都道204号日原鍾乳洞線の日原トンネル(L=1107m)には、全長約2kmの旧道が存在している。
日原側からこの旧道へ入った私は、すぐにチャリから降りることを余儀なくされた。徒歩に切り換え、まずは大崩崖を突破。次いで小崩崖(大崩崖に対して命名)を突破し、現在地点に至る。
ここは、ちょうど旧道全体の真ん中付近である。
そこで私が目にしたのは、とてつもない断崖絶壁と、まるで悪い夢の中に出てきそうな崖路の姿だった。
それが未到の旧道、その最奥地に隠された秘景と呼べるものだった。
人呼んで、伝説の百メートル!
命懸けの前進が再開される。
自分の納得できる、最後の場面を求めて…。
申し訳ないが、今回は冷静でなんか いられない!!!
12:42
馬鹿な!
これが都道だと!
ぜ、 ぜぜぜ 前進だ!
振り返ってみた。
いま越えたばかりの、“小崩崖”(←勝手に命名)だ。
その手前から全く路面が見えないが、実は全部舗装路だ。
小崩崖を越えたところの現在地点から、
先約100mの区間が…
人呼んで、伝説の百メートル!
「キター!」も「Sikkin!!」も要らない…
言葉要らない。
これが、封印された旧都道の 真相。
日原川の谷底から約50メートル。
頭上の断崖は数百メートル。
破壊されたガードレールが、
一旦木綿かフンドシのように垂れている。
これまでも、「信じられないような絶壁」という表現は使ってきたが、
今度のは本当に信じられない!
この道を、日原の人たちは毎日のように通勤したり、また買い物に出かけたりしていたのだ。
たった20数年前までは。
バスも、大型トラックも、みなここを通ったのだ。
もしこの崖の道を抜けるまでに、
ここまで2回現れたような大崩壊地がまた現れたら、
今度こそ万事休すだ。
俄かには信じがたい光景だが、これはリアルである。
ガードロープも殆どがホルダーからはずれ、もはや転落防止の一切は存在しない。
頭上にも、いつ落石が起きるか分からない。
恐ろしく危険な道。
固い岩盤を、無理やり彫刻刀で削ぎ落としたような法面が、
高さ20m、長さ30mほど続く。
その前後も、これに匹敵するような凄まじい岩場だ。
今日ならまずこんなところに道は作らないだろう。
伝説の百メートル。
残り70メートルくらい。
いままで遭遇したことのない凄まじい道だと思い、私は喉の渇きも忘れ何枚も何枚も写真を撮った。
これは、振り返って撮影した写真。
ほぼ直角の崖に、道が削り取られている。
全く無駄のない光景である。
道と崖の、これ以上ないストイックな光景だ。
こんな場所が、東京の山中にあったなんて!!!
法面は、まるで岩のカーテンだ。
伝説の中盤戦は、この垂直の道が続く。
そこでは、道を埋め尽くした、新しげな瓦礫の山を越えてゆく。
首の辺りが、何だかスースーして止まらなかった。
ヘルメット持ってくるんだった…。
もう
岩なんだかコンクリなんだか
わかんな---い!!
これが、「伝説の百メートル」に巣くう “伝説の怪物”
よく見ると、
頭上に覆い被さるような岩場の方々には、
大小様々なコンクリが打設され、
(ここにコンクリートを場所打ちした職人達は、超人か?!)
または鉄のアンカーやらが打ち込まれている。
さらに、
ちぎれた極太ワイヤーが、破れた金属ネットが、
居場所無く崖に留まっている!
その異形は、まさに 法面のフランケンシュタイン!
ガードロープの外側にあった、謎の台座。
おそらく前に見たような吊り下げ式の標識柱の跡だろう。
わざわざ廃止後ポールごと回収したのか、あるいは落石に打たれ、それごと谷底へ落ちてしまったのか。
辺りに手掛かりはなかった。
ここが、伝説区間中では唯一の心安らぐ場所。
久々に、舗装路が顔を出していて、一息付ける。
道幅はかなり狭いが。(2.5mあるかどうか)
前半を振り返る。
立ち入り禁止エリアに入って以来、一挙に危険度が上がった感じがする。
そして、
伝説の後半戦は、
本当に逝ける!
