なにかの下敷きになっていた新聞紙は、かなり汚れて色あせてはいたものの、日付を見ると意外に新しかった。

平成3年4月28日

探索の日からさかのぼること、18年と360日弱前の「静岡新聞」。
しかしそれでも、林鉄の時代から見れば遅れること15年だ。

この建物が、営林署の宿舎として廃止された時期は、おそらく昭和43年頃。林鉄の廃止と同時期と考えられる。
なぜなら、林鉄の廃止と引き替えに整備された林道は、それまでの「山泊」の働き方を、バスやトラックでの「通勤」へとシフトさせたからだ。

と同時にここ“千頭山”では、従来軌道が通る寸又川谷筋が事業の中心であったものが、林道が通る山上山腹へとシフトし、それまでの軌道沿いの施設は不要となった。
この大樽沢の宿舎も例外ではなかった可能性が高く、以降の利用者は主として釣り人ではないかと思われる。

“ラーメン”や新聞紙は、彼らが持ち込んだ可能性が高い。




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