廃線レポート  
生保内林用手押軌道 向生保内支線 その2
2005.4.12


 第三号隧道
2004.6.23 8:29


 その隧道が目の前に現れたとき、私は息を呑んだ。


う うつくしい

おもわずため息が、出た。

大胆にも、この隧道は柱状節理を貫通している。
長さなど、ほんの5m程度しかなく、これまで私が遭遇してきた数々の林鉄隧道の中でも、かなり短い部類に入る。
だが、その短さすら、この隧道の美点に思えてくる。

それほどに、この隧道は瑰麗である。
雨がまた、よりいっそうその浄妙さを際だてているように感じられた。





 しばし呆然と坑門を見ていた私だが、一歩一歩坑門へと歩み出る。

ものの見事な玄武岩の柱状節理である。

坑口は切り立ち、そのまま林道の通る崖上へと続いている。
しかし、よもや林道の直下にこのような隧道が隠されていたとは、絶対に思うまい。

私は、ニヤけてしまった。
この発見は、誰から教えてもらったものでもなく、事前に図書館で古い地形図を見ていた時に、たまたま隧道に気がついたお陰だった。
そして、こういう発見が、私は一番、嬉しい。
しかも、これほどの上物であれば、尚更である。




 昔の人は、この固い岩盤をよくぞ削って、小さな隧道を穿ったものである。
今ならば、崖ごと切り崩してしまうところだろうな。
そうしたら、こんなにすばらしい景色は生まれなかったに違いない。

隧道は、その延長僅か5mほど。
内壁にも定規を当てて削り取ったかのような、直線的な角が沢山ある。
しかし、それらは柱状節理という、独特の石質の成せる賜である。
このような石質は日本各地にあるのだが、それが大規模に地表に露出している場所となると、大概は観光の名所となっていたりする。
しかし、この場所は、まるっきりそのような景勝地として知られてはいない。

それも、私の知る限り、柱状節理に人工的な隧道を穿っているのは、
ここがただ一つの例である。




 ただ、この隧道の存在が誰にも知られていなかったかと言えば、そうでもないようだ。
比較的最近にも、人が訪れた痕跡が、二つばかりある。

その一つは、隧道内に通された、ワイヤーの存在である。
このワイヤ、林道脇の電柱に続いている。
その、もう一方の端は、先ほど私の行く手を遮った長内沢の河口に沈められているコンクリート製の重しに続いている。
これが何を意味しているのか… ちょっと私には分からない。
とにかく、そう古くはないだろうワイヤが、隧道内を通っているのだけは確かである。




 そして、もう一つの、人が来た痕跡…。

これを公開するのはちょっと憚られるというか、皆様の印象が美しいままで先へ進もうかと思ったのだが…、
実際に訪れて失望されると、それも気の毒なので、正直にお伝えします。

隧道の一角には、「ア●ル・フ●ック専用 早苗」という空のビデオケースや、懐かしの“ビニ本”とおぼしき雑誌の成れの果てが、かなり大量に散乱しているのである。

 うっ っうぅ…(涙)

お願いします。
田沢湖町の教育委員会の皆様で、本レポをご覧になった方がいらっしゃいましたら、どうか、
どうか、この貴重な隧道を、今一度穢れ無き姿に戻してあげて欲しい。

誰だって、若さゆえの過ちというものが、ある。
その罪は、問うまい…。




 天井や側壁も、今まで見たことがない特殊な様相。

ほんと、惜しいよ。

こんなにすばらしい隧道なのに…。

足元を撮影できないなんて…(涙)

私も、全て川に投げ捨てようかとさえ思ったが、あまりにも膨大だし、濡れていて、液状化しているし…。
それに…玉川の水は、大切な生活用水ですからな…。






 さて、隧道の先に注目が集まるわけだが、そこにあって長内沢を渡るべき橋梁は、その痕跡を何一つ残していない。
おそらくは木製の橋梁が架かっていた筈だが、悲しいほど、跡形もない。
代わりに、ワイヤーが水面にむかって緩い弧を描きながら落ちているが…。
それすら、対岸に通じているわけでも無し…。


やはり、これ以上軌道跡を辿るためには、どうしても、この長内沢を渡らねばならないらしい。
徒渉しかないのだ。
雨なのに、 増水中なのに、 徒渉。



長内沢 決死徒渉
2004.6.23 8:33

 もういちど、長内沢と玉川が合流する部分の流れをよく観察してみた。

徒渉、出来ないだろうか?


まず、使えそうなのが、目の前の水中に置かれている、函型のコンクリートである。
林道に通じるワイヤは、この函が流出しないためのものなのかも知れない。

岸からジャンプすれば、函に乗り移ることは出来そうなのだ。
そして、そのさきは徒渉するしかないのだが、深さはおそらく1mから2mの間。
流れは、それほど急ではなさそうである。

行けるか?


 


 函の上から、長内沢上流を見る。


キラーン!
見えた!!

見えたぞ。

中州だ。
中州経由で、対岸に行けそうなのだ。


私は、意を決して、着衣のまま函から沢にザンブと行った。
我ながら、かなり常軌を逸している感じがしたが(なにせ雨の中、着衣のまま沢に入るなど…)、行けそうだと思ったら、もう止められないこの衝動。
仲間がいたら、止めてくれたかも知れないが…。




 読み通り、流れは水量のわりに穏やかで、なんなく(胸まで濡れたが)中州に上陸。
ここから、さらにもう一度徒渉して、私は遂に、長内沢を突破することに成功した。

まだ、ほんの始まりにすぎないのだが…。
もう、下半身はびしょぬれだし。
寒いし。

なんか、とんでも無いことをしている気がしてきたよ。
生きて、帰れるのかな、オレ。

漠然とそんなことを考えながら、私は沢を渡っていた。

そして、私が一番ウケたのは、この一週間後、くじ氏がこの同じ場所で、同じことをしていたことだ。
俺たちは、何ですることが同じなんでしょうかね?
血の繋がっていない兄弟か?!







< 次 回 予 告 >



なんか、

取り返しがつかない場所に来たっぽい…。







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