だって、こんなんだよ …桁。
やっぱり杉材は湿気に弱いんだよね。
同じように加工された林鉄の橋が、廃止から半世紀以上も経ったいま軒並み現存しないのもやむを得ないと思ったね。
でも、こういう状態の橋の強度を確かめるいい機会だと思ったので、無理矢理渡ってみた。 →【動画】
(基本的に、遺構が壊れる可能性の高い探索は御法度だと思っているが、本橋に関しては撤去架け替えが決まっているので、無茶をしてみた)
そろそろ渡ることにも飽きてきた頃、ようやく150mを渡りきった。
いやー、長かった。
嘘になるから「興奮した」とは言わないが、細田氏とのいつ落ちるとも知れぬ“ゆるい”渡橋が楽しかった。
それに、わざわざ新聞をめくって新しい光景に出会わせてくれた事には本当に感謝!
あれ? 橋の先に道がない…。
ある?
ススキとワラビが腰丈よりも高く育った島。
ずいぶん長いあいだ人は出入りしていないらしく、こちらは封鎖さえされていなかった。
いざ、無人島上陸だ!
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今日の細田氏はいつになく
アグレッシブな気がする。
大変結構なことだが、この5分後には…。
蜘蛛の巣が幾重にも張り巡らされた、ほとんど高低差のない無人島を横断する探検隊一行(2名)。
50mほどで、
「ゆり小橋」が現れた。
今度の橋はちゃんと水面上にある。
落ちたらただでは済まないかも。
構造としては、4径間の単純 I ビーム桁橋だ。
こちらは桁と欄干が鉄製なので、まだ落橋の危険は無さそう。
でも、新聞記事曰くこちらも架け替えの対象になっているそうだ。
特にネタにもならないなと、
そう思いながら、それでも一応は用心しながら渡りはじめると…
うふふ。
結構香ばしい壊れ方をしている。
見た名以上にこの橋は危ういもので、木の薄板はもうフニャフニャだった。
いつ抜けても大丈夫なように、
見えない鋼鉄製の梁の位置を想像しながら、
そこを選んで歩を進める。
ベキッ!
ちょっ、 おまっ!!
あ〜あ、 やりやがったよ…。
弁償もんだろこれ……。
え? 細田さんよぅ。
「 店長ぉ〜…
俺もう 嫌 だよ…
この橋、嫌だ。 」
と、なぜか妙にテンションバカ下がりになっている細田氏を引っ張って、やっと渡橋完了。
急にどうしたの細田さん。
何か嫌な事でも思いだしたのか?
橋を渡るとすぐ舗装された湖岸周回歩道にぶつかり、廃橋2本を含む「林間歩道」は終了。
あとは平凡に車に戻って、朝のひとときの探索も終了した。
いちおう150mの廃木橋があったのは事実だし、「自己最長記録更新」ということで、ヨロシコ。
このレポートを書いて即日公開したのは、2009年11月12日。
そして、明後日の14日には細田氏とまた行く予定なんだよね。
彼が見つけてくれた別の 廃 橋 に。
どうも今度のはマジ(笑)らしく、凄く高く、怖く、一人ではどうにもならない吊り橋らしい。
そんな物が、まだこの秋田にはあったのかよ? 聞いてないぜ。
無事に探索が済んだら、また皆様にご報告いたしますゆえ、やんわりとご期待下さい。