千頭森林鉄道 千頭堰堤〜大樽沢 (レポート編3-5) 

公開日 2010. 7. 4
探索日 2010. 4.21

廃小屋のある堀割


2010/4/21 8:50 

怒濤のような崩落エリアを突破。

ここで一区切りか。

千頭堰堤を出発して2.1km、1時間15分を要して木造の小屋に辿り着いた。
天地にあった波トタンの物置小屋よりも古そうだが、当然廃屋。

そして、小屋の裏に見えるのは深い堀割。
両側に高い丸石練り積みの石垣が控えており、その高さ(深さ)は隧道でも不思議はないほど。
どことなくジオラマのような箱庭感の漂う場所。好き。



現在地はここ。

天地からここまでの1kmが特に険しく、目の前で子鹿の滑落死を目撃するなど、全体に鬼気迫るものを感じる行程であった。
だが、これでも地形図には破線で描かれている道だった。
いったい誰が通ることを想定して描いているのか分からないが。

そしてこの破線の道は、現在地の堀割のすぐ先で初めて寸又川を渡っている。
そして山を越え、本流から離れて上西河内へ向かっている。
一方で、旧版地形図に描かれていた現役当時の軌道は、このまま左岸の崖伝いに大樽沢を目指すようになっていた。

より正しく軌道を描いているのは、新旧どちらの地形図なのか。
普通に考えれば古い地形図の方を支持したいが、千頭堰堤以北の軌道を描いている地形図は、かの悪名高い昭和40年代図式移行期のものであり、その不正確さには2日前に探索した大間川支線でも大いに困惑させられたばかり。
それは必ずしも信頼できない。




杉の木目も鮮やかな、手作りの木の小屋。
地面に接しているところは腐ってスカスカになってきているが、風雨をしのぐ役くらいにはまだ立ちそう。
山深いとはいえ、積雪は極めて少ない千頭山だからこそ残っているのかも知れない。
少なくとも、秋田の林鉄跡ではこんな小屋が残っているのを見たことはない。

いずれにせよ林鉄当時の施設だろうが、規模からいっても倉庫か休憩所か。
3畳ほどの内部には、土間と板敷き(これは骨組みだけ)があるので、休憩所の可能性が高そうだ。




こんなところで、MOWSON開店のお時間ですか…?

小屋の中には、かつてここを利用した人が残したと思われる、空き瓶や空き缶があった。
特に目を引いたのは、廃道ではお馴染みとなりつつある、コカコーラの瓶。
飲み口が大きいのが特徴のこの瓶は、たしか750mlといういまの日本コカコーラには無いレパートリーであり、探索後にはよく冷えたコーラを何よりも愛する私としては、ぜひ“オブドリンク”に加えたい代物である。




そして、小屋の隣に待ち受けているのがこの堀割。

改めて前に立つと、かなり深い。

しかも、酷く崩壊して埋もれてしまっている。

この大量の土砂は、どこから供給されたのか。

もしかしたら、素堀の隧道の天井が崩れてしまったのではないか。

そんな疑い感じさせる景色だ。

なお、遠目には気がつかなかった違いだが、向かって左の石垣は丸石練り積み、右側は空積みである。
作られた年代が違うのかも知れない。


この堀割の先には、いかなる風景が待ち受けているのだろう。
新旧地形図の意見は、割れている。
もしかしたら、巨大な橋があるかも…。




また、この堀割から山側の斜面を見上げると、30mほど上に玉石で築かれた索道の盤台が見えた。

主索も健在のようであったが、さすがに登ってみる気力は湧かず、見上げるに留めた。




どちらかというと穏便な場面の転換を期待しつつ、3m以上も積み上がった瓦礫を乗り越えて堀割の向こうへ。

するとそこには吊り橋の架かっていた痕跡があったが、軌道跡の道は古地形図の通り、このまま左岸に通じていることが確かめられた。

吊り橋は前に見た天地吊橋と同程度の規模の人道橋だったようだが、主索だけを辛うじて残して消えていたのである。

橋が落ちたのはだいぶ前だろうが、未だに更新されずにいる地形図に涙。
登山者さえ入り込まないような領域に私は足を踏み入れているらしい。
何より私にとって不安なのは、これまでの地形図にあった道でさえあの大荒れだったのに、これから先の軌道跡はいったいどんな状況なのかということだった。



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こんな状況でした!


