| 北海道の全長4キロ越え長大道路トンネル(2026年9月時点)
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| 順位 | 路線名 | トンネル名 | 全長(m) | 開通年
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| 1 | R336 | えりも黄金トンネル | 4941 | 2011
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| 2 | R231 | 浜益トンネル | 4744 | 2016
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| 3 | 道東道 | 新釧勝トンネル | 4460 | 2015
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| 4 | 道東道 | 穂別トンネル | 4318 | 2011
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| 5 | R236 | 野塚トンネル | 4232 | 1997
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| 6 | R333 | 新佐呂間トンネル | 4110 | 2009
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| 7 | R450 (旭川紋別道) | 北大雪トンネル | 4098 | 2002
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右図は、北海道内に存在する全長4kmを越える道路トンネルの一覧だ。
このように、令和8(2026)年9月時点で7本が存在しているが、今回は道内第6位の長大道路トンネル(完成当時第2位)である、国道333号新佐呂間トンネルの旧道ならびに旧旧道を探索した。
この表からも分かるとおり、旧道は平成21(2009)年まで現役だった道路であり、実は旧旧道もそんなに古いものではない。
手元の資料には、昭和63(1988)年竣工のサロマトンネル(全長1651m)というのがあり、これが旧道のトンネルだった。
その開通までは、旧旧道が国道333号として使われていた。
つまり、旧道のサロマトンネルは、全長1651mもある長大トンネルなのに、昭和63年から平成21年まで、21年間しか現役ではなかったようなのだ。
これはかなり短い気がするし、いましれっと「現役ではなかった」つまり、旧道が既に廃道であるということを書いたが、そう考える根拠はこれから説明する。
まず、新佐呂間トンネルがどこにあるかという話をする。
新佐呂間トンネルは、北海道の佐呂間町(さろまちょう)と北見市の境にある。
土地鑑がない人も、おそらく名前は聞いたことがあるだろうサロマ湖に面したオホーツク沿海の地域で、このトンネルを擁する国道333号は現在、旭川紋別自動車道(国道450号)とセットで道央と道東北部(北見網走地方)への最短経路を構成しているので、300番台国道ながら利用度は高い。
それゆえ、このように速いペースで2世代の改新を果たしたというのは確かだろうが、理由はそれだけではなかった。
現在の新佐呂間トンネルが建設された事業名は、一般国道333号佐呂間防災工事といい、北海道開発局が事業を行った。
“防災工事”と名付けられているように、この工事の最大の根拠と目的は、防災である。
全国ニュースにもなったと思うので覚えておられる方もいると思うが、平成13(2001)年10月4日に、現在旧道となっている場所で大きな土砂崩れが発生し、通行中の乗用車1台が呑み込まれた結果、乗員2名が犠牲となるという傷ましい事故があった。
平成8(1996)年の豊浜トンネル事故を契機に、全国的な道路防災体制の見直しが進められていた中での同様の事故であったから、重要路線の防災対策は一層と急がれることになった。
日本建設機械化協会が発行する雑誌『建設の施工企画 (681)』(2006年11月号)に、新佐呂間トンネルの現場を視察した記事があるが、そこには次のように工事の目的が述べられている。
