錦秋湖 名称不明のトンネル
用途不明?! 湖畔にぽっかりと開いた穴
岩手県 和賀郡湯田町
 
 以前より気になっていた、謎のトンネルの調査を行った。
以下は、2002年8月8日のレポートである。



 右の地図を見ていただきたい。
秋田と北上を結ぶ古くからの重要路線「平和街道」(国道107号線)と、幽玄な景観を見せる巨大人造湖の錦秋湖の一帯である。
 ここは、日本列島の脊梁をなす巨大な奥羽山脈に存在する、天然の切り通しであり、悠久の時をかけて和賀川が作り上げた、極めて大規模なV字峡である。
よって、ここを通う道は数多い。
国道107号線は言うに及ばず、JR北上線。
そして、近年は秋田自動車道が多くのトンネルを穿ち、駆け抜けた。

 また、錦秋湖をなす湯田ダムは1964年竣工当時国内有数の規模を誇ったが、その建設は、建設史上に残る巨大な移転事業でもあった。
移転戸数600戸、鉄道付け替え15km、道路付け替え39km、などである。
それらの遺構の多くは深い湖底に沈んだが、渇水期にはその一部が、さも現道のようにさえ見える美しさで覗くことがある。

 ここは、廃道・旧道ファンにとっては、大変に魅力的なゾーンである。




 しかし、実は今回のターゲットはこれら、失われた道ではない。
現道である。
地図で青い線で示した部分が、今回の調査で走行した部分だが、中央やや右寄りに、長いトンネルを描いた。
これが、今回の主役なのだ。
 このトンネルとの出会いは、去年だ。
出張の移動で、秋田自動車道をバスに揺られている最中、殆どトンネルばかりで車窓など期待できない「湯田〜北上西」で、ふと見た窓の外にそれが見えた。
トンネルの入り口のように見えた。
場所は、まさに高速道路以外に全く通うものが無いと思われる、長大トンネルに挟まれた短い区間である。
そこは、峠山トンネルと大荒沢トンネルの合間の僅か、1kmほどの区間であった。
 正直、目を疑った。
一帯には、(少なくとも私の手持ちの地図では)高速以外に道はなく、当然それらしいトンネルも描かれてはいない。
付近には、集落のひとつも無い。
 これが出会いであり、以来ずっと気になっていたのだ。






 現場へは、国道107号線から天ヶ瀬橋を渡り、湖対岸の集落へと入るが、この集落は湖畔の狭い平野部に他の集落から離れ存在しており、一帯では、ダム建設による水没を免れた唯一の集落ではなかろうか?
JR北上線の湯田錦秋湖駅や、秋田自動車道の錦秋湖サービスエリアが狭い範囲に密集している。
またこの集落から南本内川沿いに南下してゆくと、長いダートを経て(南本内林道)秋田県東成瀬村にまで通じているが、整備状況はあまりよくない。
 目指すトンネルへは、東成瀬村方向へ一時南下するが、峠山レストハウスの案内にしたがって、写真の道に左折する。
まもなく、高速の下をくぐり、さらに、狭い未改良の橋で南本内川の峡谷を跨ぐと、登りになる。


 上り坂は、2車線の舗装路で、勾配が結構きついが長くはない。
しかし、私はここで大きなアクシデントに見舞われた。
なんと、この写真(→)を撮影した直後、腰のカメラバックにしまおうとした際、沈胴式のレンズが外れたのだ!
ポキッと折れるようにして…。

 復旧を試みるが、部品の物理的な破損もあり、また、異常に部品が小さい事もあり、30分ほどで断念。
ここで、レポートの命である、カメラを失ったのだ。
よって、以降のレポートには写真が無い事を、お詫びしたい。
…と、なりかねないピンチで、私を救ってくれたのが、目と鼻の先にあった、峠山レストハウスである。
ここには、有人の売店があり(採算取れるのかなココ。サービスエリアからのお客も入るから大丈夫なのかな?)、幸い、使い捨てカメラを売っていてくれた。

 以降は、デジカメ購入以来約2年ぶりとなる、使い捨てカメラによるレポートである。


 そこから進むと、錦秋湖サービスエリアの広い駐車スペースをフェンスの向こうに眺めながら、次第に森の中へと景色は移る。
さらに進むとすぐに道はダートになる。
車どおりは少ないようで、きつい道ではないが、鬱蒼とした森の中のさびしい道となる。
実は、この道のすぐ湖側には、JR北上線が通ってるが、鉄路はトンネルがちであり、そのことには気が付かなかった。
また、途中には、ミズバショウの群生地が路傍に有る(らしい、案内が出ていた)。

 この部分の写真はありません。
フィルムの節約のためであり、ご容赦願いたい。


 湖畔とは気が付かないような、視界の効かない森の中のアップダウンを、ダートになってから約2kmで、再び舗装が戻り、急な下りになる。
そして視界が開け、左側に、奥はかすむ程に細長い湖の姿が現れる。
しかし、その感激よりも数倍のインパクトが同時に訪れる!

 あった!! トンネルだ!!