…って、いままでと変わらないといえば変わらない。

まあ、あれ以上悪化しようもないというのが本当のところか。

………。

そんなんで良いのか、オイ!

ほんと、これ以上悪化しないでくれよ。

なんて感じで歩いていくと、前方の視界が久々に開けた。





あーー…。

ヤバイな…これ。

遠くの崩落も派手だが、何よりすぐそこに差し迫った崩落がヤバイ。
これまでで一番、怖そう。
つうか、この段階で怖い。ゾクゾクする。
嫌な“音”が脳裏をよぎりまくる。

行けるのか…。





路盤を見下ろす巨大なスラブ。

いままでの斜面とは、醸し出す雰囲気がまるっきり違う。

こうして見上げている最中にも、レーザービームのような勢いで岩が飛んで来るのではないかという恐怖を感じた。





嫌すぎる…。


何が起きても逃げ場のない斜面。
上も下も、地獄。

はっきり言って生理的に受け付けないが、歩いて歩けないことはなさそう。

…そう思うなら、行くしかない。


なお、微妙に踏み跡らしきものが斜面を横断しているが、
その主が人間である可能性は極めて低い。
きっとシカだ。





落石の危険が大きく、立ち止まって撮影するのはオススメしないが、
路肩に遮るものがないだけに、振り返って眺めた風景は素晴らしかった。

黄線で示したのは、現在の地形図にあるルートだが、それは間違いなく廃道。
この山河には廃道しかない!!





地獄だ、地獄の渓だ。


9:03 《現在地》

30mほど進むと、いくらか木の生えた斜面になった。

しかしまだまだ気の休まる状況ではない。
立ち止まっているだけでも、ここは危ない。
いつ岩が落ちてくるか分からないし、足元もガラガラと崩れやすく、本当に嫌らしい。

さっさとこの崖を抜けてもう少し落ち着ける所に行きたいが、前方もまだ当分危険地帯が続いている感じがする…。




あーー

心が折れそう…。

危険な領域が続きすぎているが、ここで集中力が切れたらやばい。
下を見ると、足がすくむ。

危険は承知だが、冷静にこの場面だけを判断するなら、進めないこともないのがまた困る…。






もうそろそろ引き返しても、責められない状況じゃないだろうか。

落ちていったシカの姿が、くり返しくり返し頭に甦ってくる。

なんという殺気に満ちた渓なのか。

本当に大丈夫か…。

抜けれるのか?

抜けれないとき、戻れるのか?


結局、進めるという判断に抗えず、ここも越えてしまったが…。





コノヤロウ!


と、思わず舌打ち。読者の皆様スミマセン。

キケンを冒して進んできた堀割からの行程が、全て無駄になった。

怒り、そして情けなくなったが、誰も責めることは出来ない。
ただ、そういう状況になっていることを知っていて私に教える人がいなかったと言うだけのこと。


…説明しよう。

この写真の場面は、上の写真の所ではない。
そこを過ぎて15mほどで、またもう一つ、同じような滝が現れたのだ。

そして今度は駄目だった。

申し訳ないが、これはどうにもならない。
千頭林鉄踏破不可能。
一時撤収。

はははっは…




9:07 《現在地》

ここに辿り着いた瞬間に、もうこれ以上進みようがないことは理解した。
写真は滝の落ちてくる方向であり、高巻きは絶対不可能である。
この先には林道も通っているはずだが、登攀自体が不可能だ。

ここからは先へ進めないのは分かっていても、最初は放心状態で、次は湧き上がる悔しさのため、なかなか次の行動(撤収)に移ることが出来なかった。

まだ、先へ進む方策が無いというわけではない。
だいぶ戻って本流に降りれれば、それから徒渉して上流に進める可能性が高い。
だが、それをやることの時間と体力のロスとリスクを考えると、せっかく針穴の先のような通路を通ってここまで前進した、命がけの百数十mを手放すのが口惜しかった。




なお、ここは滝に架かっていた橋が堕ちたために通行不可能になったようだ。

左岸側に小さなコンクリートの橋台が残されていた。
形状を見る限り、小さくともガーダー橋だったように見受けられるが、谷底に墜落した橋の姿は見あたらない。

これが、まさに恐れていたとおりの、南アルプスの現実の険しさだった。





前進に次ぐ前進もついに限界。

押して駄目なら、引いてみろ。