鶴子林道は、本来ならば、生涯私が走ることは無かったであろう道だ。
山形県尾花沢市の南端、隣県宮城に跨り、原始の姿を色濃く残す休火山、御所山。
その広大な山域の奥深くまで幾多の林道が伸びているが、鶴子林道もそのうちの一本だ。
延長10Kmを越えるピストン林道(行き止まりの道)で、秋田市に住む私にとって、あえてこの道に分け入る理由は無いはずだ。
それが、2002年5月23日、ほとんどこの道の攻略のためだけに、友人の運転する車で山形入りし、この地を訪れた。
それほどまでに、私をひきつけた理由…、
それは、レポートの中ではっきりするはずだ。
前代未聞といってよい、衝撃の光景が…、
私を、待っていたのだ。
<地図を表示する>
この日、朝3時過ぎに南秋田郡天王町の保土ヶ谷隧道(チャリ馬鹿トリオメンバーの一人…以下“保土ヶ谷”、彼について詳しくはこちら)宅を発った保土ヶ谷と私。 保土ヶ谷の愛車が、私をここまで連れてきてくれた。 延々と国道13号線を走ってきたが、朝日が昇るより前に雨が降り始め、そのまま灰色の朝を迎えた。 …天気予報では、晴れのはずなのだが…、今回事前に得てきた鶴子林道の情報は、危険な廃道であるというものだった。 廃道で雨…、これほど嫌な組み合わせは他に思いつかない。 しかし、ここまで来て中止と言う勇気は無かったし、我慢できなかった。 決行、である! 写真の正面の壁のような部分は、新鶴子ダムである。 よく見る重力ダムとはだいぶ印象が違う、まるで、丘のようなダムである。 これは、ロックフィルダムと言う形式で、軟弱地形に向いている構造らしい。 着工した昭和47年当時、日本最大の農業用ダムであったそうな。 たしかに、でかい! ダムの向こうには、ほとんど灰色の雲しか見えない。 はっきり言って、気が重い。 この重苦しいコンクリートの壁が、出発前の心に重くのしかかってくるようだ。気が進まない。 最悪の結末が、頭をよぎり、なかなか友の元を離れられなかった。 |
巨大な水路が堰堤に掘られている。 この日は、ほとんど流水はなかった。 このダムの高低差を攻略するのが、まず本日初めの仕事になるようだ。 …いやだねー。 仕方なく、一人漕ぎ始めた私だが、保土ヶ谷には5分間その場に待機するように依頼しておいた。 なんとこの場所、かすかに携帯の電波があった。 雨や故障による断念の場合、拾ってもらおうと言う魂胆だったが、…いつになく弱気な俺であった。 |
ダムの堰提を巻くための、舗装された狭い九十九折が始まる。 パラパラと、小さな雨粒が断続的に体に当たる。 まだ、なかなか決断がつかない。 「この奥地に、どうしても自身の目で見ておきたいものがある!」 その熱意がここに来て、揺らぐ。 登りが苦しい。 | |
「よっしーーーーーーーーー!!」 そのとき、背後から、古いあだ名で呼びかけられた。 聞き覚えのある絶叫にあせって振り返る。 一瞬事態がつかめなかったが、目を凝らすと、出発地点に程近い場所に手を振る人物の姿が。 エールを送っているのだろうか。 全身で手を振り返す。 それは、雨具の用意も無い私の、無謀な、馬鹿チャリが始まった瞬間だった。 |
紅内集落に至る下り道が左に分かれ、ここから先は、いかにも人工的な広い切り通しを登る直線登攀である。 約1Km、なかなか熱いウォーミングアップである。 余談だが、私の場合、現場にこれほど近い場所からチャリに乗るのは稀である。 ロードを20から60Kmほどこなした後に初めて現場、と言うことがほとんどだ。 どうも体がなじまない状態でのこの登攀。 疲れやすい状況だ。 路面を見ると降り始めたばかりのようではあるが、止まぬ雨がどうにも気持ちを沈ませるので、何か明るいことを考えつつ走るよう心がける。 |
上り詰めると現れるのが、この なんとも風雅な名前だが、つくりは如何にも林道的な飾り気の無いもの。 幅広な隧道は、無灯の直線、延長は300mくらいか。 妙に丸みを帯びた断面が印象的な隧道であった。 この随道が、今回の舞台「鶴子林道」の入り口である。 |
隧道を出ると、眼前に広がる巨大な湖。 ここで始めて目にした御所山の山容と言いたいところだが、実際は、どれが主峰なのか判然としなかった。 雲に隠れていて見えていなかった可能性大だが。 とにかく、切り立った山並みが目の前いっぱいに広がった。 足元は空とおんなじ灰色の水面。 どう考えたって、不吉な感じ…。 | |
隧道のダム側入り口に林道標示を発見。鶴子林道 起点 延長10.743m 幅員3,0〜4,0m いきなりの10Kmオーバーですか…。 無遠慮ですね。 |
巨大なダムが、巨大な湖を従えているのは、当然のことであろう。 しかし、そのお尻まで走るのは、面倒だなぁ。 道は良く踏み固められており、高低差も少なく走りやすい。 この奥に一帯最大の登山基地、御所山山荘が控えているせいだろうか。 ピストン林道にしては、十分な通行量があるようだ。 周囲には美しい新緑がたっぷりの湿気を含んだ空気に萌えているのに、私の心はなかなか燃えない。 灰色の空、灰色の湖、灰色の路面…、そして灰色の心である。 ぶみー。 |
ダムを左手に約5Km、やっとダム湖が沢に変わり、林道は森の中に入る。 依然止まぬ雨が、路面を既に濡らし尽くした。 身体も汗と湿気で、既にびしょびしょ。 幸い、寒くはない。 それにしても、まったく人に出会うことがない。 一人山中に入ってゆく感覚が、今日は妙に心細い。 走り慣れた秋田からこの地がはるかに離れているせいもあるのだろう。 こんな場所で…、雨に凍え、崖に阻まれでもしたらどうしようと言うのだ…。 ポケットから取り出して携帯の画面を見る、当然のように「圏外」だった。 |
伐採を免れた美しい森の中を進む。 写真のこの木は、余り見ない木ですが、岩手県の南本内沢林道でも前に見た記憶が。 どなたか、この木の名前をご存知の方、教えてください。 手持ちの図鑑では『えぞまつ』かなっ、って思いましたが、北海道にしか生えていないと書いてました。 |
小さなピークを越えると、目の前に広場が。 その隅にある立派な赤い屋根の建物が、改築されたばかりの御所山荘である。 | |
よく整備された山荘は無人だった。 どうやら、張り紙によると、6月1日が山開きらしい。 ガレージのような場所で、雨宿りをかねて休憩することにした。 少しだけ乾いた空気がそこに残っていた、なんかホッとした。 ここまで出発から約10Kmほど、さして疲れる行程ではなかった筈だが、弱まったり強まったりしながらも依然止まない雨に、内側から疲れた感じ。 しかし、もはやここは林道の中盤。 この目でどうしても見ておきたい、その場所は目前である。 ここまで来たからには、なにがなんでも、攻略だ!! トタンの屋根を打つ雨音と、裏を流れる渓流の増水を始めたらしい水の音は、どうあっても私の決意を萎えさせようとしているようだ。 いくら造りが立派でも、こんな無人の山荘の下で雨宿りしていたら、寂しくなるばかりだと気付く。 そして私はすぐに、雨の中をさらに暗い森の中へと漕ぎ出すのだった。 次回、遂に牙を剥いた狂廃道に挑む。 |
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