それは、以外に呆気なく、その坑口を私の前に曝け出していた。
発見から一瞬で、私はこのコンクリの坑口の前に立っていた。




 近づいてみると、その異様さがひしひしと感じられた。

 まずは、こんな通行量のない、標識ひとつない道に突如現れる重厚、かつ無個性なトンネルの妙。
その何処にも、このトンネルの自己主張のようなものは見当たらない。
扁額はおろか、一切の情報が欠落している。
通行止めの標識や、ゲートも、何も無い。
強いて言うなら、カーブミラーがひとつ、真っ暗な洞内を写し込んでいたが。

 このトンネル入り口で、道は分岐し、ひとまずトンネルを離れ、湖畔に沿って伸びる道を進む。
こちらは砂利道で、立ち入り禁止の処置がとられている。
行き止まりまでは、約1km。鉄道防雪林との標示が有る森の中を少し進むと、北上線の鉄路を跨線橋で跨ぎ、あとは湖の中へと消えゆく。
今回は気が付かずに見送ったが、旧鉄路の半水没隧道群へのアクセスは、この道がよさそうだ。

水没する寸前の道から、上流方向を眺める。
錦秋湖は独特の寂寥感を漂わせた湖だと思う。
どんよりと濁った水面は天気のせいばかりではない…。




 この写真は、このレポートのあと、対岸を駆ける国道107号線から、このトンネル一帯を撮影したものだ。

 この上の写真は、それを拡大したもので、錦秋湖名物(?)の、旧北上線の隧道が、水中へと没してゆく様が良く映っている。
こういったものを、この日は国道から2本発見した。いずれ、接近調査してみたい。
そして、拡大写真の左端に写っているのが、今回のターゲットとなったトンネルである。
このように、国道からも見えていることは今回はじめて知ったが、一見すると、北上線の現トンネルか、ダムの管理道路のトンネルのように見える。
別に変わった物とは、見えない。

 さて、本題に戻る。
謎のトンネルに、いざ侵入である。

 

 もう一度、坑口の画像。
まじまじ見てみると、かなりながーーーーい! ではないか。
直根隧道から見たら、だいぶ優しそうだが、それでもかなりの、威圧感である。

 ちなみに、今回は、懐中電灯を忘れてきた(←アフォ…←しかも車載のライトも無い。)
一抹の不安を覚えながら、Go!Go!Go!!


 内部は、凄いびしょ濡れである。
速攻ビビリが入った私は、振り返って、一息&撮影。
この景色だけ見ると、何の変哲も無いトンネルである(いや、実際、トンネルそのものは無個性なのだが…)。 


 内部の様子を、写真でお伝えしたいが、たった一枚撮影したその内部写真は、プリントしてもらえなかった…。
たしかに、ノイズがのりまくった暗闇の中央に白い点が一つ写っただけの写真は、プリントするに及ばないと判断されても、止むを得ないのかもしれないが…(涙)
 内部は、真っ暗に近く詳細は不明ながらも、内壁はコンクリートではなく、ただの吹き付けであり、ボコボコしていた。
さすがにコスト削減がされたのかもしれない。
路面は、アスファルト舗装であり不安は無かった。小さな水溜りはところどころにあったが。
当然のように無灯であり、設備すらなかった。
そして、これが意外なのだが、実はこのトンネル、かなり太い。
2車線は難しいだろうが、幅は5mほどはあり、高さも同程度有る。

 このトンネルの建設された背景について、一つの仮説が私の中に生まれつつあった。



 延長は、700mほどはあったと思う。
この規模のトンネルとしては、非常に長い部類である。

 出口に近づくにつれて、外の景色がはっきりと見えてきたが、予想していた通り、出口には、秋田自動車道があった。
脱出してみると、すぐに高速の下をくぐるが、そこはもう砂利道であった。

なんなんだ、このトンネル。

 これが、出口側の坑口。

 やはり、このトンネルの素性を語るようなものは一切見当たらない。
私が、このトンネルとの出会いで目撃したのは、この坑口であった。
もう少し規模の小さいものをイメージしていたが、意外に巨大なものであった。
 しかし、この太さ。 そして、この頭上に走る高速の存在。
さらに、高速のこの区間の前後には、長大なトンネルが存在すると言う事実。
これらが、この、『無個性』で『殺風景』で、それでいて『実用的サイズ』、しかし全く、交通の流れから外れたこんな場所に存在すると言う『意外性』、全てを説明できる、“ある仮説”を、導き出した。

 ―このトンネルは、秋田自動車道の建設に伴って掘られた、工事車輌用の、トンネルではなかったかと。

 前後に長いトンネルが存在する事からも、ここにトンネルを掘って、工事を両側から進めることは、工期短縮に大きく貢献したであろうことが想像できる。
高速上での災害時の避難路としての用途も想定しているのかもしれない。

 以上は、残念ながら一切の根拠の無い仮説に過ぎないが、この『不自然すぎるトンネル』の存在理由は、これ以外に思いつかなかった。
しかし素朴な疑問として、これほどの長大な工事用道路トンネルを作る費用対効果があったかということだが、その後の秋田自動車道の秋田県民への貢献を考えれば、そんなお話は野暮かもしれない。

 事実はいずこ?!


 最後に、読者の皆様も、もう想像はついておられると思うが、出口の先の景色である。

 高速の取り付き道路として、もう少し先まで伸びているようだが、先は見えている。
左に見える土台の上には、秋田自動車道が通る。
向こうには、トンネル(大荒沢トンネル)が見えている。
ふりかえると、そこにもトンネル(峠山トンネル)が間近に迫る。

 個人的に、この先の予想される行き止まりまで行かないで結論を出してしまった事は、失策であったと後悔しているが、デジカメを失ったショックのせいも有るので、ご容赦願いたい。





 以上で、謎のトンネルについての、レポートは終わりである。
願わくば、このトンネルの真の目的と…
名称を、知りたいものである!

2002.8.17

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