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  [No.4711] 今度こそ 投稿者:路傍の石   投稿日:2010/03/31(Wed) 18:48:13

利賀大橋の画像みつけました…かな?
画像は後編終了後に添付するつもりです。
まだ怪しいので…


  [No.4714] ハズレ 投稿者:路傍の石   投稿日:2010/04/01(Thu) 09:05:38

やっぱりハズレでした。
場所は○(←◎ではないと思われます。)
後はムニャムニャ。
とにかく言える事は利賀大橋ではない、ということ。
この先は後編終了後、曝しましょう。
奥が深いですね!ヨッキれんさん!


  [No.4722] ハズレ〜廃橋の画像 投稿者:路傍の石   投稿日:2010/04/02(Fri) 23:48:46

主塔の形、そして背景。本年3月5日に私が新規投稿したNo.4539の中で貼った画像
http://tonamino.jp/syogawa/hasi/hasi_01.gif
は、主塔の形、背景の利賀谷の合流部であること、そしてヨッキれん氏による本編最後の焼け落ちた写真にもあるワイヤーの張り方、さらには白いペンキ塗り?の木製?の欄干等から、
abroaderさんの読みどおり、「旧長崎大橋」ではなく、これこそが「利賀大橋」のようですね。よく見ると、アーチ部も見えますね。ヨッキれん様。ネタバレになってしまって申し訳ありませんでした。

さて。「利賀大橋の前の橋」ですが、鮮明な画像が見つかりました。「利賀大橋」の背景とほぼ同一地点で、本編にもある、後部にアンカーと思われるコンクリート塊のある、つり橋です。
http://www.pocketbooks-japan.com/images/products/b5001-9999/b5493 ..... a1adb50bu0

http://www.pocketbooks-japan.com/images/products/b5001-9999/b8451 ..... n5ugfvr2h2
一枚目には、橋桁から湖面に日本のワイヤーらしきものが垂れているのが見えます。
二枚目には、遊覧船が見えます。
これらは、「アンティーク絵葉書専門店ポケットブックス」さんの「戦前絵葉書」「富山県」に掲載されています。

また、昭和38年刊、「庄川峡の変貌」なる一冊があるようで、大変気になっている昨今です。


  [No.4763] Re: ハズレ〜廃橋の画像 投稿者:abroader   投稿日:2010/04/09(Fri) 12:19:56

同じサイトの写真ですが、ちょっと落ち穂拾いさせていただきますね。いや、「落ち穂」なんて言葉ははばかられるかも。
よっきれんさんのレポートで利賀大橋の写真をだいぶ見せていただいたわけですが、
これもマジで.... ヤバイ。

http://www.pocketbooks-japan.com/images/products/f5001-9999/f8449.jpg

[No.4721] とほぼ同じアングルですね。どちらも少し上流の庄川がカーブしている場所から撮ったのかな?

しかしこれだけ写真を見て、さすがに元サイトから絵葉書を買ってあげないとまずいかな。ただそうするとネットで見られなくなる恐れがあり.. やはり購入した人には自分でネットに公開する「義務」があるかもw


  [No.4730] 彩色版発見!ただしこれも戦前 投稿者:路傍の石   投稿日:2010/04/04(Sun) 23:07:19

4月7日までの限定かな?見れるの
http://auction.atpedia.jp/item/f85816488.html


  [No.4744] Re: 彩色版発見!ただしこれも戦前 投稿者:abroader   投稿日:2010/04/07(Wed) 01:26:39

うわー、他の投稿の分も含めて、これだけいろいろよく調べられましたね。すごい。

ちなみにこれらはあえて一つ前の橋(仙納原大橋)のものを集めたんですか? 3年で落ちたというのに意外にありますね。橋ができたのに合わせてあの辺を観光地として宣伝したのかな(笑)
利賀大橋の方が現役時代がより長い&新しいので一般的にはこちらの方がむしろ資料が残っていそうなわけですが...


  [No.4746] あった! でも満足度50% 投稿者:路傍の石   投稿日:2010/04/07(Wed) 12:39:16

キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!

って、そこまでオーバーなもんじゃないですけどね。
全景っていうわけじゃなし、画質。良くないです。仕方が無いとは思いますが。

ついに!
発見!

利賀大橋!

あるとすれば、一般市民の方のアルバムの中か、新聞社か、はたまた関西電力かNHKか、と思っていました。
2008年まで関電が庄川遊覧船やってましたし。
北日本新聞は、あるんでしょうが、パスワード無いと見れませんし。NHKの新日本紀行。行ってないですし。時代的な流れ的には関電かな?と思っていましたが。
新たな展開がありました。

あったんですよ。それも“映像”。そう、動画です。

とやまデジタル映像ライブラリー−野に山に海に(5)−とやま 産業と観光−
http://www4.tkc.pref.toyama.jp/video/video_query.phtml?w[]=tuse_id%3A1&offset=0&page=1&mode=grid
に映っていました!

