世にも珍しい海岸線を走る森林鉄道である小泊海岸林道。
起点傾り石より終点の小泊港へと南下を開始した我々一行は、まず第一の調査ポイントである七ツ滝において、3本の隧道とそれに付随する石垣の構造物を確認した。
だが、3本目の隧道に関しては、両側の坑口とも崖下の国道工事によって破壊され、落石防止ネットと石垣によって完全に封殺されていたのである。
七ツ滝からしばらくは軌道が拓いた貴重な平地を拡幅する形で後世の国道が利用しており、軌道跡としての遺構は特に確認されていない。
次に軌道跡が国道の外に現れるのは、青岩と呼ばれている海岸に突き出した岩場付近である。
この青岩の基部を軌道は隧道で貫いていたようだ。
だが、この場所を我々以前に探索しているシェイキチ氏(→『ザ・森林鉄道・軌道in青森』)によれば、隧道は既に存在しないという。
失われた隧道の捜索が、青岩区間探索の目的となった。
前回の最後のシーン、その直前からレポートする。
(ラストの写真の反響が意外に大きかったので…笑)
まず、この画像は落石防止ネットにへばり付きよじ登って、塞がれた隧道坑口をつぶさに確かめる細田氏。
決して、屋根の上に登っちゃったはいいけど降りれなくなったニャンコではありません。
そして、この姿を見た私は、「おいしいところを持って行かれてなるものか!」と激昂して追従したのでした。
それが、前話最後の写真です。
しかし、下から見ていた以上にこの登攀は困難且つ恐ろしい物でした。
ネットの下端からは約3m。
堅く冷たい金属のネットは素手で登るには負担が大きく、それでも私にはよじ登るしか有りませんでした。
上に細田氏がいるのだから。
ようやく辿り着いて、完全に塞がれた坑口を確認。(写真を撮ってないという大バカぶりです)
…さて戻ろうか。
そう思い下を見ると、ちょっと足が竦みました。
…ですが、その高さ以上に私を冷やした物があったのです。
よくご覧下さい。
これが、山行が合調隊の、真実の姿です。
なんなんだ!!
この冷ややかさは……
そうです。
細田氏と私が決死の思いで坑口の状況を確認しているというのに、残りの3人(左から自衛官氏、トリ氏、くじ氏)と来たら、くじ氏が2歩くらい前に出ている以外は、全くノーリアクション&関知していません。
これが、山行が合調隊の友情という奴ですよー。
こうして、寒風吹き付ける七ツ滝区間の探索は終わったのでした。
そして次からは青岩区間へ移動です。
慣れないデスマス調も終わりにします。
七ツ滝の手前に停めていた車を拾い、5人揃って次なる青岩へ向かう。
この間は800m程度であっという間に青岩と呼ばれる岩場が見えてきた。
写真前方の海へと張り出した稜線、その先端の尖った辺りが青岩と言うらしい。
国道はここに青岩の基部を乗り越える小さな峠を拓いているが、このような勾配に耐えようはずもない軌道は、比較的海岸線近くに張り付いて進み、出っ張りの先端の部分に短い隧道を穿っていたようである。
通し番号を付けるなら4号隧道だ。
一度、青岩の峠越えて、車はその反対側の路肩に停めて歩くことにした。
ちょうどこの日は峠の北側で災害復旧工事をしており、辺りには車を置けるようなスペースが見当たらなかった。
だが、峠の南側に下ると、ここの広い路肩を始め竜泊温泉という集落無き一軒宿もある。その駐車場は、この日の早朝に一同が最終集合地点としていた場所でもあった。
さて、青岩の南に車を停め、これから海岸沿いの軌道跡の探索を開始する。
そこから軌道跡と思しき平場へと下る踏み跡があって、ほんの少し歩くと、そこにはご覧の通りの、軌道跡と思しき平坦な道が現れた。
かなり昔には車の通じたような幅があるものの、軌道としての痕跡は薄い。
更に進むとススキの藪に囲まれた廃屋が現れた。
軌道跡に面して建っていた小屋。
もはや壁という壁に穴が空き野晒しだが、中には4畳くらいの部屋があり茣蓙が敷かれている。
ここからは海が遠く見渡され、漁師達が日和見をした場所だったのかも知れない。
哀愁を感じさせる小屋だった。
しかし、踏み跡はこの辺りで突然掻き消えてしまう。
おそらく続きは砂浜へ下りているのだろう。
軌道跡らしい浅い堀割がススキの原野の起伏として微かに感じられるが、潮風に鍛えられたススキは諸刃のようであり踏み込むのは難しい。
先に見える突起した岩場に隧道があると考えられるので、ここからは一段下の砂浜に迂回して進むことにした。
穏やかな砂浜へ下りる。
そして青岩へと歩き出す。
軌道跡らしい平場の痕跡は、光と影の様子から微かに読み取れる。
そこは一面のススキ原となりながらも、まだ地上にあるようだ。地形的にも、まだ隧道を必要としない。
写真左隅の鞍部を国道339号が通過している。そこに小さく写っている建物は、国道の工事のために建てられたプレハブである。
更に青岩へ近付くと、砂浜が岩場へ変わっていった。
隧道…隧道…穴…穴…
そればかり考えながら歩いていくと、まず目に付いたのは岬の突端にある大岩の穴である。
だが、まさかアレが軌道跡と言うわけはあるまい。
海食や風食によって掘られた天然の隧道であろう。
山側の斜面に食らい付いて岩場の基部まで進んでいたと想像される軌道であるが、この辺りで痕跡を見失ってしまう。
砂浜から岩棚に変わった渚を歩いていくと、異様な漂着物に遭遇。
こ… これは…… クラゲ??
