走破レポート  鶴子林道と御所山 その2
2002.5.30


 廃道を求めてはるばる山形県中央部尾花沢市の南方、鶴子林道に分け入った私だったが、予報に反し降り出した雨はなかなか止まず、びしょ濡れ寸前の状態となった。
それでも遂に御所山荘にまで到達したのだが、結局無人の山荘での雨宿りもそこそこに、雨のなか再び漕ぎ出したのだった。

 恐るべき廃道「狂廃道」が、迫っていた。

<地図を表示する>

 
林道分岐点
2002.5.23 7:36
 ここで沢を離れて登ってゆく「御所山林道」と分岐。
鶴子林道本線は直進する。
迷わず直進、この先に目指すものがあるはずだ。
いよいよと言う感触に、雨をも蒸発させるような熱意が、ふつふつと湧き上がる。
行き止まり? そんなはずは。
7:38
 ええっ!?

 驚いて、急停車。
だって、道無いですよ?!
なにやら、ここまでの道では見たことない、古い石垣が、草むらのなかに続いています。
しかし、そこにあるはずの道がない。
シングルトラックすらも、その痕跡もない!

 えーーーっ!
これじゃ、さすがにこの先へは、ちょっと、…。
ここまで来て、こんなにあっさり断念?!
さっきまで、あれほど踏み固められた普通の林道だったのに、何で突然こんなになるの?!
 意味も分からず、立ち往生。
果たして、どうする?!
 わき道発見。
7:41
 途方にくれて振り返ると、沢のほうへと、ほとんどシングルトラックのような狭い道が降りていっているのが見えた。
その道も、相当にひどい感じがしたが、どうにか車一台分の幅はあるようだし、道路上に生えている草の数は明らかに正面の道より少ない感じがした。
 とりあえず、だめもとでその道を進んでみることに決めた。
行き止まりなら、もう一度考えよう。

 入ってみると、やはりひどい。
車一台通るのがやっとという幅の道が、二度三度と九十九を描いてどんどん谷底に降りてゆく。
ここに来て、すぐに終わってくれたほうがまだ良かったのかもしれない、と、思い始めた。

 実際には、これはまだ始まりに過ぎなかったのだが…。
御所山橋
7:42
 このまま谷底に降りるかと思ったところで、なにやら、場違いな感じの立派な橋が現れた。
相当草生しているのだが、幅も広く、造りも頑丈そうだ。
そして、林道橋としては妙にしゃれた欄干や親柱の造りが、それが相当に古いものであると予感させた。
雨に濡れた大きな葉っぱを掻き分けて親柱の銘を読む。
 そこには、「御所山橋」とまだ十分に判別できる文字で書いてあった。
反対のそれには「昭和37年竣工」とあった。
これは、十分に古橋といえるものだ。
 橋の真ん中に立って、沢を見下ろす。
沢の水は雨にもかかわらず透明で、緑とのコントラストが美しい。
川原に何かいる。
釣り人だ!
 この日、出発後初めて人に会った。
少し、ホッとした。
こんな雨の早朝、私にとっては異国のようにも感じられたこの遠い地で、平然と釣りに興じているそのオヤジの姿は、なんとも、心強く映った。
ここだって、いつも自分がフィールドにしている秋田の山河と何も変わらないんだ、と、少し強気になった。
オヤジ、ありがとう!

 で、正面を向いていざ出発!

