約10分間。廃道探索者(オブローダー)としての至福の時を過ごした。
まだ、胸の高鳴りはおさまらない。
凄いところへ、来てしまったのだと思った。
前にも見たようなカーブが現れた。
今までに較べたら嘘みたいに穏やかな景色だ。
そこでは、主を失ったカーブミラーが、この道の最期の場面へと私を誘うのだった。
カーブを曲がると、これまでで最も幅の広い道が現れた。
行き違いのためのスペースだったのだろう。
ここから先の法面は、隙間の目立つ粗い石積みだ。
この道が開通した昭和30年代には、今はコンクリートになっている法面も皆この程度のものだったのかも知れない。
石垣の至る所から若い幹が生えだしていて、その根が複雑に絡み合っていた。
路肩のすぐ外の斜面に、トタンで囲まれた小さな小屋があった。
このようなものが無事に残っているのは、雪国秋田では考えられないことだった。
ここまで来ると、道の行く手の方から工事現場のような音が聞こえていた。
すでに採石場のすぐ近くまで来ていることは間違いない。
万が一にも私がここにいることを見つかりたくないので、監視カメラなどが設置されていないか、電線の配置には気を遣った。
小屋の扉は半開きだった。
その仮設トイレほどの大きさの小屋に窓はなく、代わりに壁の継ぎ目から外が見えた。
中にはとぐろを巻いたワイヤーと、「奥多摩工業」とペイントされたヘルメットが二つ、置かれていた。
物置小屋だったのだろうか。
崩れかけた石垣。
舗装されている路面とは不釣り合いな感じがする。
石垣の中に紛れ、根元で切断された木製の電柱があった。
まだその表面にはわずかに、防腐剤として使われたクレオソートの光沢が残っていた。
この険隘な道がかつて人や物が通うのみならず、日原の生活をも支えていたのだろう。
再び荒廃の度を加速し始めた廃道。
だが、いよいよその行く先に真っ白な領域が見えはじめた。
エンジンの唸りも、同じ方向から聞こえる。
遂に終わりが来たのだ。
あとはどこまで近づけるか。
…こいつはもう、我慢比べ…。
12:52
最後は、意外なほど呆気なく訪れた。
そして、終わりを見て、これほどに安堵したのも久々だ。
最後の最後には、道はズバッと消されていた。
少しの未練も残さぬようにと、道が私に優しさを見せてくれたみたいだ。
完全に道は消えていた。
そこには、特大の採石場が広がっていた。
地図に描かれている道の姿は無かった。
それどころか、地形の有り様さえ全く変わってしまっていた。
地図からは、この先にも「伝説」のような険しい道が続いていたように想像されるが、
これ以上は1mだって進むことが出来ない。
いまは採石場の昼休み中なのか、見える範囲に動いている物はなかった。
相変わらず、エンジンの音は聞こえていたが、そう近くはなかった。
お陰で、もう二度と来ることもないだろうこの絶景を、じっくりと堪能することが出来た。
まさか、こんな場所に人がいるなんて、誰も思うまい。
この地形の変わりようからは、最初に遭遇した大崩崖だって可愛らしく思える。
奧に台状に見えている辺りが、大体旧道と同じ高さである。
地図の旧道は、あくまでも谷に沿って続いているから、まだ結構な距離がこの先にあった筈だ。
台山の向こうが日原川の谷で、その両側には吊り橋の主塔らしきものが見えた。
地形図ではその橋が旧道につながっているように描かれているが、旧道だけでなく、おそらくは橋も既に存在しない。
ここからでは、十分に見ることは出来なかったのだが。
旧道の突端から、谷を恐る恐ると覗き込む。
地図では、先ほどの吊り橋の他に、谷底にも2本の橋が存在している。
その南寄りの一本は、ちょうどこの真下にある…ハズ。
…見当たらない。
現役の曳鉄線の延長上にある鉱山軌道の橋と思われたが、既に廃止され、橋も落とされてしまったのだろうか。
…まあよい。 旧道についてはこれでやっつけた。
これ以上足を踏み出せば、確実に死ねそうだ。
地形図に、いまでもその痕跡の一部を留める、日原旧道。
最初に目標としていた採石場との出会いの地点まで、私は辿ることが出来た。
東日原の入口からは約1.3km。
まだ未踏の区間がこの先700mほど残っているが、これについては、既に地上から消えていたことが判明。
永遠に辿れぬ道として記憶されることとなった。
未曾有の崩壊のため、誰も近づこうとしなかった旧都道。
しかしいま、その秘部の全てを暴かれ…
ここに 果てた。
撤収!
…ん?
ちょっと…?
ちょっと 待って。
なんか今、 見えなかった?
… ?
は? なんだこれ。
あははっはっはー
2本くらい、道見えるなぁ。
無 理。
なぁんですかー?
これはー。
なむあみだぶつ
アブダバアブダバ
あーーー。 うーーーー。
この景色は、何ですか?
道ですか?
そうですか。
崖の穴に吸い込まれていく、一本のワイヤー。
崖に穿たれた小さな穴と、その前後の道らしい影。
馬鹿な。
あのーー。
私は何を見ているんですか?
対岸の崖。
はじめチラッと見たときに思いましたよ。
すごいなー って。
それだけじゃ、駄目なんですか?
絶対無理ですって。
ありゃどうにもイケマセンって。
誰がいつどう
やって、あんなところに、道を作った
んだ よ orz
日原に住んでいるのは、本当に人間かよ?!
ハァハァ!!
ハァハァ!!
はぁはぁ… はぁ…
旧道を制覇したという喜びなど、一瞬で醒めた。
私は旧道の突端で対岸を唖然と見たまま、己がただの敗者となったのを感じていた。
自分では、どうにもならぬ道がそこにはあるのだった。
どうやっていくのかさえ、想像が付かない。
ただ、間違いなく対岸に道が存在していた。 地図にない、道が。
上下2本の道。
上の道には、石垣が存在しているのが分かった。
下の道は……、 本当にそれが道なのだとしたら…… sicken!
日原の旧道の探索は終わった。
……だが。
次なる未踏への挑戦は、この瞬間に始まっていた。
日原の探索は、
今ようやくにして、
その真の頂の有るを知ったに、
過ぎなかったのである。
分かっていたさ。
この道には近づけない。
分かってたけど…見過ごすことは
出来なかったんだ。