茶色がかってはいるが透明さの残る、直径1m近い巨大なゼラチンの物体。
大きなクラゲの遺骸が、見渡した範囲だけで3つも漂着していた。
しかし、キモチワルイ外見に反し、意外にも腐臭のような物はなく、おそるおそる足で突いてみると、それは意外に堅く締まっていた。
その柔らかさたるや、筋肉質の人肌といった感じで、ブニュブニュだろうという予想は大いに覆された。
急に食欲が湧いてきたのを覚えている。適度に歯ごたえがあってオイシソウだった。
青岩の先端部分は岩峰となってそそり立っており、軌道は隧道下にあるだろう事が確約される。
だが、つぶさに崖の隅々を観察してみても、口を開けた穴は一切発見できない。
疑わしいのは、このすぐ上を通過している国道の建設に伴う廃土で軌道跡が埋められたのではないかという可能性だ。
というのも、国道の下に位置する軌道跡の痕跡は極端に薄く、平場さえ確認できない状態にあるからだ。
一同は、この狭い範囲での隧道捜索に最大の成果を上げるべく、各々散った。
散った後のそれぞれの行動は、みな個性的であったと思う。
くじ氏は案の定、岩場によじ登り、ススキの原へ消えていった。
トリ氏と自衛官氏は一度国道へと戻り、反対側の坑口を捜索しに行ったようだった。
細田氏は行方不明。(海岸線で行方不明人がいるならもっと真面目に探した方が良さそうだが、まあこの穏やかさなら大丈夫だろう。)
私と言えば、普段ならくじさんと一緒に崖に向かったかも知れないが、この時は岬の突端へ足が向いていた。
軌道跡とは全く無関係であると分かっていても、そこに穴があれば無視出来ない。
それが、ヨッキれんという男なのだ。
渚に爪先を濡らしながら近付いてみると、それは厳密には穴ではなく、巨大な岩のオブジェだった。
マンションほどもある岩峰に、そこから折れて落下したと思われる鷲の嘴のような、やはりこれも2階建ての一軒家くらいある巨石が寄りかかっている。
その隙間が遠目には穴に見えていたのだった。
通り抜けられぬ事は無さそうだったが、反対側の様子が分からないので引き返し、今度は青岩裏側の坑口の捜索に向かった。
突端部から陸地を見る。
地図上から読み取れる隧道の延長は50〜100m程度であり、岩場の先端を潜り抜ける洞門のような物ではなく、ちゃんとした隧道だったと想像される。
はたして、この岩場のどこに2つの坑口が存在していたのであろう。
私なりの推測では、こんな場所ではなかったろうかと思っている。(左の写真にカーソルを合わせると表示する)
くじ氏が岩場にへばり付いて探してくれたが、坑口は発見できなかった。
南側の坑口は巨大な崩落によって完全に消失しているのではないか…?
この景色を見ながら、私はそんな気がしていた。
鋭く切り立った青岩北面の崖。
この部分に地上を走る軌道は考えられない。
確実にこの地中には未発見の隧道が存在しているのだ。
左端の岩の切れ目から岩場に登り、北側坑口を捜索した。
近付いてみると、その岩の大きさに圧倒される。
まるで砥石のようにざらざらした岩場がそそり立ち、もし落下することなどあれば、容易く肉は削げ骨は砕かれそうだ。
しかし、岬を回り込んで北側へ向かうにはこのクレバスのような隙間を登る以外にない。
左の岩は足下を渚に洗われており、迂回が困難だからだ。
隙間の向こうには、現国道の足場を固めるコンクリートの壁が迫っている。
こちらも隧道の存在は絶望的な予感がした。
幸いゴツゴツした岩場は手掛かりに困らなかったので、身体を酷使しつつどうにか登る事が出来た。
ちなみに、帰りはここを逆に下ったが、その方が怖かった。
南口の捜索を終えたくじ氏も合流してきた。
そして、そのすぐ先には巨大なコンクリートの壁が立ちはだかっていた。
先ほどから見えていた、国道の基礎となる巨大な土留めである。
国道はこの壁を足掛かりに、更にこの上に45度の盛り土を重ね道を通じている。
周囲の地形から総合的に判断して、軌道の隧道その北口は、まさしくこの壁の裏に存在したと考えられる。
これでは、発見できるはずがなかったのだ。
少し迂回して壁の上に登り、坑口が埋まっていると思われる岩盤に正面から近付いてみた。
おそらくこの左下方の地中に坑口は存在したのであろう。
国道を支えるコンクリートの擁壁自体が軌道跡の平場を土台にして建造されたのだとすれば、全て納得される。
振り返ってみると、上から国道が下ってきて軌道跡の高さに一致して落ち着く様が見えた。
やはり、隧道は消滅していたのである。
そう結論づけ、私は車へ戻ることにした。
他のメンバーもそろそろ戻っていることだろう。
帰りには、岬先端の隧道もどきを通ってみた。
すると、そこには長らく行方不明となっていた細田氏が潜んでいた。
細田氏を連れ帰った私は、それぞれ探索を終えた仲間と合流した。
次回からは、小泊海岸林道のハイライトと呼べる七ツ石の軌道跡をお伝えしたい。
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