ミニレポート 第90回 旧 青下橋

所在地 仙台市青葉区
探索日 2006.01.21
公開日 2006.02.10

杜の都のグランドキャニオン

 “仙台のグランドキャニオン”

 そう聞いただけでピンと来たあなたは、めちゃくめちゃ仙台通か、あるいは知ったかぶりさんである。

 なんせ、そんな呼び方は私がさっき思いついて付けただけだからだ。

 だが、これから始まるしごく短いレポートを読み終えたとき、あなたはおそらく、そのような呼び方に納得しているのではないだろうか。
東北唯一の政令指定都市、仙台市。
そのビルの建ち並ぶ市街地のそばに、俄には信じがたいような凄まじい情景が、広がっている。

 場所は、仙台市と山形市を結ぶ動脈国道48号線から定義方面へ少し入ったところで、熊ヶ根地区と大原地区の間を隔てる青下川を跨ぐ一本の橋が、青下橋といって、その絶景の唯一のビューポイントとなる。




 青下川は仙台市民にはお馴染みの広瀬川の枝川である。
熊ヶ根にはこの広瀬川を跨ぐ巨大橋が二つ並んでいる。
一つは右の写真の橋で、国道48号線が通る熊ヶ根橋。
そのすぐ西側にはJR仙山線の第二広瀬川橋梁が、まるで針金細工のようなトレッスル橋を架けている。

 現在、熊ヶ根橋では、アーチの幅を変えて車道の拡幅を行うという異例の大工事が行われており橋上からの展望は優れない。
故に残念ながら、仙山線の素晴らしいトレッスル橋の偉容をお見せすることは出来ない。
工事は平成18年度内にも一段落するようなので、興味のある方は是非ご覧下さい。



 今回のメインはそこではなく、支流の青下川に架かる青下橋である。

 これは、県道263号(泉ヶ岳熊ヶ根線)の橋で、車で何気なく通るとそのままで終わってしまうほど、橋上の様子に変わったところは見られない。
強いて上げるなら、大理石製の親柱がまるでウルトラマンの頭部のような変わった形をしているということぐらいか。
付近にはポツポツと民家も建ち並んでおり、なんらネタになりそうなムードではないのだが、
そこで私は見つけてしまった。

 驚くべき景色を。




 橋上から上流方向右側。
つまりは川にとっての左岸に目を遣ると、そこには、控えめなサイズの橋台が、確かに見えるではないか。

 それは、現橋から30mほど離れているが、その陸側は果樹園となっており、完全に旧道の痕跡は失われているようだ。
その気になれば接近は可能だと思われたが、事情により遠くで見るだけにした。
というか、遠くから見ただけでもう、お腹が一杯になってしまったというのもある。

 え?
別に凄い橋には思えないって?

 …違和感を感じないかね?
川縁の景色に、見えますか?
この景色が。


 カメラを左に向けてみよう。




  ひょー!


 高いなんてもんじゃないぞ、この橋。

現橋も等しい高さがあるわけで、欄干から身を乗り出し気味にこの写真を撮るときに体が少し震えたのは、谷を渡る雪混じりの風の冷たさだけではなかっただろう。
しかし、恐怖心を麻痺させてしまうほどに凄まじい、旧橋の有り様である。
想像するしかできないのが極めて惜しいのだが、幅4m程度のひょろっとした橋がこの千尋の谷を跨いでいたのだ。
まるで鬼の面のような大岩盤を足掛かりにして、50mも下の黒い流れの上を!

※読者の皆様で、この旧橋の現役当時の姿をご存じの方がおりましたらご一報下さい!



 橋の欄干から真下を見下ろした眺めはこんな感じ。
旧橋は、目の前のカボチャのような模様の入った大岩盤を上手く利用し、無橋脚部分の距離を減らしていたのだろうか?
しかし、本当に圧巻の眺めである。
日本100景とかに入っていても何ら不思議はないような感じさえするが、多くのドライバーはこのような景色が足元にあることを知らないのか、もう当たり前の物なのか、背後のアスファルトを勢いよく通り過ぎていく。

 フツーに凄いから、この場所の眺め。
街中に何気なくあるところがまた、私を惹きつけたのかも知れないが。




 対岸にも、川面まで一気に落ち込むその突端に、いかにも頼りなさげな小さい橋台が残っているのが見えた。

 わざわざこれほど険しい場所に橋を架ける必要があったのだろうか?
青下川と広瀬川、そして大倉川の3つの川に三方を囲まれた大原や隣接する萱場地区では、この橋が無ければ仙台市方面へ向かうには大迂回を余儀なくされることになる。
この橋も、生活道路として必須のものだったのである。
ちなみに、現橋も立派なトラス橋で、1992年に架けられているので、それまでは旧橋が現役だったのだろう。
 また、近接する国道の熊ヶ根橋も峡谷を跨いでいるが、向こうには旧道としてすぐ傍に、谷底まで一旦降りて短い橋で川を渡るルートがあった。
昭和29年の現熊ヶ根橋の供用以前には、この道が使われていた。
しかし、こちらの青下橋については、とても谷底に降りる道など考えようもない。
一体いつ頃に初代の橋は架けられたのか、気になるところだ。



 現橋から下流方向を見ると、遠くには広瀬川の河岸段丘まで見通せるが、手前に広がるのはこれまた、見るものを無口にさせる暴力的な大断崖である。
そこには幾つもの氷瀑が落ちており、なお一層近づきがたいムードを醸し出している。 一つ一つの氷柱が、遠目に見てもビルの4、5階分の高さがある。
それは、近づく者には須く死の接吻を授ける、氷の女王の居城である。



 さらに、現橋の直下(本当に真下)には、なんとナイアガラの滝をミニチュア化したような、それでも十分に大迫力の滝が、Uの字状に本流を割っているのだ。
もし正面から見ることができれば大層な眺めであろうが、それはおそらく不可能。
少なくとも、素人風情には手に負えない大峡谷である。


 ここは、仙台の片隅に隠された、グランドキャニオン&ナイアガラである。
人々の生活の足元に口を開けた、恐るべし自然の造形に、ただただ気圧された私であった。