鷹森林道は、北秋田郡鷹巣町上舟木と同郡森吉町森吉とを結ぶ峰越林道である。
特筆するほどに長いわけでも、メジャーなわけでもない。
ただ、私は非常に印象に残った。
よって、ここに紹介したい。
私が何を見、そして、なぜ、ここに紹介したいと思うほど印象付いたか。
十分に伝わるようなレポートが出来れば幸いである。
第一回目の今回は、林道入り口に立つまでをレポートしたい。
<地図を表示する>
写真の通り、この日は雨。 しかも、予想外の雨は、JR前山駅出発からまだ小一時間しか経過していない私の素肌に、じっとりと冷たい感触を伝え始めていた。 雨具の用意のない私は、常用のウィンドブレーカーで、通り雨の過ぎるのを祈りながら走り続けていた。 水しぶきを上げて次々と通り過ぎる車の脇を、寒さに背を丸めて走る国道105号線。 ここ岩脇で、この日の第一の攻略目標である、「鷹森林道」へのアプローチに入るのだ。 写真の青看で、左折「上舟木」とある、その上舟木こそが、最初の目的地である。 ここで左折し、初めて走る県道198号線に入った。 |
この県道198号線、「揚の下岩脇線」の名の通り、先ほどの岩脇に始まり、上舟木に程近い揚の下までの12kmほどの道のり。 鷹巣町内で完結するきわめてローカルな県道だが、程よく整備されており、勾配があまり無いこともあって、走りやすい。 しかし、あたりは小猿部川支流の品類(読み不明)川に沿った、熊の出没も珍しくないような僻地。 一言で言えば、田舎中の田舎である。 左の写真の場所は、中ごろで通り過ぎた深沢の集落だが、一見したところ、ただの町の様でもある。 しかし実際は、右の写真のような景色を黙々と走り、忘れた頃にぽつんと現れたのが、この集落であった。 |
やっと、雨が上がり、風上の方に(この日は南西風であった)、わずかな青空が見えた。 私の中に、むくむくと湧き上がる希望。 流れ散った雲の中に、初めて見る正面の山脈。 これから挑む森吉町との境をなす稜線が、挑発的に私を見下ろす。 思った、「考えていたよりも、高い壁だな」と。 このときまで私は、かなり甘く見ていたのだった。 集落からは離れても、道の脇には、断続的に田んぼがあった。 私は見た、田んぼの畦に止めた軽トラの脇で、熊のように雄叫びを上げる爺さんを。 『タローーーーーッ!』『タローーーーーッ!!』 戦慄を覚える私。 爺さんの叫びに応え、私の遥か後方で吼える、犬。 なぞの爺さんと、犬(タロー?)との遭遇であった。 |
県道111号線との合流点であり、ここが県道198号線の終点である。 目指す上舟木は左折であるが、この県道111号線は、上舟木集落の更に奥、明利又で行き止まりの道であり、これまでにも増して通行量は激少である。 寂しすぎる。 信号もない交差点に、一時は上がった雨が、再びポツリポツリと落ちてきた。 この状況で先に進むことは、きわめて勇気の要る決断であった。 …否、蛮勇というべきか。 既にこの時、私は、全身に渡ってかなり濡れており、リュックに守られた背中と、パンツ以外は、ほぼ全滅であった。 もう、これ以上の雨は、嫌だ。絶対。 |
県道111号線はまもなく、これまでずっと沿っていた品類川を渡るのだが、現道の橋のすぐ脇に、旧道のものと思われる橋が辛うじて残っていた。 いつ頃まで利用されていたのかはわからないが、前後の狭い砂利道といい、朽ちた標識の示す3トンの重量制限といい、この奥にも幾つかの人の住まう集落があるというのに…。 当時、こういった集落に住まう人々が感じていた都会との隔絶ぶりというのは、今の世からは考えないほどのものであったのではなかろうか? |
そう距離を置かず、分岐点が現れた。 ここが、上舟木である。 目指す鷹森林道はここから入るのだが、実は鷹森林道というのはまだ先で、ここから始まるのは、大舟木林道である。 この時、一段と雨脚が強まっていた。 まったく空には雲の切れ目など無く、黒い雲が何処までも連なっているのが見えた。 寒い。 壁のように立ちはだかった行く手の山並みには、所々雲が覆いかぶさって、それはもう、ものすごいプレッシャーを与えてきた。 挑んで無事に帰れるのか? 不安が重くのしかかる。 |
まもなく道は、集落の端に達する。 そこには、細い橋が一本、まるで、里と山とを分け隔つかのようにあった。 ここを渡れば、もう後戻りはできない…、強迫観念といってもよい、プレッシャーがのしかかる。 普段なら、何の変哲もない通過点であっただろう。 この悪天候と寒さが、私の不安を、増幅させるのだった。 自身の無謀な行為を正当化する気もないし、無論、読者を煽る気持ちも無い。 ただ、私は、自己責任の世界の気持ちよさというものに、少し侵されてしまっている。 その快楽をむさぼるために、先へ進むのかもしれない。 山で、一人旅。 そこには、厳然たる自己責任の世界がある。 自身の、コンビニ店長としての日常…ストレス、それを砕くのが、この一人の世界なのだと、思っている。 協調・協和の社会生活から、すこし、はみ出した世界。 …もし、私が勝手に遭難したら、死んだら、迷惑に思う人もいることだろう。悲しんでくれる人も少しは。 しかし、自身のストレスを発散する場は、必要なのだ。 それは、自分で見つけるよりほかはないのだから。 それが、はたから見たら少し病んだ、こんな山旅であったとしても。 もちろん、自分を大切にはしているつもりだ。 生きて戻る、そして、拙いながらも、このようなレポートを書く。 その時の代え難い安堵感と、達成感。 それらを得るためには、無事生きて還ることが必須であることを知っているから。 しょうもないことを書いてしまったかもしれない。 さて、これより、大舟木林道である。 れっつらごー。 | |
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