廃止後30年も経っていないのに、これほど至る所で寸断されていることは、異常だと思う。
砕石という営為によって直接的に道が消滅したと思われる箇所もあるが(大崩崖)、中・小規模の崩壊は自然に起きたものだと考えられる。
だが、この山の随所にある採石場が年に数十回、あるいはそれ以上の回数の発破を繰り返してきたことは、間違いなく道の破壊を早めただろう。
頻繁に地震に見舞われているようなものなのだ。
道をそれひとつで完全に塞ぐほどの巨岩が、その眷属を従えて道を塞いでいた。
まだ崩壊してから日が経っていないのか、足を乗せるとぐらつく岩もあり、刃物のように尖った岩場で転倒しないよう、最大の注意を払った。
一山越えたと思ったら、その先にも同じような崩壊箇所が見えていた。
さらに規模が大きいようだ。
ぎゃーー!
ただでさえ恐ろしい道なのに、路肩に大きくはみ出さねば前進不能になっている!
(現在地はこの辺)
誰が好きこのんでこんなに路肩に近付くものか!
ネットが邪魔だ!
深さ50メートルの谷が、崩れやすそうな瓦礫の下にすぐ、口を開けている。
手掛かりとしてここで頼りになりそうなのは、落石防止のネットだが、
これに私は触れたくなかった。
もう、崩れてきた土砂がネットの内側にパンパンになっていて、
変に触れると一気に崩壊が進む危険を感じる。
またそこまでいかなくても、自分の身に新しい落石を起こさせてしまうかも知れない。
ここは、きわめて不安定な岩場だ。
ちょっと触れても、何が起きるか分からない怖さがある。
最悪の場合、私を巻き込んでネットごと谷へ叩き落とされることも有り得た。
恐ろしい!
私は、大崩崖に較べれば地味かも知れないが、日原旧道ではここが一番恐怖を感じた。
先へ進むなら、歩くルートに選択の余地は殆ど無い。
目の小さな瓦礫のよく締まった滑りやすい斜面を、何の手掛かりもなく乗り越えねばならなかった。
いざとなったら手を伸ばし助けを乞うただろうネットも、この一番恐ろしい場面では引きちぎられ、近くにいてくれなかった。
恐る恐る斜面を越えた私は、もうそれ以外に通れる場所がないのでやむなく、ネットと崖の隙間に忍び込んで進んだ。
幸いだったのは、ネットが崖の傍に戻ってきてしまう前に、ネットから外へ出られる場所が現れたことだ。
もし出られる場所が無ければ、ここで前進を断念させられていた可能性が高い。
右上の写真で、ネットの外側を歩いていけると思う?
突破… したらしい。
どうやら、突破できた。
断崖絶壁の百メートル区間を、越えた。
写真は振り返って撮影。
帰りも ここを戻るのか…
崖際から後方をもう一枚。
まるでテーブルマウンテンかグランドキャニオンのようだった。
ちょうど45度の傾斜になっている斜面のなかでも
灰色が露出している辺りが、前回越えた「小崩崖」だ。
私が現道へと戻るには、少なくともこの崖と、小崩崖と大崩崖…
どうにかここまでやっては来たが、
帰りのことも考えると、
いよいよ不安になってきた。
緊張して、余計喉も渇いた。
もう終わってくれ… この旧道…
は?
なに? アレ
まさか…
道?
うそーー??
だって、谷底だよ、あれ。
対岸だし…
どうやって行くんだよ。
しかも、石垣あるし……。
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見てない見てない。 私はなにも見ていませんよ。
人呼んで、伝説の百メートル!
…を突破。
行く手には、ここまでが嘘のように穏やかな道が…。
カーブの向こうからは、遂に「ガガガガ」「ゴゴゴゴゴ」の音が漏れてきている。
終点は、近い!!