道路の真ん中に、相当に昔に転げ落ちてきたような落石がごろり。
…ここからもう、廃道なのね…。
覚悟するしかないようだった。
いや過ぎる展開
7:45
 廃道と化してすぐに現れたのがこれ。
沼地。
そんなにぬかるまいと突っ込んだところ、ずぶずぶっっと、10cmはぬかりました。
ここで両足絶望!
一気に、ここまで何とか温存してきた足先の渇きが台無しに。
靴の中が濡れるのって、どうしてこう、やる気に水を差すのでしょうね。
ホント、足が濡れるのって、嫌い。

 でももう後のまつりなので、あきらめて進む。
どうせ遅かれ早かれ、こんな道じゃあ、足も無事では済むまいよ。
ひどい
7:46
 の泥沼から、数10mすすむと、道はこのような有様。
もはや廃道云々どころか、この場所に車道があったのかすら怪しくなる。
廃道を覚悟していたとはいえ、この展開は、少し期待していたものと違う。
少しじゃなく、全然違う。
 「道間違いだ。引き返そうか?」
そう自問してみるも、決定的な証拠がない。
それに、たとえ道間違いだとしても、ここで引き返すのは、癪に障る。
なにか、引き返す根拠となりうる障害が必要であった。
余りにも悲しい、自身の性である。

 この光景で引き返せないとなると、一体どうなれば、引き返すにいいのだろう…?
怖い。
ひどすぎる。
7:50
 「こいだば、なんともならぃねぇっ!」

ひとり、口に出してみる。
しかし目の前の光景は、事実でしかない。
数10m進むたびに、新手の嫌がらせかと思うような惨状が立ちはだかる。
実際には嫌がらせでもなんでもなく、チャリで入るべきでない場所に無理やり入ろうとしているバカがいると言うだけの話なのだが。
 心に決めていた。
もしチャリとともに進めない状況になったら、そこで引き返そうと。
「チャリ無しでは、攻略とはいえない。」
それが、山チャリにて自身に課する唯一のルールと言っても良い。

 ここは通れるか?
自問する。

 そして、慎重にこの幅30cmの道を越えた。
九十九折の廃道
7:52
 この写真の場所は、のほぼ真上である。
というのは、ここまで橋を渡ってから、ほとんど直角に近いような斜面に刻まれた九十九折の道であったのだ。
写真にも、一層、二層下の道まで木々の間に写っている。
既に釣り人がいた川原から、50m以上の高低差がついている。
どこまで登るのかとヒヤヒヤしたが、結果的には、九十九折はここで終わりであった。
木々の間を走る
7:53
 少しこの道にも慣れてきた。
この写真の場所など、もともとは、やはり幅の広い道であったことが感じられる。
おそらくは車道であったのだろう。
現在では轍の跡すらなく、シングルトラック、しかも足跡だけ。
そこに、あたらし目の足跡がいくつも残っているのが、せめてもの救いであった。
きれいだ。 だが、なにか…。
7:54
 まったく人の手が入っていないと思われる森の中を、よろよろと小道が続いている。
雫をたっぷりと蓄えた葉っぱがズボンや靴を濡らす。
もう、それは余り気にならなくなっていた。
なんていうか、少し常軌を逸した気持ちになっていたのかもしれない。
黙々と漕いでこの奥へと進んでいったのだが、雨の中、しかも見ず知らずの土地。
旅とはもともとそういうものだろうが、しかし、余りに不安定な、言ってみれば無謀な状態である。
冷静になってみればそう思う。

 しかしこのときは、もう夢中であった。
写真を見ると、あたりが本当の“森”であったことにハッとする。
なにか、山の神とか天狗とか、そんな超常的な何かにとりつかれたようになってたんじゃないかなって、真剣に思う。
「きれいだ。 だが、なにか… 普通じゃない。」
崖の道
7:56
 少し視界が開けた。
崖沿いの道を進むようだが、案の定無事ではない。
しかし、道路わきの崖にはいつのものか、落石防止ネットがあった。
林道では見慣れたそれを見たとき、少し安心した。
こんな道でも、やはりもともとは林道であったという根拠のように思えたから。
 チャリで登山道を走るというのは、これまでの自分の守備範囲でなかったから、やはり心細いものがある。
しかし、いくら荒れていようが、元が林道なら…負けはしないのだ! (バカだね。)