一般国道333号のうち、佐呂間町から北見市にかけての区間は、佐呂間防災工事に位置付けられ、平成13年10月に北見市北陽で発生した岩盤崩落災害と同様な地質構造の切土斜面を回避する目的で、北海道開発局が整備を進めている。
新佐呂間トンネル工事は、この岩盤崩落災害を未然に防ぐとともに、ルクシ峠部の急カーブと急勾配を解消して、安全で信頼性の高い道路とするため行われているものである。
『建設の施工企画 (681)』より
そして、ニュースになったので覚えている方もあるだろうが、この新佐呂間トンネル工事の最中に、現場近くのプレハブ事務所が竜巻に巻き込まれ9名の工事関係者が亡くなる事故があった(北海道佐呂間町竜巻災害)。これにより工事は中断されたが、その後再開され、平成21(2009)年3月14日、当初の計画から1年遅れで全面開通したものである。
このように、大きな産みの苦しみを伴って生まれたのが、新佐呂間トンネルであった。
以上のような、新佐呂間トンネル誕生のストーリー(岩盤崩壊を警戒して新道を造った)を知れば、例え完成から20年ほどしか経っていない新しい道路だったとしても、旧道が今も使われていることがないというのは予想できると思う。
実際にその通りであって、最新の地理院地図を見ると(↑)、旧道らしき道は、佐呂間町側には描かれていて、途中に「ルクシ峠」の注記も見られるが、おそらく旧「サロマトンネル」の西口とみられる地点で行き止まりになっており、北見市側には全く旧道らしい道が描かれていない。
さらに旧旧道については、佐呂間町側、北見市側、どちらにも描かれていない。
正直、「ルクシ峠という注記はそこで良いのか?」という違和感も込みで、なかなか衝撃的な表記内容だった。
だが一方で、ほぼ最新版(2025年発売)といえる『スーパーマップルデジタルVer.26』(SMD26)という、いわゆる市販の道路地図だと、現道、旧道、旧旧道の3世代が、実に仲良く揃い踏みを果たしているではないか!
お陰で、旧道の位置も、旧旧道の位置も、正確に把握することが出来た。
廃止の時期を考えれば、旧道はおろか、旧旧道でもそれなりに形は留めているはずだと私も思うが、にもかかわらず表記をほとんど失っている地理院地図とのギャップが目立つ。
これは、実態というものを調べる必要がありそうだ。 (そんな“必要”はないのだが、私が調べたくなった)
サロマGOだ!
まずは前哨戦、仁頃トンネル旧道へ
北のタマネギ王国たる北見市中心部から、国道39号を外れて国道333号を西進すること約15km、ルクシ峠の麓へ着く。
この先、まずは仁頃(にころ)トンネルが現れ、その次に新佐呂間トンネルが現れるが、この仁頃トンネルにも旧道がある。
同トンネルは、平成15(2003)年12月12日に開通式を挙げており、新佐呂間トンネルより6年早く開通している。
冒頭で明した2名の死者を出している岩盤崩壊事故は、この仁頃トンネルが開通する以前の道(旧道)で発生したものだった。
SMD26には、仁頃トンネルを迂回する約2kmの旧道が今もあるように描かれているが、地理院地図からは完全に抹消されている。
新佐呂間トンネルの旧道へ行く前に、仁頃トンネルの旧道を探索した。
2023/6/7 15:25 海抜175m
これが、「現在地」の風景だ。
奥がルクシ峠方向である。
道路の谷側に広い駐車帯があり、そこに車を停め、自転車で出発した。
例によって、今日もスタート時間が遅い。
また夕暮れの探索になることを覚悟している。
今日も日の出から動き始め、釧勝峠旧道、北進駅跡、道道665号、道道667号などを歴訪してから辿り着いたので、こういう時間になった。
それでも日の長い時期なので、気象台発表の日没時刻(19:04頃)まで、まだ3時間半以上ある。
自転車でサクッと鋪装旧道をやるくらいなら、全然余裕であると踏んでいた。
それよりも、天気の方が心配だ。
ここへ来る途中の車内でも何度か雨を通ったが、この場所の地面が濡れているし、今にもまた降り出しそうな空模様である。
(主に)カメラの防水対策をして、出発する。
15:27
自転車に跨がり、まずは国道333号の車線を横断する。
するとそこに、現国道と並走する2車線幅の舗装路が見える。
これが、SMDには描かれている旧道である。
現道と旧道は、その本来の分岐地点は失われていて、わずかに峠側に進んだところに新たな進入路を用意し、現道から脇道に逸れる形でアクセス出来るようになっていた。
旧道の入口に、見慣れすぎたバリケードが設置されているのが見える。
15:28
これは、意表を突いた行動だ?!
