あなたは今夜、
遭遇する!!
諦め半分で、埋め戻された旧郡界隧道坑口の土嚢によじ登った私は、思いがけぬ「穴」の出現に、しばし言葉を失った。
いや、
ひとりで探索しているのだから、元々無言なのだけど、
とにかく、有るはずのない場所に、有るはずのない穴があったのだ。
なにせここは、扁額よりも上、本来ならば、坑門の上端と坑門上の崖が密接しているはずの場所。
だが、どういうわけか、人が滑り込めるほどの大きな切れ目が、そこにはあった。
当然覗き込んでみるのだが、奥は深いようで、灯り無しでは暗闇が見えるだけだった。
今度は、強力LEDライトSF501を照射してみる。
すると、コンクリートの断片が、幾重にも、まるで襞のように邪魔をしているものの、そのさらに奥には、平らな土の地面が見えている。
ま まさか
アレは隧道内部なのか?!
胸が興奮ではち切れんばかりに高鳴る。
背負っていたリュックをそこに置くと、ライトを手に持って、頭から、潜り込んでいく。
地震か、はたまた地殻変動か? いずれにしても、人為的に開けられた亀裂ではないように見える。
坑口を埋めている土嚢よりも、明らかに新しい土嚢が、いくつか所在なさ気に亀裂の周囲に置いてあったが、この有るはずのない穴を隠そうという、配慮だったのだろうか?
しかし、亀裂が常識ではあり得ない速度で拡大したのかと錯覚させるほどに、亀裂は大きく、深かった。
頭を下半身よりも下にして、滑り込んでいく…。
土臭さが、目にしみる…。
目にしみるのは、においではなく、乾ききった洞内に舞い上がる砂埃だろうか?
風は、全くない。
亀裂から続く瓦礫やコンクリート片の斜面を、地上から3mほど入ると、そこから先は平らな空間となる。
しかし、それは想像していた洞内の様子ではあり得ない。
亀裂の底にあったのは、
高さ50cm 幅3mほどの、這い蹲る寄り他はない、異常な空間だったのだから。
洞床は、瓦礫やコンクリートの破片らしきものが散乱している。堅く乾いた土が敷かれている。
天井は、素堀そのままの岩肌で、ほぼ均一な高さである。
奥行きは、まだ分からない。
亀裂の位置から考えて、これが旧隧道の上部空洞であることは間違いないだろう。
思い出されるのは、我が地元の五百刈沢隧道にもある上部空洞だ。
この郡界隧道でも、かつて坑口の掘り下げ改良が行われたと言うことだろうか。
(確信はないが、このような改良が行われる以前にも、隧道が存在した可能性が高い。
そして、その先代の(旧旧郡界隧道)隧道の竣工年が古すぎて記録にない場合、『全国隧道リスト』の竣工年未記載の謎への回答となりうる。)
これが、外部との唯一の接点、亀裂 である。
こうしてみると、シルエットが隧道の天井らしく、半円形になっていることが分かる。
やはり、旧郡界隧道の角田側坑口は、竣工当初から5m程度、掘り下げられた様に思われる。
さて、旧隧道の天井の上に残されたらしい上部空洞であるが、例によってその内空は極めて低い。
せいぜい50cmほどしかなく、否が応でも匍匐前進を強いられる。
しかも、おそらくどこへも通じていないだろう隧道の、単独匍匐前進は、さすがに緊張した。
万一、こんな場所でお腹が痛くなっても、誰も助けてくれないだろう。
体が引っかかったら、どうしよう。
ポッケから、ケータイを取り出してみたが、電波は、届いていなかった…。
写真に無数に写り込んでいる光芒は、微細な埃が舞い上がっているためと思われる。
一般的な隧道とはことなり、かなり乾いた空洞である。
とにかく埃くさくて、目がシパシパする。
… …
床には、得体の知れぬ骨が、散乱していた…。
匍匐前進だけに…、わ、私は。
ご、ごめんなさい。
かなり精神をすり減らしながら、進むこと、20m。
全長55mと言われる本隧道の、おおよそ半分を、前進した。
突如、それまではやや蒲鉾形だった床が、平坦なコンクリートに切り替わった。
それが何を意味するのかは分からないが、ライトの照らし出した先では、いよいよ天井と床が接して、完全に閉塞している。
閉塞点までは、目測20m程度あるが、もはやこれ以上の前進は無意味かつ、極めて危険かつ、コンクリートの地面には水がたまっており、匍匐したくなーい(合調メンバーの謎の自衛官氏に言えば、甘いと怒られそうだが)。
まあ、良いではないか。
ここで、終着だ。
私はもう、満足したよ。
あっ
なにか、光った。 (写真左奥に小さな黄色い点が写っています)
私は、息を呑んだ。
なにせ、光などあり得ない場所に、ギラリと、黄色く輝く二つの点が、突如現れたのだから。
その刹那、私は、SF501を、その光点に向けて照射した。
あれ?
なにも、無い?!
目の錯覚ではあり得ない、さっきの光。
しかし、次の瞬間には、そこには光の正体と思われるようなものは、何もなかった。
きつねに、つままれたような、憮然とし気持ちで、私はしばし、惚けて、さっき明らかに光があったその場所を、見つめていた。
い いや!
やはり、居る!
何か居るっ!!!
にゃ ニャあ?!
それは、私が初めて遭遇する、隧道の主の姿であった。
いままで、各地の廃隧道で、謎の肉球痕を無数に目撃してきたが、遂に、
遂に私は、その主。
隧 道 猫 を、この目で捕らえたのである。
一般的に、タヌキと呼ばれている生き物にも似ているが、素人判断は危険である。
これこそが、隧道猫であることは、間違いない。
なぜならば、私の飼い猫が激しく求愛しても、いつも無視、もしくは威嚇してくれる、モジャコという猫が、この隧道猫と瓜二つであるから。
間違いなく、これは隧道猫である。(同様にモジャコも隧道猫である可能性もあるが、確信はない。)
私は、なにか憑きものがが落ちたかのように、すっきりとした気持ちで、隧道を後にした。
旧郡界隧道上部残存空洞、これにて一件落着。
なお、余談だが、やっぱりここも、カマドウマが大発生しておりました。
そんなところも、五百刈沢隧道の上部空洞にそっくり。
立ち入ろうとする人は、覚悟してね、
キモイよ。
私が洞内で目撃した生き物は、タヌキではなく、ハクビシンではないかという情報が、もたらされました。
調べましたところ、確かに… 酷似している。激似だ
ですが、
隧道猫にも似ていますね。
2005.5.4追記 TUKA様提供情報より
完