その34国道458号線 銅山川地すべり現場2003.6.5撮影
山形県最上郡大蔵村 南山



 東北を代表する“酷”道といわれる国道458号線は、山形県内陸部を南北に縦断する路線である。
この道が、「酷道」などというありがたくないレッテルを貼られている最大の原因は、起点からそう遠くない最上郡大蔵村から寒河江市にかけての山越え「十部一峠」の存在である。
砂利道を交えつつ延々と山を越えるこの峠は、確かに国道としては異例のショボさであるのだが、個人的には、真に”酷”というほどの物かといわれると疑問が残る。
「国道なのに砂利の区間が残る」というインパクトはあるのだが、それ一発勝負というか。まあ、ぶっちゃけ走行感は、よく整備された林道と大差ないと感じられ…、なんというか期待以上ということはない道であった。

当初は、このほぼ50kmにも及ぶ長大な峠越えを「道路レポート」として紹介するつもりであったが、ちょっとテンションがもたなそうだと思ったのだ。
しかし、かといって、印象に残っていないかと言われれば、そうでもない。
何箇所か、忘れられない場所もあったりする。
そこで、今回のミニレポートを皮切りに、今後数回に分けて、私の印象に残った景色を紹介して行こうと思う。
ガチガチのレポートを期待してくれた方には申し訳ないが、どうか気長にお付き合い願いたい。




 新庄市に始まる国道458号線の道のりははじめ、まるで目的地が定まらぬかのように南北に乱流するが、いずれ南進を開始する。
国道47号線と一旦合流して、再び離れるところから、長い長い寒河江に向けての峠越えが始まる。
峠までの40km近い道のりは、ほとんど全て大蔵村に属する。
この写真の南山地区辺りからいよいよ平野を離れる。国道47号線との分岐からは約9km地点である。
この先の寒河江までの経由地は、肘折温泉、そして十部一峠となる。



 南山で銅山川を渡り右岸に付くと、この先肘折温泉までの15km近くは付かず離れずの位置を並行することになる。
国道は、この銅山川が気の遠くなるほどの年月をかけて削り取った断崖を伝い、稜線上まで200m以上高度を上げる。
この先の5kmほどの上りが、肘折温泉までの最大の難所である。
際立って白い露頭の下を、急勾配の2車線路が続く。



 なかなかお目にかかることのないほどの巨大な法面施工が続く。
高度はグイグイと上昇しており、眼下には小さくなった南山集落をはじめ、銅山川対岸のやはり切り立った断崖が一望できる。
雄大な景色を堪能しつつ、さらなる上りに耐える。



 露頭や派手な法面がなくなると、上りは終わりが近い。
あともう一息と言うところに、珍しい「凹凸注意」の警戒標識があった。
だいぶ痛んだ標識であり、将来が心配だ。
別段、しっかりした舗装路であって凹凸が気になると言うことはなかった。

すごい凹凸が、この先に現れるのだが…。




 景色が高原的なものに一変すると、そこは銅山川と赤松川に挟まれた狭い稜線の上である。
この尾根は十部一峠が越える稜線の頂点である葉山(標高1462m)にまで、細々と続いている。
地図上では決して太くない稜線も、実際そこに立ってみれば、視界が利くこともあるせいか、広大な平地に見える。
前方に見えるのが葉山であり、6月上旬のこの日、まだまだ残雪を多く戴いている。
右手後方には、抜きん出て高い白い嶺も見えるが(写真には写っていない)、これは月山(標高1975m)である。



 月山を背にして続く雄大な高原の道…のようだが、じつはここ、平成8年に大変な事態に見舞われた現場である。
その事態とは…、地すべりである。

道路がかすかに凸凹しているのが分かると思うが、これは、かの地すべり時に付け替えられた新道なのである。
地すべりに落ち込んでしまった旧道は、路傍の叢の中へ眠っていた。



 一旦新道を進み、右手に現れた古いアスファルトに乗り移る。
そして振り返ると、そこには、目を見張るほどの陥没が現れた。

さらに近づいてみよう。



 写真の場所より先のアスファルトとは直線距離5mほどの間に比高が4mは含まれている。
まさに今私が立つ場所より奥は、平成8年の5月から7月にかけて、幅1.1km、斜面長1.3km、深さ100mにも及ぶ未曾有の地すべり災害によって陥没した跡なのだ。
幸いにして、人の住む地区を僅かにそれたため、直接人命への被害はなかったのだが、国道の不通など、生活へ大きな影響を与えた。

陥没したアスファルト面はすっかりと雑草に駆逐され、急速にもとの草原へと還っている。
しかし、白いセンターラインとガードレールが、叢の間に覗いている。

この、今見えている陥没も巨大だが、先に述べた地すべり全体の規模から見れば、ほんの氷山の一角というか、その先端の一部に過ぎない。
左の崖下1km以上も離れた銅山川に向かって、山肌全体が何十メートルも滑ったのである。




 角度を変えてもう一枚。
右の奥に見えるのが、現道である。
すぐ傍に見える露頭こそが、地すべり面である。

南方3.5kmにある肘折温泉は、約1万年前に火山活動を行った肘折カルデラの内部に位置していると言われる。
この噴火では、最大120cmもの厚さでシラス(火砕流堆積物)を一帯に堆積させ、この大量のシラスが地すべりの原因となった。
そういえば、ここに上ってくる前に見た妙に白い露頭…、あれもシラスだったのだろうか。
…なんか、高校の地学、思い出すなぁ。
こういうの、もっきりさん(注:当サイトの常連さんの一人)好きそう…。




 恐るべき地すべり地も、晴天のもと、落ち着きを取り戻したかのように見える。
しかし、その隠されたエネルギーがいつ再び臨界を超え、麓の村々を押しつぶすか分からないのだ。
現在でも、この眠れる獅子を完全に鎮圧するため、地すべり防止事業が林野庁によって進められている。
その槌音はこの日も、見ることの出来ない崖下から、響いてきていた。


 さて、ここを過ぎると、間もなく湯の台牧場に差し掛かる。
そして、国道は一旦下りに転じ肘折温泉へ。
そこにも紹介したい「旧道」があるので、…いずれ、また。





2003.10.27作成
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