なんと?! このヨッキが、そこに見える旧道へ向かわなかったのである。
もうワルいことを卒業したからではなく、ここには緻密な(ではなく姑息な)計算があった。
探索前に、うっかり見ちゃったんだよね。Google Earthを。
そしたらさ、知っちゃった。
15:30
さっきのところから旧道に入ると、すぐに並行する現国道の法面に呑まれるようにして、路面が草むらに没してしまうことを。
そして、この部分を回避して旧道へ入る、便利な道がこの先にあることを。
とはいえ、本来ならこれを知らずに旧道へ入って、この展開を自分の目で見て、驚きたかったのが本音だ。
でも、知っちゃったうえに、時間が余りないし、今にも雨が降りそうだということで、ここは涙を呑んで先を急ぐことにしたのだった。
まあ、現道から旧道がよく見下ろせるので、近寄って確かめたくなるような場面があったらちゃんと寄り道しますよって、許してね。
15:32
現国道は、「え、これ自専道じゃね?」って、もしかして自分が歩行者通行禁止の標識をどこかで見逃してきたんじゃなねーかと不安になるくらい、凄く高規格!
線形も、道幅も、勾配も、中央分離帯代わりのグリーンポールも、路肩の5本線ガードロープも、ほんと自専道みたいだ。歩道もないし。
実際、自専道とほぼ同等の規格で作られている気配があるが、実は国道333号のうち遠軽町から北見市までの区間(つまりここも)には、遠軽北見道路という名の高規格道路(以前は「地域高規格道路」と呼ばれていたもの)が指定されており、かつ、北海道開発局が出している資料(←p3)だと、この辺りは遠軽北見道路の供用済区間として描かれているから、単に歩行者等の通行規制が行われていないだけで(旧道が通れないので、規制すると歩行者が峠を越せなくなる)、設計的には自専道と同等なのではないかと私は思っている。
ちなみに、制限速度は法定速度だけど、行き交うクルマの流れも自専道並みな気が……
そして肝心の旧道だが、今のところ道形自体はずっとある。
だんだんと高低差がついてきていて、遠くなっている。
旧道の路面は、鋪装は剥がされているが、それだけのようだ。まだ走ろうと思えば走れるだろう。
15:34
そして、自専道みたいな直線の上り坂を行くこと約700m。
前方に、これまた自専道みたいなルックスの仁頃トンネルが近づいてきた。
このままトンネルに入ると、旧道へアクセスすることは出来なくなる。
チャンスはその前に1回だけ。
チェンジ後の画像は、築堤の下にある旧道を望遠で覗いたもの。
見ての通り、ついに築堤の法尻に、旧道の道幅のほぼ全てが呑み込まれ、路肩にあった4本線ガードロープだけが辛うじて存続している状況になっている!
この状況でも、自転車ならなんとか通過は出来るだろうが、面倒くさかったと思うので、今回は迂回で正解だったと言うことにさせて貰おう。
ここも突破して完璧を期したい人は、やって報告をタノム。
15:35 《現在地》/海抜220m
出発から10分間で現国道を750m前進し、標高を40mほど上げた。
仁頃トンネルの坑口直前に、これまた自専道によくありがちな、電気室などの施設が配置された非常駐車帯のような場所があり、この奥から旧道へ簡単にアプローチ出来そうなことを、アースで事前に見抜いていたのである。
行ってみよう!
15:36
あ、これだな。
鋪装された敷地の一番奥に、特に封鎖されてはいない、砂利道のスロープが川側へ下ってくのを見つけた。
少し入ると、下り着く先にガードロープが見えだした。
間違いない、ここだ。
なんだありゃ。
この先は、確かに旧道の敷地であるが、微妙に道路を異にするような、不思議な状況になっているようだった。
続く