都道204号 日原鍾乳洞線 旧道  最終回

公開日 2007.2. 13
探索日 2007.1.16
東京都西多摩郡奥多摩町

ファイナル インパクト!  

 旧道の最期


 約10分間。廃道探索者(オブローダー)としての至福の時を過ごした。
まだ、胸の高鳴りはおさまらない。
凄いところへ、来てしまったのだと思った。

 前にも見たようなカーブが現れた。
今までに較べたら嘘みたいに穏やかな景色だ。
そこでは、主を失ったカーブミラーが、この道の最期の場面へと私を誘うのだった。



 カーブを曲がると、これまでで最も幅の広い道が現れた。
行き違いのためのスペースだったのだろう。
ここから先の法面は、隙間の目立つ粗い石積みだ。
この道が開通した昭和30年代には、今はコンクリートになっている法面も皆この程度のものだったのかも知れない。
石垣の至る所から若い幹が生えだしていて、その根が複雑に絡み合っていた。



 路肩のすぐ外の斜面に、トタンで囲まれた小さな小屋があった。
このようなものが無事に残っているのは、雪国秋田では考えられないことだった。
ここまで来ると、道の行く手の方から工事現場のような音が聞こえていた。
すでに採石場のすぐ近くまで来ていることは間違いない。
万が一にも私がここにいることを見つかりたくないので、監視カメラなどが設置されていないか、電線の配置には気を遣った。



 小屋の扉は半開きだった。
その仮設トイレほどの大きさの小屋に窓はなく、代わりに壁の継ぎ目から外が見えた。
中にはとぐろを巻いたワイヤーと、「奥多摩工業」とペイントされたヘルメットが二つ、置かれていた。
物置小屋だったのだろうか。



 崩れかけた石垣。
舗装されている路面とは不釣り合いな感じがする。

 石垣の中に紛れ、根元で切断された木製の電柱があった。
まだその表面にはわずかに、防腐剤として使われたクレオソートの光沢が残っていた。
この険隘な道がかつて人や物が通うのみならず、日原の生活をも支えていたのだろう。



 再び荒廃の度を加速し始めた廃道。
だが、いよいよその行く先に真っ白な領域が見えはじめた。
エンジンの唸りも、同じ方向から聞こえる。
遂に終わりが来たのだ。

 あとはどこまで近づけるか。

…こいつはもう、我慢比べ…。






 12:52

 最後は、意外なほど呆気なく訪れた。

そして、終わりを見て、これほどに安堵したのも久々だ。

最後の最後には、道はズバッと消されていた。
少しの未練も残さぬようにと、道が私に優しさを見せてくれたみたいだ。

完全に道は消えていた。
そこには、特大の採石場が広がっていた。





地図に描かれている道の姿は無かった。
それどころか、地形の有り様さえ全く変わってしまっていた。
地図からは、この先にも「伝説」のような険しい道が続いていたように想像されるが、
これ以上は1mだって進むことが出来ない。

いまは採石場の昼休み中なのか、見える範囲に動いている物はなかった。
相変わらず、エンジンの音は聞こえていたが、そう近くはなかった。
お陰で、もう二度と来ることもないだろうこの絶景を、じっくりと堪能することが出来た。
まさか、こんな場所に人がいるなんて、誰も思うまい。


 この地形の変わりようからは、最初に遭遇した大崩崖だって可愛らしく思える。

奧に台状に見えている辺りが、大体旧道と同じ高さである。
地図の旧道は、あくまでも谷に沿って続いているから、まだ結構な距離がこの先にあった筈だ。
台山の向こうが日原川の谷で、その両側には吊り橋の主塔らしきものが見えた。
地形図ではその橋が旧道につながっているように描かれているが、旧道だけでなく、おそらくは橋も既に存在しない。
ここからでは、十分に見ることは出来なかったのだが。



 旧道の突端から、谷を恐る恐ると覗き込む。

地図では、先ほどの吊り橋の他に、谷底にも2本の橋が存在している。
その南寄りの一本は、ちょうどこの真下にある…ハズ。 

 …見当たらない。

現役の曳鉄線の延長上にある鉱山軌道の橋と思われたが、既に廃止され、橋も落とされてしまったのだろうか。

 …まあよい。 旧道についてはこれでやっつけた。
これ以上足を踏み出せば、確実に死ねそうだ。



 地形図に、いまでもその痕跡の一部を留める、日原旧道。

 最初に目標としていた採石場との出会いの地点まで、私は辿ることが出来た。
東日原の入口からは約1.3km。
まだ未踏の区間がこの先700mほど残っているが、これについては、既に地上から消えていたことが判明。
永遠に辿れぬ道として記憶されることとなった。





未曾有の崩壊のため、誰も近づこうとしなかった旧都道。

しかしいま、その秘部の全てを暴かれ…

ここに 果てた。



撤収!












…ん?


ちょっと…?




ちょっと 待って。








なんか今、 見えなかった?









… ?  








は? なんだこれ。



あははっはっはー


2本くらい、道見えるなぁ。









無 理。



 とんぼ岩の怪道たち 


 なぁんですかー?
 これはー。

 なむあみだぶつ

  アブダバアブダバ

   あーーー。 うーーーー。

この景色は、何ですか?
 道ですか?
  そうですか。

 崖の穴に吸い込まれていく、一本のワイヤー。

 崖に穿たれた小さな穴と、その前後の道らしい影。


 馬鹿な。








 あのーー。



私は何を見ているんですか?


対岸の崖。
はじめチラッと見たときに思いましたよ。
すごいなー  って。


 でも、

それだけじゃ、駄目なんですか?

 絶対無理ですって。
  ありゃどうにもイケマセンって。







 つど
って、あに、った
んだ   orz


日原に住んでいるのは、本当に人間かよ?!


ハァハァ!!

  ハァハァ!!

    はぁはぁ… はぁ…






 旧道を制覇したという喜びなど、一瞬で醒めた。

私は旧道の突端で対岸を唖然と見たまま、己がただの敗者となったのを感じていた。


自分では、どうにもならぬ道がそこにはあるのだった。

どうやっていくのかさえ、想像が付かない。

ただ、間違いなく対岸に道が存在していた。 地図にない、道が。

 上下2本の道。

 上の道には、石垣が存在しているのが分かった。
 下の道は……、 本当にそれが道なのだとしたら……  sicken!







 日原の旧道の探索は終わった。


    ……だが。



次なる未踏への挑戦は、この瞬間に始まっていた。


 日原の探索は、 

今ようやくにして、

その真の頂の有るを知ったに、
過ぎなかったのである。











分かっていたさ。


この道には近づけない。


分かってたけど…見過ごすことは


出来なかったんだ。