はるか昔に平家の落人が開村したとも伝えられる、日本を代表する“秘境”のひとつ、秋山郷。
中央分水嶺のほぼ頂上に位置する野反湖(群馬県中之条町)から流れ出る中津川(魚野川)の深い峡谷に沿って、僅かな緩斜面(平地は無い)を見定めるように所在する小さな山村集落の総称が秋山郷であり、現在も集落の形を保っていると言われるのは、右の地図に示したおおよそ13の集落である。
中津川沿いに下流の見玉や穴藤(けっとう)より、最上流部の切明(きりあけ)まで、約20kmにわたって細長く点在する集落郡であるが、そのほぼ中間に中津川を横切る新潟と長野の県境があり、そこは近世以前から越後と信州の国境であった。まるで都市の為政者が設けた国境など過酷な山暮らしには無意味であると主張しているかのようだが、事実これらの地域は歴史上一度も主要な往来筋となったことがなく、基本的にどん詰まりの地域であった。
そんな交通の不便が秘境を秘境たらしめたのであるが、現在も国道405号は秋山郷を事実上の終点としていて、その先群馬県へ繋がる県境区間は車道未開通のままとなっている。
だが、今回私が初めて秋山郷を訪問した目的は、この登山道国道の攻略ではなかった。
そのターゲットは国道よりも早く、そして深く、秋山郷最奥集落「切明」の暮しに関わった、1本の隧道である。
その隧道をここでは仮に「切明隧道」と呼ぶが、国道沿いではなく、秋山郷を支えるもう1本の重要な道路である林道秋山線の沿道にある。
同林道は国道と違って冬期の除雪はされずに閉鎖されてしまうものの、長野県側の下水内郡栄村に属する上流部の集落(いわゆる“信州秋山郷”)と、同村役場のある宮野原方面を結んでいる。
もっとも、その途中でかなりの距離にわたって新潟県側の中魚沼郡津南町内を通らねばならないのは、これもまた歴史的な生活圏やその基礎となった地形に対する国(県)境の不一致を感じさせるが、“酷道”でもある国道405号を補佐する重要な生活道路となっている。また、観光面でも志賀高原と秋山郷を結ぶ唯一のルートとして重要で、秋山郷を6月上旬から11月下旬までの半年間、“車道のどん詰まり”から解放してくれる存在だ。
次に「切明隧道」周辺の最近の地形図をご覧頂こう。
この隧道は、前後の道路とともに今も地形図に描かれている。
場所は秋山郷の最奥に位置する切明集落の近くで、中津川左岸の山腹を通行する林道秋山線(地形図上では「1車線道路」の記号)に沿って、細い「軽車道」のラインが敷かれているのが分かる。
この両者の対比を見る人が見れば典型的な新旧道の関係性であると勘付くだろうが、同時にある一つの違和感も与えるだろう。
それは、地図上でおおよそ300mという結構な長さを有するトンネル1本を含み、北と南を短距離に結ぶ“近道”が軽車道の細いラインであるのに対し、それよりだいぶグネグネと“遠回り”をする道の方が太く描かれているという事だ。
普通は、「トンネル+短距離」が新道で、「グネグネ道+遠回り」が旧道であることが多いのだが。
このような看過しがたい違和感を含め、私にこの隧道の存在を教えてくれたのは、一人の読者さまだった。
情報提供者maggie氏のメールの一部を以下に転載しよう。(薄字部は筆者注、赤字は強調のため)
隧道は 資材運搬(大正13年に竣功した中津川第一発電所の取水口を切明に設ける工事などに伴う)の終わりと共に 役目を終え その後地元住民の為に 道路として 拡張工事を 受けたのですが すぐに放棄され
60代の地元の女性に 聞いた話では 子供の頃の 格好の探検場所になっていたそうですが、
かなり怖い所と 言っていました
今はおそらく 途中の道が 崩れているのかもしれません
私は ヘアピン側(左図中の「北口」)から アプローチしましたが 途中で 道が細くなり ここだと言う自信が なくなり
途中で 引き返しましたが 多分そこを進めば あったようです、反対側(左図中の「南口」)から アプローチしましたが 途中に ユンボが
置いてある Y字路を右に 行ってしまい 行き止まり・・・。正解は ユンボの方に行くみたいです しかし この道は 車でも 行けますが かなり恐怖です・・・
地図でも 解るとおり 隧道は途中で 曲がっており 入り口から 出口は 見えないでしょう
情報提供者さんは既に一度アタックされ、その時には残念ながら隧道まで辿り着けなかったとのことだが、同時に非常に貴重な古老の証言を収穫されていた!
歴史の詳細は最終回に譲るが、かつてわが国の工業化(特に首都圏への電源確保)の進展のため国策的色彩を帯びて進められた中津川流域における初期の電源開発工事が隧道を最初に誕生させ(それも資材運搬電気軌道として…つまり鉄道の線路が敷かれていたという←アツい!)、役目を終えた後は生活道路として使われるも、やがて再び廃止されるという、“二度の放棄”を含む経歴はアツい! アツすぎる!
しかもこのような交通における後進的な山中に、大正時代に起源を持つ隧道が眠っていると言うのも、大いに意外性がある!
険しい道には慣れっこであるはずの現地古老が、「かなり怖い所」と口にしているのは、少々…いや大いに気掛かりではあるものの…
こいつはmaggie氏の“仇”を討たねばなるまい!