 そんなことを考えながら、何とか木々を掻き分けて進むと…

 遂に発見!
ここがかつて林道であった決定的な証拠といってよいもの、道路標識をつけていたであろう棒、である。

 一体、これ程に“自然に還る”には、どれだけの時間がかかるものなのか?
悠久といえるような時間を連想したが、さっきの御所山橋は昭和37年竣工であるから、廃道化は多分、それよりかは新しい時代の出来事であったろう。
意外と、自然が道を飲み込む速度は速いようだよ。
過激な自然保護思想家、ひいては『林道建設反対!!』などと声高に叫んでおる方々に、この道を見せて差し上げたい。
役目を終えたみちは、こんなに早く自然に調和し、還ってゆくのだということを。

 もっとも、たまたま、ここの条件が良かったのかもしれないけど。

残雪の残る沢
8:02
 泥の下には、所々残雪が残っていた。
この沢越えも、如何にも林道的な線形である。
押して進まざる得ない不安定な路面が続き、時速5km程度での移動を余儀なくされた。
果たして、どこまでこの道は続くと言うのか?
 正確ではないが、からここまで2kmは進んだだろうか。
遂に、これは…!
8:11
 それからまたしばらく、ブナを主体とした原生林の中を進んだ。
そして突如それは現れた。
一瞬終点かとも思ったが、踏み跡は健在のようだった。
しかし、引き返しを決断する閾値をはるかに越えた悪条件といってよかった。
写真は分かりにくいと思うが、チャリを斜面に横たえ少し先行して(チャリとともに進める)ルートを探した時のものだ。
既に道幅が狭いとかそういうのを越えて、確固たる道といえるような幅はない。
突き出た岩や木の根を支えにして、チャリを引っ張り、また、持ち上げて進む場所だ。
 ここでしばし考える。
引き返すに良いのではないか?
これは、車道終点といってよいのではないか、と。
これ程の悪路でも、時間を掛け、慎重に進めば越せないわけではない。
しかしそれは余りにもハイリスクで、さらに、引き返してくることも考えたら…。

 決断は、目前に迫っていた。
終点 とさせていただきました。
8:14
 そこは約50度の粘土質の斜面であった。
そこには道はない。
ただ、人の歩幅で足跡サイズの小さなくぼみが点々と続いていた。
しかし、水分を含んだ足元はぬるぬると、奈落に私を引き込もうとした。
一見緩やかな斜面だが、すり鉢状になった谷底付近の傾斜は直角に近く、しかもその高低差は20m以上ありそうだった。
一つのミスでそのまま命を失うという、もっとも危険な状況であることが、わかった。
…この時点でチャリでの突破は断念せざるを得なかった。

 チャリを横たえ、左の写真の中央左に写る倒れた木の根が作る盛り上がりまで、命がけで歩いてみたが、その先にももはや幅の広い車道跡はないようだった。
それを確認し、やっと引き返せるという歓喜がこみ上げてきた。
振り返りざまに対岸の景色が見えた。

   いまだかすかに降り続く雨にあらわれた木々の蒼さは、いつもよりさらに鮮烈に映った。
険しい断崖も優しげな緑のベールに包まれて見えたが、今自分がいる場所だって、遠くから見れば多分あんな感じなのだろうと気付き、ヒヤリ。
できるだけリスクを犯さないように慎重に帰還することにする。

 この廃道の往復は、非常に印象に残った。
険しく困難であったことよりも、美しいブナの森と、そこに落ちる雨。
この余りのマッチングに、心動かされた。
また、そこを通う、これ以上なく控えめなシングルトラックが、その情感を最大限に味あわせてくれた。
 「ちょっと、これは病み付きになるかも…」
な、快感があった。
 完全に車道としては廃された道であったが、山を歩く者には現役であったことを考え、無名と思われるこの道を、沿う沢の名を貰い「柳木沢林道」と、呼ばせてもらうこととし、この地のレポートを終了する。

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