ゲートインするとまずは広い作業土場が現れる。
砂利の路面も、土の空き地もみな、白い氷結に覆われている。
見渡す限り、動くものは何もない。
不安と期待が混ざり合う、一年ぶりの再スタートだった。
すぐに一本目の橋が現れた。
何の変哲もない橋で銘板も無いが、これが村道一号橋に違いない。
下を流れるのは、ようやくダムから解放されたばかりの堤川だ。
白く凍ったアスファルトを往く。
橋を渡るとすぐに道は二手に分かれる。
直進するのが村道で、左折は林道堤川線である。
やはり林道の方は舗装されているが、行き止まりであるらしいと聞く。
直進する。
次々に同じような橋が現れる。
いずれも銘板は無く、また高畑側と同様にガードレールといった道路付属物も未設置だ。
しかし、しっかり雑草が根を下ろした法面のフリーフレーム工などに、道の開設が最近ではないことを知る。
なぜかこれまでよりひとまわり幅の広い3号橋。
橋の下にあるのは沢であったり湖面であったり、或いは桟道のようなものもある。
誰に出会うこともなく、対岸の県道にときおりけたたましいバイクの爆音を聞く程度で、あとは順調に進んでいく。
また幅が元に戻って、4号、5号橋である。
対岸では、ダムが出来る前の県道がちょうど進水していくところだった。
少し間を空けてから6号橋が現れる。
これまででは最大規模の橋であり、眼下の谷も深い。
そして、この橋から眺める行く手の景色は印象深い。
一本のトンネルにしてしまった方が手っ取り早かったのではないかと思えるような、深く長い掘り割り道になっている。
月並みだが、モーセを思い出す(本当に月並みですまない…)。
約200mもある掘り割り区間は、一挙に三つの尾根を突破するものだ。
途中、谷筋になっている場所は舗装されており、いわゆる沈水橋のように直接渡る造りである。
もっとも、この日は水は流れておらず、代わりに鏡のような氷が張っていて、通行に神経を使った。
長い掘り割りを抜けると右へカーブして湖面を広く俯瞰する場所に出る。
山の高いところから陽光を受けはじめていて、山を歩く人間にとって一日で最も神々しいと思える時は目前だ。
ここに来て路面が、見るからに転圧を受けたばかりの整った砂利に変わった。
そして、真新しい色のコンクリート橋に続いている。
7番目の橋。
一年前、重機が盛んに動いていた橋だが、改めて見ると意外に細い。
しかし、この新しさを見る限り、ここ一年内に開通したのだろう。
直前の掘り割りまでは築10年以上経っていそうだったので、年を隔てて村道の延伸工事が再開されたのだろうか。
真新しい7号橋だが、不思議なのは橋の前後の道は古びていると言うことだ。
橋の前は当然としても、“後”もだ。写真は渡った後に振り返って撮ったものだが、手前の路肩の擁壁がだいぶ黒ずんでいるのが分かるだろう。
そして、この真新しい橋によって村道から切り離された、湖面へ落ちていく作業道路がある。
この奇妙な構造の謎を解く鍵は、ダムが湛水をはじめる直前の地形図が解いてくれた。
次の図は、それを元に作成したものだ。
現在はダムに沈んだ旧県道と、その旧県道から分岐して村道の7号橋位置へ登ってくる作業道路がかつてあった。
おそらく、先の掘り割り区間などはこの作業道路を使って北側から掘進されたものだろう。
ダム完成後もしばらくはそのままだったようだが、なぜか昨年あたりになって7号橋が架けられた。
その理由というのは、橋の袂から新たに作られた遊歩道へのアクセスだろう。
これが7号橋の北詰めにある、やはり真新しい遊歩道の入口だ。
地形図にも描かれていない道だが、行き先案内板には「県道70号」とあるから、山越えをして高畑方面に続いているようだ。
それは村道が達成しようとしていた行き先であり、もしかしたら車道の建築を断念した代わりに、この歩道を設置したのかもしれない…。
7:05
橋を越え、歩道の入口を左に見て進むこと30m。
唐突に路盤は終わる。
行き止まりである。
クルマを転回させるスペースも無く、唐突に終わっている。
まずは路盤、次に路肩擁壁、最後に法面工の順序で、道の構成員三要素が10mと置かず終わる。
路盤が終わって、浮き足だったような法面と路肩擁壁。
コンクリートはかなり黒変していて、ダム湛水(1998年)以前からここで工事は終わっていたのだろう。
いざ実際に終点を目にすると、ひときわ感慨深いものがあった。
…本当に“あの橋”は未踏、不達、途絶の橋だったのだ。
結局、全長4.7kmの村道土川高畑線は、終点高畑より2.0km、起点土川より1.1kmが既設であり、中間部1.6kmが不連続ということになる。
そして、この1.6kmのあいだには8〜13号までの6本の橋が予定されており、うちほぼ中間にある10号橋梁一本のみが既設であるらしい。
日本中にこのような“不連続道路既設物”とでも呼ぶべき“遺構”がどれほど眠っているのかは分からないが、経験上初めてのものであり、きっと珍しいのだろう。