隧道レポート 仙台市愛宕山の謎の穴 第3回 

公開日 2006.09.09

-The muddy palace-

食事中の方は見ない方が…

 入洞より20分を経過。
坑口からはおおよそ200mほど進んできただろうか。
水が溜まっていて、気になる横穴が点在していることから、ペースは遅い。
山側へ伸びる細い横穴から戻ってきた我々は、再び本坑と思われる隧道の前進を再開した。



 午前8時25分。
先ほど乗り越えたコンクリートの壁よりも更に高い壁に遭遇。
一見して崩落のようだが、周囲の壁に異常はなく、何者かが故意に壁を作ったらしい。
壁の高さは1m近くあり、雑然とした印象だ。

 そして、先ほどの壁では回避された“嫌な予感”であったが、今度は的中してしまうことになる。



 水没である。

 やはり、来た。
それが、率直な感想であった。
これまでだって、何度か深い水没を予感した場面はあったが、どうにかこうにかそれを免れてきた感があった。
だが、ここで遂に陸地は終わる。
隧道の正体を完全には掴み切れていない現状で、足元の見えないプールへ進むことは、かなりのリスクを伴う。
極端に深い場所が無いとも限らないからだ。

 水面は、それが当たり前のようにそこに押し黙って続いており、その行く手は闇に溶けて見えなかった。



 しかし、私はもとより水没は覚悟していたし、そのつもりだった。
深さを確かめながら、プールへと進水する。
想像していたよりは浅く、深い部分でも股下までの深さだった。
細田氏もそれに続く。

 だが、残念ながらこの先は我々2人きりとなる。
この深さ、清純とは思えない水、いくら廃モノ好きとはいえ嫁入り前の女性には、強烈すぎる。
私も細田氏も半ば反射的に、ここで待っていた方がよいとトリ氏には助言した。



 しかし、トリ氏は来た。
来てしまった。

 一度は立ち止まり、我々2人と20mほど離れた彼女であったが、突如「なんか面白そうだな」と言い、ジャブジャブと来た。
2人は内心ほっとした。
この洞内に1人を置き去りにして進むことは、いろいろと不安もある。
かといって、この程度の障害で帰還したとあっては、何しに来たのか分からない。
ただ、トリ氏の名誉のために、我々の恫喝によって進んできたのではないと言うことを強調しておきたい。
彼女の自由意志である。 うん。



 ……。

 また、黄金様だ……。

 その表面は光を受け黄金色に輝き、鍾乳石というよりは、ジャンボカボチャのような姿だ。
コンクリートのかべに付着するかのように成長し、その下部は水没している。
水没している部分は、水と泥との境界がきわめて曖昧な半固形物になっているようで、まあ、あの…なんだ。

 キモ


 この辺りから水位は膝くらいまで浅くなっているが、一方、水の色はこれまで見たことがないほどに汚い。
泥水なのである。
内壁はコンクリートでしっかりと巻立てられており、足元の濃い泥水がどこから生じた物なのか、合点が行かない。

 しかし、その正体を知るときは近付いていた。
あの、忘れることが出来ないおぞましい光景が、行く手の闇の中から見えはじめている(写真右)。
もし出来ることなら、この景色を見ないまま、綺麗な体のままであの世へ召されたかった!

 山行が史上最悪の汚れシーンまで、あとわずか!!



 黄金神

 タグによれば880m地点。
そこには、信じがたい光景があった。
まさに、黄金色のご神体。
泥の巨大オブジェ、洞内を泥の海に変えた、得体の知れぬ巨泥!



 muddy palace ……泥の宮殿

 それは、まさにそう呼ぶに相応しい光景であった。
側壁から滲み出た泥水が、いったいどれほどの時をかけてここまでの物体を形成したのだろう…。
出来上がってしまった物には、ただ絶句するより無い、コメントに窮する。

 ヘドロではないので、土臭くはあっても、そんなに異臭はない。
しかしそれでも細田氏は、巻き起こる嘔吐感をこらえるのに必死そうだ。
私といえども、思わず顔をしかめたくなる。足元もかなりグチョグチョの固形物だ。
トリ氏に至っては……… なんと!
 平然としていらっしゃる!