ただーし!21分の代物だけに(利賀大橋は9分過ぎくらい)、ダイヤルアップ接続はお勧めできません。
ライブラリーは1436件もあるとのことなので、これからゆっくり検索です!(汗)


  [No.4753] URL訂正 投稿者:路傍の石   投稿日:2010/04/07(Wed) 21:13:37

http://www4.tkc.pref.toyama.jp/video/video_detail.phtml?record_id ..... ay=allplay

ということで。
ちなみに、
「私たちの県政 中部を結ぶ」
http://www4.tkc.pref.toyama.jp/video/video_detail.phtml?record_id ..... ay=allplay

では、国道156号を高岡から岐阜方向へ辿る映像で、利賀大橋のほんの一部がスケールアップして見れます。欄干の部分の構造などがはっきり見えると思います。


  [No.4760] Re: URL訂正 投稿者:abroader   投稿日:2010/04/09(Fri) 01:39:43

キターーーー(笑) それも動画とは。
当時のダムとか国道の映像もすごく興味深いですね。あと時代の熱気みたいなものとかも。
まあーいまだに ダム-道路-観光 とかやってるわけですが。
ただそういう文脈だと戦前にできた橋などはちょっと不利ですね。

どうでもいいですが当該サイトの「映像ランキング」はどうやらここからリンクをたどった人たちの結果がかなり反映されている気が(笑)


  [No.4768] 土木建築工事画報 投稿者:路傍の石   投稿日:2010/04/10(Sat) 22:18:06

> どうでもいいですが当該サイトの「映像ランキング」はどうやらここからリンクをたどった人たちの結果がかなり反映されている気が(笑)

あれま。ダントツですね。(笑)

さて。仙納原大橋〜利賀大橋への流れですが。前後関係から私なりに推論してみましたのでお付き合いください。

昭和5年、小牧ダム完成。水を溜める前の仙納原大橋は、ヨッキれん氏のレポの通り、木橋だったようです。仙納原小橋のような?ということも考えられますが、橋梁のスパンの長さから、小橋のような、補助橋脚を付けたようなタイプではないようです。宇奈月温泉の近くの愛本橋の木橋タイプ(Web上に写真あり)だったというような記載がWeb上にありました。その後が私がNo.4722、4744で掲載いたしました、絵葉書3点のつり橋、と思われます。
このつり橋は、昭和9年に流失?ということですが、土木建築工事画報によりますと、昭和9年7月11日、富山県だけでも25の橋が流失した大豪雨災害があったようで、このつり橋もその一つになったのではないかと思われます。ちなみに、この流失、小牧ダムの下流の主要幹線でも起きていることから、ダムを守るべく小牧ダムが放流した?それほどの水が小牧ダムに流れ込んだ?という疑問が残りますが、逆にそれほどの洪水であれば、あの橋梁が低い状態であれば、流木にひとたまりもなかった、と考えられなくもないと思われます。なお、土木建築工事画報には、小牧ダム建設時のレポや、完成後のレポもあり、完成後のレポに、絵葉書の原画?と思しきつり橋の写真や、かの木材引き上げベルトコンベアとその作業風景、後に名古屋鉄道に譲渡されたという水力発電鉄道の凸形電機なども鮮明に掲載されています。
この後が利賀大橋なわけですが、竣工の昭和12年といえば、もはや戦時色が濃くなる一方であり、戦後の復興も含めると、橋を映像的に記録するようになるのは、早くても昭和30年初頭まで無いでしょう。ですが、その後昭和30年代といえば、洞爺丸台風や伊勢湾台風に38豪雪といった自然災害に、疑獄を含めた九頭竜ダム、庄川桜を含めた御母衣ダム、合掌造りと白川郷に国鉄名金線など、庄川峡はほんのわずかの違いとはいえ決して表舞台に出ることが無い状況にあったと思います。その後も東京五輪に大阪万博、札幌五輪。ディスカバージャパンで秘境に目が向き始めたのもつかの間、利賀大橋は焼け落ちるわけですから、昭和36から38年の間に、県の手で、よくぞ映像が残ったという思いがしてなりません。
さて、そんな利賀大橋ですが、橋の下をくぐる、庄川船舶の利用者的には、かなりの人数の目に触れてきているはずで、その人たちの手で、往時の姿が記録されているのでは?と考える次第です。庄川の遊覧船は、2008年まで小牧ダムの管理運営会社である関西電力の直営でした。ダムの保守管理がメインで、旅客が二の次だったことも加わり、さほどつり橋に目を奪われなかった?のかも?と思う次第です。その後はトナミ運輸の子会社の大牧温泉ホテルの直営になっているようです。そんな庄川船舶の別の顔が、ありました。平村への足です。積雪期、156線が不通になり、そんな時の砺波平野への平村村民の足が、庄川船舶だった、というのです。今では廃止されて久しい、祖山〜大牧温泉間連絡船を利用し、住民はもとより帰省家族が利用した、ということなので、フィルムに収まっている可能性が高いと思っていますが、Web上に存在しないようです。