矢櫃沢のねじれ穴  中編
霊験あらたか?神秘の隧道
秋田県秋田市太平 
 パタリン氏によってもたらされた情報は、すぐさま私を金山滝へと誘った。
太平山木曽石口に近い矢櫃沢の奥深くに、まだ見ぬ二つの隧道が眠るというのだ。
それらは、古い修行の場ではなかっただろうか、と彼は言っていた。
かつて山伏の修行場として遠方にも知られる霊山であった太平山なればこそ、そんな突飛とも思える主張にも説得力がある。


そして探索の末、私の前に姿を現した坑門であったが、
それはあまりにも…

あまりにも、小さかった!





 タイマーで自分撮りしたのがこの写真だが、目的はスナップではなく、極小坑門との比較である。
これは、私が立って入れるサイズではない。
幅も、私が一人入るので精一杯だ。
とてもじゃ無いが、この穴は尋常でない。
これ…、マジ入るのか…?

もともと閉所恐怖症ならこんな趣味はしていないが、この穴って、人入る事、想定してる?
もしかして、全く見当違いなこと、していないか?
たとえば、隧道と勘違いしてマンホールに侵入するような…?




 しかし、坑門から内部に掛けて、しっかりと支保工が成され、やはり、隧道なのか??
とりあえず、見える範囲には、出口は無い。
というか、ヘッドライトで照らすと、すぐそこに壁が見えている。
でも、閉塞というわけでもなく、なにやら、右へカーブしているようだ…。

ちなみに、先行していたパタ氏曰く、内部は少し広くなった場所で行き止まり、だそうである。(ってか、躊躇せず入ったのか、彼は?!スゲー)
そうか、行き止まりか…。
じゃ、いいや。

いいよね。
入らなくても。




 私の理性は、ここには入らない方が良いと訴えていたが、先人がいる以上、負けてはいられない。
そんな気持ちから、恐る恐る入洞。
今まで色々探険してきて、坑門が崩落していて背中を丸めて入った隧道は数あれど、内部もずっとそのままの姿勢を取らされたというのは、ちょっとなかった。

太さ30cmくらいの立派な材木で支保されており、崩落は無い。
足元は土と小石で、足跡は見られない。
こんな隧道で、一体どこへ向かっているのか?

一歩一歩慎重に進むも、すぐに辺りの様子に変化が現れた。



 私の気持ちをも少しだけ支えてくれていた支保工が、あっけなく消失。
入洞からほんの3mで、あたりは完全な素掘りとなった。
フラッシュで、まるでチョコレートのように見えるのは、何の変哲も無い岩盤である。
とにかく、狭い。
もう、それに尽きる。
その上、なぜか激しく蛇行している。
入るなりすぐ右カーブで入り口も見えなくなったかと思えば、すぐにまた左カーブ。

入洞から5m地点でもう、そこは真っ暗闇である。



 足元には、コンクリートの輪っかが一つ、落ちていた。
明らかに人工物だが、あんまりホッとしないのはなぜだ。
陰鬱な洞内の空気は淀みきっており、土臭い。
きっと、閉塞しているのだろうな…。

素掘りのままの洞穴(もう隧道といえる雰囲気で無い)は、まだ続いている。


 おお。
少し広い。
立ち上がれるくらいのスペースが、先にはあった。
そうか、ここがパタ氏の言っていた行き止まりなんだな。
合点合点、一体、何なんだろう、ここは?

少し気持ちに余裕が生まれ、遠めに見ただけでもその広場の先に道が無いことは分ったが、一応そこまで行ってみることにした。
僅かに支保工も残り、やはり崩落などではなく、もともとここは広く作られていたらしい。
しかし、ただの広場ではなく、左側の天井が特に高い。
3mくらいあるようで、小さなホール(本当に小さなホールだが)のようだ。
また、この天井の高い部分は、床も1mくらい高くなっており、急な土の斜面がそこへ続いている。
そのせいで、最も奥の部分は見えない。


実は、敢えて目を逸らしたかったのだが、どうしても、それは避けて通れない発見だった。
写真にもしっかりと写っているのだが、この広場で行き止まりではなかったのだ。
…右に、さらに狭い穴が、続いていたのだ…。

とりあえず、この穴は後回しにして、ホール上部の探険をしよう。
こうなったら、完全解明まで付き合ってやる。
穴め!

 土砂の斜面は滑りやすく、這って上るもなかなか思うように行かない。
まあ、大した高さではないので、危険は無いが。

で、上ってみて、やっぱりホールの奥は行き止まりだと判明した。
意外に広く、2畳くらいはあるだろうか。
人間の痕跡は、とくに見られなかったが、やはり故意に掘ったのだろうか。
何の為に?

足元には白いお花が咲いていて可憐だ。

ああ、見たくないものを無理に美化しようとしても、このシチュエーションでは無理がありすぎる。

この白い物は…、やっぱり、あれなのか…?