 天井からも、その“したたり”はあるようだ。
まだ固形には至っていない泥のクラゲのような物体が、浮いているというか何というか…。

 おえっ  う う… おえっ

 当然、この隧道を進もうとする者は、これらを踏み分けて進まねばならない。
細田、なぜかこの辺から無言になる。



 とりあえず泥の宮殿を突破。
どうにかこうにか洞内は平静を取り戻したかに見える。

 午前8時37分、みたび横穴に遭遇する。
今度は、向かって右の川側へだけ分岐しているようだ。



 横穴も泥の海に没しており、素堀の狭い穴が50m前後で出口へ続いている。
直接広瀬川に面していると思われるが、出口に土砂が山盛りになっていて、流れ出してはいない。

 この横穴はスルーして、更に前進する。



 更に水位は減った。
その一方で、洞床に堆積した泥の厚みは変化せず、むしろ深くなりつつあるように思える。
ここまで来ると、水の中を歩いているという感じではなく、グッチャグッチャと泥沼を踏み分けている感じ。

さきほどから、いつになく無言で前を行く細田。
まさか余りの泥沼で体調が悪いのだろうか(笑)。

 そ、そんなことよりも!! 
 トリ氏は無事か?!



 …もう、何も言うまい。

 ただ、このレポが彼女の家族や彼氏に見られない事を、私は祈らずにいられない。

 行く手からは、足元の泥の海に似つかわしくない、水が勢いよく流れる音が聞こえ始めていた。
意外な展開である。
洞内に流れ込む滝でもあるのだろうか。そのくらい大きな水音だった。




もしもしピット


 進行速度は大幅に低下していた。
足元の泥は非常に粘っこく、一歩一歩が鎖を引きずっているようだった。
歩くたびに、カポッ カポッ という、不思議な音がする。
それは、己が踏みしめて出来た泥の凹みから足を引き抜くときに、代わりに空気が巻き込まれて鳴る音だった。
あまりにおぞましい洞床の様子に較べ、いつの間にか素堀に戻っていた内壁は、黒と白のツートンで奇妙な美しさがある。
かつて、この黒い部分まで水没していた時期があったのだろうか。
何とも不思議な模様である。

 洞内に響く滝の音は、ますます大きくなってきた。
だが、一向に流水のある雰囲気ではない。
この音の正体は?!



 水の音の正体が判明した。
再び現れた横穴へと、水が段差を作って流れ出していたのである。
ここまででは見られなかった、コンクリート製の四角い横坑である。
水深は再び深くなっており、太もも近くまである。

 午前8時45分、入洞より約45分経過。
本坑に出てから400mほど来ただろう。
タグに書かれた数字が出口までの距離だと仮定して、残りは700mほどだろうか。



 横穴もまた泥の海だった。
そして、出口が30mほど先に見えていた。
地形的には、やはり広瀬川の河原に繋がっているはずだ。
私の目を引いたのは、コンクリートの坑門よりも、横穴に刻まれた階段の姿である。
その全容を見たいがために、私は水の落ちる段差を越えて、横坑へと入った。
水深は股下まである。



 鑿で直接岩盤から削り出された事が明白な、10段ほどの小さな階段。
その上部は狭い踊り場になっており、どこへ通じているというわけでもない。
だが、この存在は、謎の穴自体の正体に大きなヒントを与えてくれていると思う。
階段と、コンクリートの段差を有する横坑の正体。それは、水路だろう。
かつて、ここに水門があり、階段の上から操作していた。
本坑を流れる水量を調整するための吐水坑、それが横坑の正体だと思われる。
つまり本坑は昔の水路ということだ。
  しなしなしな…

 萎え!


 チャーチャラララーチャララー♪
  チャララー♪

 突如我々のすぐ傍から、猛烈に場違いな電子音が鳴り出した。
それは、私にとっては聞き慣れたメロディ。秋田新幹線こまちの車内アナウンスの時のメロディだった。
この着メロを使っているのは、細田だ!
こんな時に細田よ! 商談なのか!!
こんなとき、こんな場面でお前は、何百万もする車の商談をするというのか?!
下半身を泥に埋もれさせ、得体の知れぬ廃墟に囲まれ、しかも地下で、なぜ通話できるんだ!! 
その電話は何なんだ細田!



 こいつら何なんだ!!
このメンバー達は何なんだ何なんだ何なんだ!!!

 ついかかちにみにらのちとににぬぬ

 私は、なんかトンデモナイ連中と穴に潜ってしまった気がした。
トリ氏は、しっかりSF501を装備しているし、やる気満々だし。
もう、俺はこの泥の沼地が、たかが水路だったと判明した今… 萎え萎えだというのに!
この満面の笑顔はなんなんだーー!!



 作者激萎えの正体(水路)判明といえども、すでに400mも潜ってしまった手前、調査続行を決定。
 次回、更なる悪夢が我々を襲う!!!