その28の230000HIT御礼“特別復活”レポート 中山峠 後編2000.8.25撮影
岩手県沢内村〜花巻市



 2000年の暑い夏、今では地図からも消えた道を走った。
秋田・岩手県主要地方道12号線の中山峠は、2002年に長大トンネルの新道が開通するまで、長く不通の道だった。
その、おそらく最後の、チャリによる通行記録が、これだ。
今回は、汗と切り傷と種子にまみれ遂にたどり着いた中山峠からの下りを、「後編」としてお送りしたい。





 同じ峠の前後でこうも景色が違うものかと驚く。
峠までの狂ったような廃道から一転、牧草のような柔らかな草に優しく覆われた下り道。
なだらかなブナの森の中、決して地形に逆らわない道は、緑の道として私を誘った。
これほどまでに美しい道は、見たことがなかった。
森と道との、最も高次な融合の姿である。





 夢心地で下っていくと、お馴染みのガードレールが現れた。 白いガードレールは緑の濃紺だけで現された世界にして、余りにも奇異な存在に写る。
いや、奇異なのは色だけじゃない。
ブナの巨木とガードレールとのコントラストも、異様である。
これこそが、この中山峠の象徴的な姿である。
まるで、道が森に呑まれてしまったかのような錯覚を与える景色。
本当はその逆で、森に道が割り込んだのだが…、偉大な森は道をも取り込んだかのよう。




 峠からは約3km、落ち葉と若草に覆われた緑の道を下ってくると、この場所に達する。
ここは「大空の滝」入り口。
この場所からは舗装が復活し、ここにきてやっと生きて峠を越えられたという安堵感が一気に押し寄せてきた。
そんな気持をより高めるのが、写真にある看板の文字『ご苦労さまでした』だ。
本当に苦労したからそこ、こんな文字だけでも嬉しかった。
でも数秒後には微笑が苦笑に変わった。
「洒落にならないほどの“苦労”だったぞ」と。

まだまだ森は深い。
くだりも長い。



 緑の世界に一筋の閃光が走った。かのように見えた。
それは建設中の新道であった。
大空滝から4kmほど、狭い舗装路を黙々と下って来ると、突然足元から一直線に伸びる白い新道。
道は中山二号トンネルの坑門上にあり、向かいに見えるトンネルが中山1号トンネルだ。





 そして少し進むと、さきほど坑門の真上を通った中山2号トンネルが良く見える場所を通る。
この時既に花巻市側の大方は完成していたようで、工事中の道とはいえ静かで、動くものは何も無かった。




 少し行くと遂に現道に合流する。
そこには簡単なチェーンゲートが閉じられていた。
これにて、中山峠の不通区間は終了ということになる。
ここから先は、真新しい新道…のはずなのだが、実際はもう古びている。
作りは直線的で近代的なのであるが、竣工からは10年以上を経ている様子で、殆ど工事車両しか通わせたことの無いはずの舗装は、既に色あせていた。
 私には分かる。
きっと、長い工事だったんだと思う。
採算性の無い山中の県道のバイパスだ、そう簡単に進捗したとは思えない。
長い長い地元と中央との鬩ぎあいの末に、やっとここまで出来上がったのだろう。
これまでも各地で、山中に長く放置された新道の跡を見てきた。
幸いにしてここは、報われたのだ。



 スピーディな舗装路のくだりも、この日の熱射は並ではなく、温風器の前に立っているかのよう。
あのブナの森は、止まっていても涼しかったのに。
標高差以上の快適さの差が感じられた。
2kmほど下った場所で、突然赤い重厚なゲートが現れた。
当然私は裏側からの対面である。
まさか通り抜けて来る者がいるとは思って無かっただろうな、ゲートも。
しかしこれでは山菜採りに入るのさえ大変だ。
大空の滝など、せっかくの観光資源なのに、アクセス性が余りにも損なわれてしまっている。
滝までは一応舗装路だし、一般に開放してもよさそうなものだが、なにか事情があるのだろうか。
ゲートの脇の草むらを、チャリを担いで越える。





 ゲートの正面側はこんな感じだ。
一体いくつの案内が掲げられているのか。
必要以上に多くて、ごてごてしている。
これも長い工事期間の表れか。
昨年やっと開放されたゲートだが、どれほどの期間一般に閉め切られてきたのか?
決して短くはあるまい。




 そこにあった案内の一部を拡大したのがこの写真。
立派な看板の付根はさび付き、その隣のお馴染みの工事標識も、錆が目立つ。
やはり、相当長い通行止めだったのだろう。
きっと、多くの人たちがこの道は永遠に開通しないのではないかと考えていたのではないか。
少なくとも、私はそうだった。
まさか開通の日が来るとは、実際ここで新道工事を目の当りにするまで思っていなかった。




 やっと一般に開放された道に戻ったが、もう峠の道は僅か。
1kmほど下れば一般県道234号線との分岐点で、中山峠区間は終了である。
その少し手前、路傍にこれまでで最大級に古びた看板が残されていた。
どうやら、新道工事が始まる以前の、先ほどの廃道が現役だった当時の内容らしい。

この文面。最高である。
もう、この文を堪能する為だけにあの地獄を味わったとしても納得できるほどの名文だ。
ぜひ、堪能していただきたい。
ほんとにお気に入りだ、新道開通に伴って撤去されたとしたら悲しい。
一番好きなのが、『沢内村此の先22.1km徒歩  分』(←余りに掛かり過ぎるからなのか書いていない!)の部分だ。
というか、私も徒歩並みに掛かったが…、登りにおいては特に。



 県道234号線との分岐点。
左が中山峠への道で、右がその県道だ。
写真中央の黄色い警戒標識、あれには熊が描かれており、補助標識はズバリ「クマに注意」とある。
レアかも。
そしてその右にある看板は、立派な新道工事の説明書き。
左にある看板には、「沢内ルート中山峠」と書いてある。意味が分からない。







 ともかく、これにて中山峠は終わりである。
もう二度とあの叢地獄には踏み込む気は無いが、峠のブナの道だけはまた行ってみたい。
あそこまでは、ほぼ舗装されており。
なんとかなるだろうか…?
いや、もう駄目かもしれない。
行くならば、雪が消えたばかりの頃の、6月初旬だろうか。
殆ど知られていない険道である(った)中山峠は、知られぬまま消えてしまうのだろう。
なんせ、両側のゲートはもう開けられる気配が無いので。

地獄に耐えた者だけに許される峠の天国は、私の心の中でいまだ色褪せない。




2003.6.16作成
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