 柔らかい足元の土砂は、またとないカビの温床となっていた。
うっ。 
この、何とも言えぬ、芳醇なスメル。

まるで、綿雪のよう(また無理に美化しようとして…)に地面に積もっているカビたち。
ここでキノコ栽培したら、凄いことになるかもね。
こんな気持ち悪い場所は、早く脱出したいが、先ほど見つけてしまった横穴に入ってみないと、行き止まりとは断定できないし。
あー、いやだ。
恐いとかそういうのじゃなく、生理的に、この穴は嫌いだな。
これ、隧道じゃないだろうよ、第一。
なんか、違う気がするんだよな。



 広場のすぐ手前から右により小さな穴が分岐している。
此方も、岩盤をくり貫いたような素掘り。
とにかく狭く、高さ1m、幅50cmくらいだ。
入るなりすぐに、また左カーブだ。
私はどこへ連れて行かれるのか。
グネグネしてはいるが、全体としては、坑門から真っ直ぐの方向に進んでいるように思える。
また、洞内には音はなく、落ちる水滴も無い。



 天井にプランとぶら下がる黒い巾着。
これは、…コウモリだ。
こうもり傘ってあるけど、やっぱりコウモリのこの姿から、そう命名されたのだろうか?
こうして近くから見てみると、良く似ている。
一本足で岩盤に取り付いているし、全身はまるで傘の骨のような翼に包まれている。
体長15cmくらいの、今まで見た中では大きなコウモリだが、幸いにして、一人ぼっちのようだ。
ぐっすり寝ているらしく、こんな近くにいてフラッシュを焚きまくっているのに、動く気配が無い。

そのまま、寝ていてくれ。
いま、這って下を潜るから。




 コウモリは、その先にももう2羽ぶら下がっていたが、やはり動く気配はなかった。
ただ、かすかに聞き取れる程度の、何とも形容しがたい鳴き声は聞こえていたが。
まるで、聴力検査のような、そんな音である。

相変わらず穴は、滑らかに蛇行を繰り返しながら、続いている。
入洞から、20mくらい来ただろうか。
大した距離では無いのだが、この狭さと異様な状況で、気分的にテンションは低い。
土っぽい地面は奇妙にならされており、まるで、水路のようである。
 

 次のカーブを曲がると、ヘッドライトに照らし出されたのは細い洞内を完全に埋め尽くした土砂である。
崩落だ。

洞内の壁は岩盤が殆どであり、崩落面との違いは明確だ。
後どれほど続いていたのか分らないが、入洞から30mほどで、ご覧の通り、行き止まりである。



 行き止まりのすぐ手前に、気持ちの悪い真っ赤な壁があった。
まるで、皮膚を破った傷口のようである(しかも下に赤い血まで流した痕跡もある)。

触ってみると、これは土である。
岩盤に封入された軟弱な土砂だ。
こういう部分が、崩落の引き金になるのかも知れない。



 なんか、余りにも話が出来すぎていやし無いか?

そう自分で突っ込んでしまった。
或いは、これは洞窟探険かなんかのアトラクションなのか、とも思った。

だって、崩落の10cm手前で、左に別の穴が分岐しているではないか!

こんな変な隧道が、未だかつてあっただろうか?
どう見ても手掘りの隧道だが、そもそも、この蛇行はなんなんだ。
無駄甚だしいというか、ちゃんとした設計は無いのか?
まるで、モグラが闇雲に掘ったような感じではないか。
しかも、この分岐など、崩壊したから代わりに左に掘ったというのか?!
だとしたら、どういう神経しているんだ。
工事中に生き埋めになったら、どうするつもりなんだ。

そう言えば、
俺も、どうするんだ?





 毒を食らわば皿までと、左に折れる枝に侵入。
ますます狭い。
中腰で進むのがやっとだ。

2mほどで、また右に直角カーブだ。
これを曲がると、何があるのか?
ああ、もうヤケクソに近いが、なんとなく楽しくなってきた。
ほんと、アトラクションみたい。

 


 右に曲がったら、そこは遂に、終点でした。

その先は、先ほど見たコンクリートの輪っかと同じ口径の土管が、口をあけていた。
一本の朽木が半分くらい土管からはみ出してきていたが、これで奥をつついてみても、土管の奥は分らない。
ライトで照らしてみても、少なくとも出口は見えない。

この結末は、一体なんなんだ。
そもそも、土管で良いなら、最初から土管だけを地中に通せば良い訳で、ここまでの奇天烈な隧道は、あの広場は、なんだったのか??
本当に「?」の多い隧道である。
ただ、多分これは水路なのだろう。
もともとの水路がさっきの崩落で閉塞したので、代わりにここまでL字型に堀り、あとは直線の土管を、もともと隧道が目指していた場所へ向け通したのではないだろうか?

あくまでも、推測だが…。




 とりあえず、行ける所までは行ったと思うので、撤収。
マリオだったら、あの土管をも攻略できたかも知れないが、いくら痩せているとはいえ、直径20cmくらいの土管には頭も入らん。
あと、名前なのだが、今後呼び名が無いのも不便なので、勝手に命名した、「ねじれ穴」と。
ここは、「矢櫃沢のねじれ穴(一号)」だ。

こんなとこに長居していては、閉所恐怖症が植え付けられそうだ。
さっさと出る。


次は、どうしよう?
さらに上流に、もう一本あるというが…。

 

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2003.12.7