栗駒山の山中で、木のレールが発見されたらしい。
栗駒山は、奥羽山脈の中央付近にある海抜1628mの火山で、広大な山域は秋田・岩手・宮城の三県に跨がっている。
私は平成18(2006)年まで秋田県に住んでいたので、この山のことはそれなりに知っているつもりだったが、木製レールがあるなんて話は全く知らなかったから驚いた。
『全国鉱山鉄道』(JTBキャンブックス)より転載。
気になる情報の内容に進む前に、木製レールについて少し説明したい。
レールを知らない人はいないと思うが、その素材としては何をイメージするだろうか。当然、鉄だろう。だからこそ、車輪を誘導する部材にレールを用いる輸送機関を「鉄道」と総称するのだ。
だが、鉄の入手や加工がままならなかった時代には、より入手や加工に易い木材を用いてレールを作っていたのである。
レール上に車両(トロッコ)を走らせた現代の鉄道の原点と呼べる輸送機関は、西暦1350年頃のドイツの鉱山やオーストリアの鉱山で用いられており、レールは木製だった。
保線ウィキの「木製レール」のページには、木製レールを復元した展示物の写真が掲載されている。写真を見れば、確かに鉄道の原点が木製レールのトロッコにあるという印象を多くの人が持つだろう。(そもそも、日本語の「鉄道」も英語では「Railway」であり、そこには「鉄」との関わりを感じさせない)
しかし、木材には耐久力の弱さという、重量物を繰り返し運搬するうえでは致命的な弱点がある。
そこで、木製レールの上面に鉄板を貼ることで丈夫にすることが発明された(摩擦係数の低下にも役立っただろう)。これを鉄板レールという。
右図の「B」の段階がそれにあたる。
やはり、保線ウィキの「鉄板レール」のページに写真が掲載されているのでご覧いただきたい。かなり現代の鉄道に近づいているように見えるだろう。
わが国における最初の鉄道もまた、木製レールと鉱山の組み合わせであったから、文字通りに先達の轍(レール)を踏んでいた。
それは、幕末にイギリス人技師の発案で建設を開始し、明治2(1869)年に開通した、茅沼(かやぬま)炭鉱(北海道)の鉱山鉄道である。(参考:wiki「茅沼炭鉱軌道」)(同じ頃、生野銀山(兵庫県)でも木製レールのトロッコが用いられていたともいう)
本邦における旅客鉄道のスタートは、よく知られているとおり明治5(1872)年の新橋〜横浜間の開業にあるが、それより3年早く北海道に鉄道が存在していたのである。
この茅沼炭鉱軌道では鉄板レール(木製レールに鉄板を打ち付けたもの)が用いられており(明治14年に鉄製レールに交換)、通称「木道」と呼ばれていたそうだ。鉄道ならぬ木道もあったのである。
以上、木製レールと、その改良品である鉄板レールについての基本的説明終わり。
栗駒山の硫黄鉱山跡(秋田県、岩手県) @arukazan: 木製の角材に金属の薄い板を貼付けた、「トロッコのレール」 pic.twitter.com/Tjx0Z2ygSj
— えぬ (@roadexplorer) 2013年10月31日
栗駒山の山中で、鉄道黎明期を彷彿とさせる木製のレールが発見されたという衝撃的な情報を私が得た場所は、ツイッターである。
えぬ氏(@roadexplorer)の2013(平成25)年11月3日のツイート(→)に、衝撃的な風景がッ!
マジで木製レール(鉄板レール)が敷かれてるっぽい…! これは、大変だ……。
えぬ氏のツイートから、その3日前に書かれた千葉達朗氏(@arukazan)のツイートに行き着いた。
栗駒山の硫黄鉱山の跡地(遺跡)で、木製の角材に金属の薄い板を貼付けた、「トロッコのレール」が埋まっているのを見つけました。最近の大雨で出来た溝の底です。レールというのは 鉄 とばかり思っていたので、驚きました。
— 千葉達朗 (@arukazan) 2013年10月31日
鉄が腐食しやすい、硫黄鉱山特有の工夫かもしれません。
私が確認できた中では、このツイートが今回の発見の第一報である。マジで凄い発見!!
かくいう私も、栗駒山の山中に硫黄鉱山の跡地が存在することは知っていた。
それどころか、平成17(2005)年6月に仲間と探索をしたことがあった。
右の写真はそのときに撮影したものなのだが、地形をよく見て欲しい。えぬ氏の写真の背景とそっくりでしょう?
この場所は「地獄釜」と呼ばれている景勝地の一つで、爆裂火口の跡地といわれている。
そして明治時代に硫黄の採掘が行わた場所でもあり、今もその跡が残っているのである。
平成17(2005)年の探索では、えぬ氏が木製レールを撮影した辺りまで私も立ち入っているが、レールを見つけた記憶はない。
つまり千葉氏のツイート通り、「最近の大雨で出来た溝の底」に埋もれていたレールが偶然出土したのだと考えられる。
唐突だが、ここで皆様には少し残念なお知らせがある。
この案件、林鉄をはじめとするトロッコ大好きオブローダーの私としては、すぐに確かめに行くべきだったのに違いないのだが、私がこの情報をキャッチしたのは2017(平成29)年である。
先人お二人のツイートから4年も経ってからだった。
果たして、現状はどうなっているのか。
おそらく偶然の産物として地上に出現した木製レールは、今もその貴重な姿を留めているのであろうか。
ネット上にも近況の報告はなさそうだ。
情報を知ってから半年あまりが経った2018(平成30)年6月24日、消雪を待ってようやく現地を訪れることができた。